「菅原さん」
その後、部活は終了し皆帰路につこうとしていた。
珍しく一人で部室を出てきた菅原に、碧は後ろから声をかけた。
こちらを振り向いた彼の顔は一瞬儚げで、でも碧の姿を認識するとすぐにいつもの優しい笑みを見せる。
「偶然ですね、一緒に帰りましょうよ」
偶然なんて嘘だ。
本当は彼が出てくるのを待っていた。
もしいつものように澤村と帰るようだったら、その時は彼に任せようとしたが、碧の予想通り彼は一人で帰る気だったようだ。
碧の誘いに菅原は「いいよ」と返事を返す。
ダメ、と言われたときのことを考えていなかった碧は、その言葉に少し安堵した。
オレンジに染まった下り坂に、二人の長い影がゆらゆらと揺れる。
珍しく二人に会話はない。
本音を言うと、彼を誘ったあとのことは考えていなかった。
とりあえず、彼を一人にしてはいけない、そう直感で感じて行動に移したまでだ。
「碧」
「なんですか」
それはいつもの彼の声ではなく、ようやく絞り出した掠れた声だった。
「ありがとね」
「おかしいですね、私はなにもしていませんよ」
ははは、と笑う碧の横で、菅原の足がピタリと止まった。
どうしたのだろう、と彼の顔を覗きこもうとするが、それは阻まれてしまう。
「ごめん、」
ぽす、と碧の肩に彼の頭が乗った。
「ちょっとだけ、貸して」
その声は少しだけ震えていて「お好きなだけどうぞ」と碧は彼を抱き締めるように、その色素の薄い髪をただただ撫でた。
フォー・オール
その決断をできる彼が、とてもかっこよく見えた。
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