切っ掛けは些細なことだった。
同じ部活のヒョロノッポ眼鏡野郎に煽られたって分かっている。
アイツが、それを見て楽しんでいるってのも分かっている。
だけどアイツが知ってて自分が知らないなんて、胸の中がモヤモヤして吐き出したくても吐き出せなくて、まるで自分が自分でないみたいなおかしな感覚になるのが酷く煩わしかった。
Bad feeling to like like myself are different human
気がついたら2年のフロアにいて、廊下にいた女子生徒に彼女のクラスを尋ねると快く答えてくれた。
年が一つ上というだけなのに、影山は彼女がやけに大人っぽく見えた。
それにこの場所が、自分達のフロアと構造は同じなのに、まるで全く別の場所のような錯覚も感じた。
女子生徒が教えてくれた『2‐4』と表札の前で止まると、開いていた扉からチラリと中を覗く。
黒い髪の中で、彼女の明るい茶色の髪は異色を放っていた。(昔教科書で読んだ魚の話を思い出した)
心臓は段々と煩くなる。
ポンポン、とポケットを叩き忘れ物がないか確認すると、影山は意を決したように短く息を吐き出し彼女の名前を呼んだ。
「御輿さん!!」
少し大きな声を出しすぎただろうか。
クラスにいたほぼ全員が自分の方を振り向き目を丸くしている。
その中にもちろん、彼女も含まれていて、よくよく見ればもう一人知っている人物を発見した。
「影山くん…?」
名前を大声で彼女は、少し戸惑いながらも自分の事を認識すると席を立ちこちらへと歩み寄ってきた。
ただ歩いているだけなのに、それだけの行為なのに、影山はそんな彼女から目が離せなくなった。(まるで魔法にかかったみたいに)
「どうしたの、こんな所まで」
改めて、近くで見ると綺麗な顔立ちをしている。
影山は自分とは違うグレーの瞳に吸い込まれそうになるが、少し視線を逸らしてグッと堪えた。
「、午後、俺とサボりませんか?」
「、は?」
そんな事に意識がいってしまったものだから、自由になった彼の口は好き勝手動き出してしまった。
時すでに遅し。
影山は頭を抱え込みたい衝動に駆られたが、そうしたところでどうにもならない事もわかっていたので、取り敢えず表情だけは平然を保とうと今度はそちらに意識を集中させる。
碧も、『訳が分からない』といった表情をしているが、それよりも教室の端に座っていた縁下の方がもっと『訳が分からない』という表情をしている。
「別にいいけど」
特に断る理由も用事もないので、碧は影山の誘いに二つ返事で乗った。
ちょっと待ってて、と言って彼女は自分の席に戻っていき、そして縁下に何か告げると、(その時縁下に頭を軽く叩かれていた。少しだけ、またモヤモヤとした気持ちが影山の中で膨らんだ。)自分の元にやって来て「行こうか」と手首を捕まれた。
その瞬間、胸のモヤモヤは一気に晴れた。
捕まれた部分がひどく熱い。
彼女が動く度に感じる香りに、チラリと見える白い首筋に、思わず喉が鳴りかぶりつきたくなった。
「ここなら大丈夫でしょ、」
彼女に手を引かれてたどり着いた場所は、華道とか書道の授業で用いる学校唯一の和室の教室だった。
選択授業なんて週に一回程度だし、放課後以外使う機会がほとんどない教室だ。
もちろん和室なので上履きを脱いで入る。
二つならんだ大きさの違う上履きに、影山は少し嬉しくなった。
「それにしても珍しいね、影山くんがサボるなんて」
テーブルを挟んで互いに向かい合うように座る。
さっきよりも遠い距離に、影山はもどかしさを覚えた。
まったく、忙しい心だ。
「えっと、本当はそんなつもりじゃなくて、」
キーンコーン、と授業開始を告げるチャイムが聞こえる。
よくよく考えれば、授業中寝ることはあってもサボるなんて生まれて初めてだ。
そう認識すると、凄くいけないことをしているような気分になってきて、なんだか特別な時間を過ごしているような気がしてむず痒くなる。
「ただ、御輿さんと連絡先の交換をしたかっただけなんス」
むず痒さを押し殺し、碧に本来の目的を伝えると、彼女はその綺麗な瞳を細めて快く了承してくれた。
「連絡先?いいよー、ちょっと待ってね」
碧は制服のポケットから携帯を取り出すと自身の連絡先を呼び出す。
影山も拙い操作で彼女の連絡先を受信するためにツールを起動させた。
「はい、ちゃんと登録しておいてね」
「うス、あざッス」
影山は画面に映し出されている『御輿 碧』の文字に嬉しさを隠せないでいた。
どんなに力を入れても、口角が上がっていくのが分かる。(なんて間抜けな顔をしていることだろう)
碧はそんな彼を愛しそうに見つめていた。(もちろん恋愛感情ではなく家族愛みたいなものだ)
その愛らしさに思わず影山の頭を撫でると、今度は目を丸くして顔を真っ赤にした。
こんな表情の彼を見た者は他にいるだろうか。
「影山くん意外と髪の毛固いね」
サラサラしているから柔らかいと思ってた、と笑う彼女がひどく眩しくて影山は思わず目を瞑りそうになる。
「、御輿さんは」
スッと伸びてきた影山の手が、碧の髪を捕らえ、その整えられた綺麗な指先にからめられた。
「見た目通り、綺麗っス」
「、そう、ありがとう」
驚いた。
まさか影山がそういったことをするなんて思ってもいなかった。
もしかしたら彼は単細胞なので、思ったことをこのまま行動に移し口にする、自分とは反対に自然に口説いてしまうのだろうか。
「隣、行っても、いいスか」
でもやっぱり顔は赤くするのか。
『やっぱり可愛いヤツだ』と碧はにやけてしまいそうになる口元に力を込める。
「いいよ、おいで」
いそいそと隣に移動してきた影山は、やはり碧とは違っていた。
身長こそあまり変わらないが、骨格が、筋肉のつき方が違う。
「やっぱり違うね」
「そりゃ、御輿さんは女で俺は男ですから」
「じゃあ何かあったら普通の女の子みたいに頼っちゃおうかな」
なんてね、と笑う碧の手を影山は掴むと、その陶器のように綺麗な甲を親指で一撫でした。
「何かあったら、じゃなくて、いつでも頼ってください」
裏表のないまっすぐな瞳に、何もかも見透かされるような気がして、碧は思わず目を逸らしてしまう。
「、その時はよろしく」
「うス、」
もう一人の自分
それは欲望にまみれた醜い塊
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