「名字さんってさ、料理上手なんでしょ?」




昼食を済ました昼休み、さっきまで松川くんと話をしていたはずの花巻くんが、突然松川くんの隣の席に座る私に話題を振った。




花巻くんとは今まで同じクラスになったことがないのだが、部活終了後に繰り広げられる松川くんと私の口論(といっても、ちょっかい出す松川くんに私が対抗するだけなのだが)を見た花巻くんが面白がって、今のように私に話しかけるようになったのだ。




「えっ?どうしたの急に。」


『急に何を言い出すのだろう』と言いたげな表情の私に、花巻くんが口を開いた。




「ラグビー部がよく言ってるからさ。去年のバレンタインとかティラミス作ってたよね?アレめっちゃうまそーだった。」




美味しいかどうかは置いといて、食事トレーニングや合宿でご飯を作ったり、私が作ったお菓子をたまに差し入れすることがある。


毎年バレンタインはテスト前の部活中止期間と被ってしまい、部員とは教室まで行かないと会えないので、わざわざ教室まで持って行かなければならない。


渡す時はクラス中の視線が集まるので、もしかしたら花巻くんも見ていたのだろう。


去年は周りと被らなそうだし、意外と簡単そうだと思ってティラミスをあげたのだが、これがかなり評判が良かった。




「あ、うん作った!結構作るの簡単だよ。混ぜて冷やすだけだし。」


「へぇ〜そうなんだ。ねぇ、シュークリームは作ったことある?」


「ないない。シュー生地とか作るのめっちゃ難しいんだって。でもなんでまたシュークリーム?」


「俺の大好物だから。」


「えっそうなの?!ふっ、凄いギャップだね。」


意外な事実を聞いて、見た目とのギャップに顔が綻んだ。


花巻くんは見た目は少し怖そうだが、話してみると結構フレンドリーで話しやすい。


しかも意外と甘党だなんて可愛いところあるんだなと思いながらまじまじと彼を見つめた。




「よく言われる。じゃあ今度お菓子作るときはシュークリームにしてよ。それで俺にも頂戴。」


「うん、いいよ。一度作ってみたいし。」




要求をのんだ私に、花巻くんが『絶対ね〜』と言いながら教室を去って行った。




花巻くんが去って、私と松川くんの間に静けさが漂う。


花巻くんと私が喋っている間、松川くんは一言も発さなかった。


もしかして、花巻くんと私が話すのが嫌だったのだろうか。


『松川くんは花巻くんと仲が良いから、嫉妬したのかもしれない』など考えていると、松川くんがおもむろに口を開いた。




「花巻だけじゃなくてさ、俺にも頂戴よ。」


「‥‥それは全然いいけど、でも松川くんって甘い物苦手じゃなかったっけ?」




確か、前に甘い物は苦手だと松川くんから聞いたことがあった。


苦手な物を食べたいなんて、『俺の好きな花巻が食べるなら、俺も食べたい』ということなのだろうか?




「苦手だけど、名前さんが作ったやつなら食べたいじゃん。」


視線を私から逸らし、少し口を尖らせる松川くん。


今まで見たことがない、ふて腐れたような顔で言う松川くんが、何だか可愛くて思わず顔が綻んだ。




「ふっ、じゃあ松川くんの好きな食べ物って何?」


「チーズハンバーグ。」


「チーズハンバーグ‥‥?」


可愛い‥‥カワイイ‥‥cawaii‥‥!


大人びた風貌の松川くんの大好物が、チーズハンバーグという子供っぽいメニューだなんて、これこそギャップだ。




「うん。え、俺なんか変なこと言った?」


可愛いさに悶絶して何も反応しない私を、松川くんが不思議そうに見つめる。




「‥‥いや、子どもみたいで可愛いな〜って思って。」


「なんか馬鹿にされてる気がするんですけど。それに可愛いのは名前さんでしょ。」


「ごめん、だって面白いんだもん。私より松川くんの方が遥かに可愛い。」


笑いを堪え切れない私に、松川くんがムスッとした顔になる。




「笑った罰として、今度俺に弁当作ってきてね。」


「えっ、弁当!?」


松川くんが突きつけた注文の内容に、目を見開いて驚嘆する。




「名前さんの弁当を食べる日はいつかな〜楽しみだなあ〜。」


「あのね、作るとか誰も言ってないし。」


松川くんの様子を見て『嬉しそうな顔をして、一体何を期待しているんだ』と苦笑いしながら、やんわりと断る。




「そっか。結婚したら毎日食べれるんだね。」


すると、ふと思いついたように、松川くんがとんでもないことを言い出した。




「うん、ちょっと言ってることが分かんないかな。」


「じゃあちょっと今から市役所行こうか。婚約届を書きに。」


私の言い分もよそに、松川くんは私の手首を掴み、椅子から私を立ち上がられた。


誰かこの暴走を止めてくれる人はいないのか。




「いや待って、松川くんまだ17歳でしょ?!」


松川くんに掴まれた腕をバッと振り払いながら、慌てて指摘した。




「あ、そっか。あ〜こういう時誕生日の遅さを憎むんだけど。」


私に指摘され、背の高い松川くんが悲しそうに項垂れる。


その姿が飼い主に叱られた大型犬みたいで、なんだかとても可愛かった。




「ていうかさ、俺の年齢の所為で阻止したってことは、俺が18歳になったら結婚してくれるってこと?」


さっきまで悲しそうにしていた松川くんが、嬉しそうに私に詰め寄り、高い位置から見下ろした。




「えっ?‥‥いや違う違う!しないから!」




確かに『まだ17歳でしょ?!』と阻止したら、18歳になったら結婚してあげると言っているようなものだ。


松川くんの洞察力が凄いのか、何なのか。


何故あの時の私は『結婚する気ないから!』と言わなかったのだろうかと、ひどく後悔した。




ふと我に返り、松川くんを見上げると、私を見つめる松川くんの切れ長の目には、心底から楽しそうな光がたたえられていた。




私の言い分も聞いてくださいよ、松川くん。