「名前ちゃんって結構隙があるよね。自覚ある?」
さっきまで他愛のない話をしていた天童くんが、急に話の矛先を私に向けた。
「隙?私に?‥‥初めて言われた。」
幼い頃から『名前ちゃんはしっかりしているね』と言われたことはあったが、『隙があるね』なんて言われたことは一度もなかった。
自分の行動を振り返ってみても、これといって思い当たる節は見当たらない。
「あちゃ〜〜。やっぱ自覚ないんだねェ。名前ちゃんの行動一つで『この子、俺に気があるのかな?』って勘違いして自惚れる男もいるワケよ。名前ちゃんにその気がなくてもさ。」
男を勘違いさせるような行動って、甘えたり、ボディタッチが激しかったり、べた褒めしたりすることだろうか?
そんな行動なんてしたこともないし、そんな行動をする自分を想像したらゾッとした。
自分でも言うのもなんだが、男女分け隔てなく接しているつもりだ。
「私そんな変な行動してる?それに、私に自惚れる需要なんて無いでしょ。」
自嘲気味に笑うと、天童くんが突然真剣な表情になった。
「‥‥そんなんだと、いつか勘違い男に襲われちゃうよ?」
「ははっ、私が?ありえないって。」
真面目に忠告する天童くんを、呆れたように笑う。
「あのねェ、何かあってからじゃ遅いんだよ?あ〜、俺が名前ちゃんの彼氏になったら守ってあげるんだけどな〜〜。」
「‥‥天童くんさ、本気で精密検査受けた方がいいんじゃない?」
いつものように調子よく言う天童くんを、一瞥しながら冷ややかな目で対応した。
**
「ねぇちょっと名前!あんた秋月くんに告白されたってほんと?!」
とある日の昼休み、クラスメイトである一人の女子が、興奮気味に私に詰め寄った。
この子がまた大きな声で言うもんだから、クラス中の注目が私の方へ集まっている。
「え!?何それホント?!」
「そうなの名前!?」
気づけばクラスの女子の殆どが、私の机の周りを取り囲んでいた。
「あ〜うん、されたけど‥‥。」
昨日の放課後、誰もいない教室で課題をやっていたら、隣のクラスの秋月くんがやってきた。
何しに来たのだろうとは思ったが、私にはどうでもいいことだと、彼には目もくれず課題を再開した。
すると秋月くんは、私の前の席の椅子に後ろ向きに座って『名前さんのことが好きなんだよね』と爽やかな笑顔で言ったのだ。
秋月くんとは同じクラスになったことが一度もないゆえに、接点があまりない。
選択授業で一緒になった時に、何度か話したことがあったぐらいだ。
イケメンで成績優秀でスポーツ万能、そしておまけに性格も良いという『ハイスペック男子』の彼をこの学校で知らない女子はいないだろう。
だからこそ、そんな彼が何故私を好きになったのかが、全く理解できないのだ。
「すごいじゃん名前!」
「彼氏が秋月くんなんて超羨ましい!」
「えっ?!いやまだ返事すらしてないから!」
そんな彼に告白された私を羨む声が相次ぐなか、私は慌てて否定する。
昨日の告白の後、秋月くんは『返事はいつでもいいから』と言って去っていったのだ。
「えっ、そうなの?でも秋月くんなら迷わずOKでしょ?」
「しないよ。」
話を進めるクラスメイトに、苦笑いしながら答える。
「え〜振っちゃうの?!何がダメなの?」
「いやだって、好きじゃないし。そもそも秋月くんのことそんな知らないもん。」
「そんなの付き合ってから知っていけばいいじゃん!」
確かに彼と付き合って、彼のことをよく知って、最終的に好きになれればいいが。
でも好きになれなかったら、彼にとても失礼だと思う。
「ほんと勿体無い、私なら絶対付き合うわ。」
「ほんとだよね〜。」
するとタイミング良く、5限開始前の予鈴が鳴った。
担任の先生が決めた規則のひとつである『予鈴が鳴ったら着席すること』を遵守するため、女子たちが自分の席へと戻っていった。
「名前ちゃん。」
「ん?」
隣で私の名を呼んだ天童くんに、顔を向ける。
「‥‥秋月くんとは付き合わない方がいいよ。」
「‥‥なんで?」
私をじっと見つめながら神妙な顔で言う天童くんに、ゆっくりと尋ねる。
みんな口を揃えて『付き合った方がいい』と言っているのに、何故そんなことを言うのだろう。
「名前ちゃんには勿体無いよ。」
私から視線を逸らすと、呟くように言った。
「ふーん、そこまで言うぐらい良い人なんだ秋月くんって。いっそ付き合っちゃおっかな〜〜?」
ま、冗談だけど。
「‥‥そう。」
冗談めいた口調で言って軽く笑った私とは対照的に、天童くんは何故か悲しそうな顔をしていた。
いつもなら、私の冗談にもノリ良く返してくれるじゃん。
なんでそんなに悲しそうな顔をしているの?
今日の天童くん、なんか変だよ。
いつも変なんだけど、今日は特に。
どうしちゃったの、天童くん。
←