翌日の月曜日、隣の席の松川くんとできるだけ関わりたくなかった私は、必要最低限のことだけを伏し目がちに話したり、ちょっかい出されても冷たくあしらったりと、よそよそしい態度を取り続けた。




放課後、化学室で教科係の仕事を終えた私は、教室に戻る為に人気の無い廊下を歩いていた。




すると、正面から歩いてくる松川くんの姿が視界に入った。




月曜日である今日は、ラグビー部だけでなく男子バレー部も部活が無い日だ。


いつも人気のない廊下に一体何の用があるのか分からないが、松川くんと関わりたくない私は、目が合わないよう気まずい気分で歩き進めた。




すると、すれ違おうとした瞬間、私の行く手を遮るように松川くんが壁に肩でもたれかかった。


「はい、捕まえた。」




身体の大きい松川くんに遮られ、手も足も出ない私が憂いに満ちた表情で見上げると、真剣な表情で松川くんが見下ろしていた。




「‥‥で、何怒ってるの?」




『あなたに彼女ができたから嫉妬してるんです』なんて理由、死んでも言えない私は、ただ黙って俯いていた。




「名前さん何かあった?名前さんがそんなんだと調子狂っちゃうよ。」


松川くんが心配そうな表情で、私の顔を覗き込む。


『他の女の子の心配をするぐらい松川くんは優しい人なんだ』と思いながら、スカートの裾をキュッと掴んだ。




「‥‥彼女いるくせに、そういうこと言うのやめてよ!」


松川くんの言葉で我慢の限界に達した私は、キッと睨みながら言った。




「‥‥えっ?」


「見たんだからね!日曜に綺麗な女の人と一緒にいたの!」


キョトンとする松川くんに、目撃した情報を早口でまくし立てた。




「日曜?綺麗な女の人?」


知らないと言わんばかりに、松川くんが険しい表情になる。


しらばっくれるのもいい加減にしろと怒りを溜め込む私をよそに、松川くんはポケットからスマホを取り出し、操作し始めた。




「名前さんが見た女の人って、もしかしてこの人?」


松川くんが提示したスマホの画面には、この前見かけた女の人が映っていた。


しかし、その女の人の周りに、今より少し幼い松川くんと、上品な顔立ちの女の人、そして松川くんに似ている少し年配の男の人が配置されていて、家族で撮ったような写真に見えた。




「これ俺の姉さん。この前東京から帰ってきてて、部活が始まる前まで会ってたんだ。」


まさかと思い、言葉を発そうとした矢先、松川くんが真相を告げた。


呆気にとられた私が写真をまじまじと見ると、この女の人も松川くんにどことなく雰囲気が似ていた。


所詮は私の勘違いだったということか。




「‥‥綺麗なお姉さんだね。じゃ、私はこれで。」


勘違いで嫉妬したことに居たたまれなくなった私は、悟られないようにと松川くんの前から慌てて姿を消そうとした。




「ちょっとこら、待ちなさい。」


「な、何でしょうか?」


立ち去ろうとした私の腕をパッと掴んだ松川くんに、冷静を装いながら対応する。




「まさかだけどさ、名前さん‥‥俺に嫉妬したの?」


「‥‥‥‥何ニヤニヤしてんの。」


ニヤニヤした表情の松川くんに指摘され、言葉に詰まった私は、負けじと松川くんに指摘し返した。




「ん?名前さんが嫉妬してくれたのかと思ったら嬉しくって。」


「はいそうですよ!嫉妬してしまいました!ほんと性格悪いよね、松川くんって。」


ムスッとしながら不貞腐れたように言うと、松川くんが目を細めたまま私の顔を覗き込んだ。




「そんなこと言うの名前さんぐらいだよ。周りからは性格良い方だと思われているみたいだし。」


「ああ、そうですか。それはそれは失礼しました。」


悪口を言われても平然とする松川くんに、私は威勢よく言い放つ。




「‥‥男はさ、好きな子ほど虐めたくなるもんなの。」


「‥‥そんなこと言わない方がいいんじゃない。私だからよかったものの、他の女の子は勘違いしちゃうと思うよ。」


穏やかな口調で言う松川くんを、私は呆れたように諭す。




「名前さんは勘違いしてくれないの?」


松川くんが詰め寄り、私をじっと見つめた。


同い年らしからぬ熱を帯びた眼差しを向けられ、くらくらしそうになる。




「勘違いされてもいいぐらい、名前さんのこと好きだけど。」


真剣な瞳で射抜くように見つめられ、思わず息を呑む。




「‥‥松川くんってホントにホントに私のこと好きなの?」


「ん?名前さんが俺のことを大好きって言ってくれたら教えてあげる。」


不安げに見上げながら問う私をよそに、松川くんは意地の悪い要望を出した。




「言わなくても知ってるくせに。ほんっと意地悪だよね。」


プイッとそっぽを向いた私は、松川くんを放置しようと歩き進めた。




「明日からは彼氏として隣の席に座っていいの?」


「‥‥勝手にすれば。」


私の後に付いて楽しそうに問う松川くんに、ぶっきらぼうに返答した。




「じゃあ勝手にする。」


そう言って追い越した松川くんが私を通せんぼすると、視線を合わせるように片手で私の顎を持ち上げた。


そして顎を持ち上げたまま、松川くんの親指が私の唇を優しくなぞる。




『いくら放課後で人気のない廊下だといえ、こんな早急にキスされるのだろうか』と勘付いた私は思わず身構える。




すると、松川くんが私の顎から手を離し、私の唇に人差し指を押し当てた。




「キスされると思っちゃった?」


「‥‥!?」


予期せぬ展開で拍子抜けした私に、松川くんが意地悪く笑う。




「流石にここではしないよ。それに、名前さんは色々初めてなことだらけだから、こうも急だと心臓に悪いでしょ?」




もはや松川くんの存在自体が、心臓に悪い気がしてならないのだが。


すると松川くんが腰を屈め、私の耳元に口を寄せた。




「いつ俺にキスされるか、ドキドキしながら待ってて。」


「ひっ!‥‥‥‥もう、いい加減セクハラやめてよ!」


耳元で囁やかれた私がブルッと身震いすると、キッと睨みながら反抗した。




恋人関係になってもセクハラはほどほどにお願いしますね、松川くん。