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あまりにも哀れまれて居た堪れなくなった為、もうバトルやだとぼやきながら研究所から出たアッシュに対し、グリーンは遠慮がち、というか戸惑いがちな表情で声をかける。

「なぁアッシュ、お前一応旅してるんだよな?」
「近場が多いけど一応な」

別に他のトレーナーのようにあちこちバトルして進んでいるわけではないが、頼まれごとは他の町やフィールドに行く機会が多いのは事実である。
配達ボランティアが配達バイトに変わり、配達がいつの間にか薬屋の手伝いにまで変わっていたのだ。
ここまで考えて、あれもしかして自分かなり流されやすい?という疑問が頭を過ったが、今は考えることを放棄する。

「何で指示出さないんだ?」
「よく分からんから任せてる」

アッシュは殆ど指示を出さない。出している指示自体は的確と言えば的確なのだが、まだまだ戦闘慣れしていないイーブイには指示が少な過ぎるというのがグリーンの抱いた感想だった。
トレーナーの意図がポケモンにきちんと伝わるかどうかはそれまでの経験やトレーニングがものをいう。
このまま行くとアッシュの意図とは違う行動を取ったり、技を出す態勢やタイミングが遅れるなどが生じ、結果それが隙となり勝つことは難しくなるだろう。

とはいえ、元々アッシュがバトル嫌いなことは知っていたのでグリーン達はある程度戦い方を予想してはいた。
しかしそれを斜め上に横切る形で予想を裏切られることになったのだ。

「おいおい、今までどうしてきたんだよ」
「どうしたもこうしたもさっきの通りだよ」

そもそも俺は配達が仕事だからあんまりバトルとかは必要ないんだからと困ったように頭をかきながらアッシュが告げると、グリーンからは無言が返ってくる。

「……それじゃあもうひとつ、肝心な事を聞くぜ。さっきのポケモンのタイプは?」
「えーと、ノーマル?」

実を言うと、アッシュは他のポケモンの事がほぼわからないような状態であった。カンポウからは薬草の事を教わるだけでポケモンの事は教わっていないのでそれもそのはずである。
さっき出されたポケモンはパッと見た感じでは何タイプか分からなかった。とりあえず分からないやつはノーマルと勝手に当てをつけた。

「残念、毒タイプだ。というか、ニドランは割とこの辺だとよくみると思うぞ」
「へぇ!」

そもそも毒タイプがあることを知らなかったアッシュが「毒タイプなんているんだなぁ」とのんきに呟くと、グリーンは思わずといった様子でこめかみを押さえた。

「分かった、質問を変えよう。知ってるポケモンのタイプ言ってみろ」
「えーと、ノーマル、炎、飛行、水、地面、ゴースト、電気…」

今まで見たことのあるポケモン達を思い浮かべながらアッシュは指折り数えていったが途中で面倒になり、「後は分からん」と匙を投げた。
しかしその返答を聞いたグリーンはそれまでのように怒ることなく、幾分かホッとした表情になる。

「……うん、思ったよりは知ってて安心したわ。ちょっと待ってろ」

そう告げると、グリーンはそれまで無言で隣にいたレッドを道の端の方に連れて行き、アッシュから離れたところで再び話し合いを始める。アッシュからは聞こえない位置にいるが、珍しくレッドが何やら神妙に頷いているのが見えた。

何度も感じているため最早説明もいらないくらいだが、こういう時人間は第六感というものがよく働くらしい。
要するにいつもの嫌な予感という奴をアッシュは感じていたのだ。
面倒な事になる前にさっさと逃げようかと彼らにくるりと背を向けようとしたものの、十二分に分かっているらしいグリーン達は素早くアッシュの方へと戻ってきた。

「アッシュ!」
「いらない」
「まだ何も言ってないだろうが!」

意気込んで来たグリーンの言葉に被せるようにして断りを入れると、思わずと言った様子でグリーンが感発入れずにツッコミを入れる。

「俺達がポケモンのことを教えてやろう!」
「いや別にいいよ」

カントー最強と名高いジムリーダーと最早伝説級のポケモントレーナーに教えを請うなどアッシュには恐れ多い。そしてとてつもなく面倒くさかったのでこれまた即座に断った。
しかしグリーンは先ほどアッシュが言った配達だからという理由を逆手に取り、説得に乗り出す。

「知らないポケモンばっかの土地に行くことになったらどうするんだ!」
「スプレー使いまくる」
「そんなずっと使うわけいかないだろうが!」

レッドを彷彿させるような真顔で無茶を言うアッシュに思わずツッコミを入れたグリーンは、弱いポケモンばかり出てくる街付近ならばまだいいが何処へ行くのかも分からない配達で今の状態は危ないだろうと最もなことを言った。

「だからこそ、俺らが教えてやるって言ってんだ!」
「いらんて」

ただでさえクタクタになったばかりのアッシュは全力で拒否に走るが、根っからの「オカン並みの世話焼き根性」を装備しているグリーンには全く通用しない。
というか、レッドが山籠りしたせいでそのスキルが昔よりも明らかに上がっている気がした。
ちなみにその原因の一部に自身の雲隠れが含まれていことは棚上げである。

「いーや!せめてポケモンのタイプとか最低限のことだけでも覚えないと今後困るだろうが!!」
「大丈夫大丈夫」

ついでにスルースキルまでもが上がっているらしく、いらないと言ってもグリーンはもうアッシュの言葉に耳を貸す様子がない。
それどころか自信満々な様子で後ろを振り返り、レッドに同意を求める。

「なぁレッド!」
「……覚悟しといてね」
「いや、だから……」

全く聞いてもらえないことを察したアッシュはもうお手上げだと小さくため息を吐いて肩を落とした。



かくして、アッシュの為のグリーンとレッドによるポケモン講座が大変不本意ながら幕を開けたのであった。




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