日曜の午後、部活の為に学校の最寄り駅に降り立った私は、思いがけないものを見かけてしまった。


松川くんが、綺麗な女の人と一緒に歩いていたのだ。


女の人は松川くんの腕を嬉しそうにギュッと掴んでいて、二人は楽しそうに話をしながら歩いていた。


これは間違いなく、恋人同士だ。




松川くんに背を向けると、私は針のむしろに座る気持ちで、そそくさと学校へと向かった。




松川くんに彼女がいたなんて、知りもしなかった。


それに、彼女がいるにも関わらず毎日のように私にセクハラをしていたなんて、あの綺麗な女の人にも失礼極まりない。


松川くんなんて最低クソ野郎だ。




「名字さん、そんな怖い顔してどうしたの?」


松川くんに対しての怒りが顔に現れていたのか、部室棟の階段で鉢合わせした花巻くんに茶化されてしまった。


さっき見かけた松川くんは、バレー部指定のジャージ姿だった。


きっと部活が始まる前に、彼女と会っていたのだろう。




「あのさ‥‥松川くんって付き合ってる人いたの?」


花巻くんならもしかしたら知っているだろうと思い、おもむろに尋ねた。




「は?松川が?」


しかし花巻くんは、今知ったかのような反応をした。




「‥‥やっぱ、いいや。今のなし。」


仲の良い花巻くんでさえ知らなかったことに驚いた私は、何事もなかったかのように通り過ぎようとした。




「ちょい待ち!なあ、教えてよ。教えてくれなかったらここ通さないよ。」


話をそらした私を、花巻くんが意地の悪そうな顔で通せんぼをした。


花巻くんを押し退けないとマネージャーの部室に入れない私は、軽くため息をついた。




「‥‥さっき、松川くんが女の人と二人でいるのを見かけたの。年上っぽい綺麗な女の人と。」


花巻くんの視線から、目を背けながら答える。


さっきのことを思い出せば思い出すほど、何故だか虚しくなってきた。




「‥‥へぇ、そうなんだ。知らなかったわ。
でもさ‥‥松川が付き合ってるってだけで、なんで名字さんはそんな悲しい顔をしてるの?」


花巻くんが抑揚のない声で反応し、通せんぼしていた腕を緩めると、私の表情について指摘した。




「‥‥別に、もともとこんな顔だし。」


私がぶっきらぼうにそう言うと、花巻くんの横を通り過ぎて、マネージャーの部室へと向かった。









グラウンド近くにある体育館前の水道場で、ウォータージャグに水を溜めていると、ちょうどバレー部は休憩中なのか、松川くんが体育館入口にやって来た。




「名前さん。」


いつものように私をからかいに来たのだろう、悪戯を思いついた子供のように笑った松川くんが、私の名を呼んだ。


私は松川くんの視線と合うと、フンとそっぽを向き、溜まったウォータージャグを持ってグラウンドへと戻った。


いつもなら何かしら相手をしてあげるのに、今日はする気にはなれなかった。









練習が終わり、体育館前の水道場でスクイズボトルを軽く洗っていると、今度は松川くんではなく花巻くんがやってきた。




「松川のことを好きって自覚した?」


ニヤニヤしながら私の隣にやってくると、私だけに聞こえるような声で尋ねた。




「‥‥なんでそうなるの。」


スクイズボトルに荒々しくスポンジを突っ込み、ジト目で花巻くんを見つめる。




「だってすごい悲しそうな顔してたし、さっきだって松川にムキになってシカトしてたじゃん。それって松川に嫉妬したってことじゃないの?」


「嫉妬なんてあり得ないから。大体彼女がいる人に嫉妬するなんて馬鹿げてるよ。」


さっきから面白がる花巻くんに、むっとした表情で対抗した。




「はいはい、そうですね。」




そう笑いながら花巻くんが言うと、また体育館内へ入っていった。




確かに私は、松川くんが他の女の人といるのを見て、嫉妬してしまった。




私は松川くんのことが好きなんだと、やっと気がついたのだ。




でも気づくのが遅すぎた。




気づいた時にはもう、彼は誰かのものになっていたなんて。