学食で昼食を済まし、教室に入ろうとした時のことだった。
『天童ってニコニコしたり突然キレたり何考えてるかわからないよな。』
『わかる。なんか妖怪ぽいし。』
聞こえてきた自分の陰口に、思わず立ち止まる。
陰口を言われるなんて今に始まったことではない、何度も言われてきたことだ。
そう気にも留めずに、何食わぬ顔でまた教室へ入ろうと足を踏み出した。
『いつもニコニコしている人の方が気持ち悪いと私は思うけど。偶にえげつないことを言うけどその点、天童くんは人間らしくていいんじゃない?』
同意を求められたにも関わらず、名前ちゃんは興味なさそうに否定した。
それを聞いた俺は、驚きのあまり思わず立ち止まった。
普通は、ちょっとした雑談で他人の陰口を振られると、話に合わせて共感するだろう。
みんなそうやって、俺の陰口を言っていた。
それなのに名前ちゃんは、名前ちゃんだけは陰口に便乗しなかったのだ。
三年で同じクラスになって日も浅くて、特別な感情なんてなかった。
なのに俺は、この事がきっかけで、風変わりな名前ちゃんを気になり始めたのだった。
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気になる名前ちゃんを観察していると、名前ちゃんはとにかく隙があり過ぎる子だと分かった。
多くの人間は興味の無い人に横暴な態度を取るが、名前ちゃんは誰に対しても分け隔てなく優しい。
そんな名前ちゃんに魅了されている奴は少なからずいて、名前ちゃんに見つめられて頬を染める奴も中にはいた。
一見大人っぽくてしっかりしてそうなのに意外とドジなところがあったり、無意識なのか人の目をじっと見つめながら話を聞いたり。
名前ちゃんにその気がなくても、名前ちゃんが相手の目を見つめながら真剣に話を聞いたり、優しく接したり、抜けている部分を見せたりすることで、『この子、俺に気があるのかな?』と勘違いして自惚れる男もいるのだ。
そんな名前ちゃんがあのまま隙があり過ぎる子だったら、いつか悪い男に傷つけられたり騙されたりする日が来るんじゃないかって、俺は心配になった。
雰囲気や仕草が妙に色っぽい名前ちゃんを、厭らしい目で見る男は結構いた。
そんな男に捕まって、名前ちゃんが酷い目に遭うのは嫌だ。
それに名前ちゃんは変に純真で、人を疑うようなことを知らない。
だからこそ、名前ちゃんの隣の席で、セクハラすることに決めた。
世の中の嫌な部分を教えたり、名前ちゃんの無意識の行動をからかったりすることで、名前ちゃんに警戒心を持たせようとしたのだ。
ただ名前ちゃんに不快な思いをさせる為にセクハラをしたんじゃない。
遠回しに名前ちゃんを守ろうとする、俺なりの不器用なやり方なのだ。
でもどんなに俺がセクハラしたって、名前ちゃんが警戒心を持つことは無かった。
セクハラした時には少し怖い顔して怒ってたけど、またすぐに優しい名前ちゃんに戻っていた。
そんな名前ちゃんが心配で心配で、気がついたらずっと見てた。
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そんなある日、恐れていたことが起きた。
名前ちゃんが告白されたのだ。
告白した相手は隣のクラスの秋月くんで、名前ちゃんの友達やクラスメイトみんなが、秋月くんと付き合うようにと名前ちゃんに勧めていた。
みんなが勧めるのも無理はない。
秋月くんは、イケメンで成績優秀でスポーツ万能、そして性格も良い‥‥‥‥表向きは。
そんな秋月くんと付き合って、名前ちゃんが幸せになるとは俺には思えなかった。
『名前ちゃん‥‥秋月くんとは付き合わない方がいいよ。』
『‥‥なんで?』
名前ちゃんは他人に流されない子だと分かってはいたけれど、いつか名前ちゃんが秋月くんに心が向いたらどうしようかと、内心ヒヤヒヤだった。
『名前ちゃんには勿体無いよ。』
なにも秋月くんじゃなくたって、名前ちゃんにはもっと見合う男がいるよ。
名前ちゃんに見合う男‥‥‥‥なんてそんなの、考えたくもないけど。
『ふーん、そこまで言うぐらい良い人なんだ秋月くんって。いっそ付き合っちゃおっかな〜〜?』
冗談のつもりで名前ちゃんは言っているんだろうけど、身体の内側で直接心を掴まれたように、全身がぎゅっと苦しくなった。
『‥‥そう。』
お願いだから名前ちゃん‥‥誰のものにもならないで。
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