「みんなにね、話しておきたいことがあるの」
皆が大広間に集まってすぐ、彼女はそう切り出した。その顔は晴れやかで、俺たちにはいつにも増して美しく見えた。けれど、それが俺たちにとって良い話ではないことは、誰もが分かっていたことだった。
「じゃあ、大将は…」
誰も、何も言わない中で、重々しく薬研が口を割る。その先を言わなくても分かったのだろう。彼女は静かに頷き、そしてこんのすけを呼びつけた。足音もなく現れたそれに、後のことは任せたと言うと、優しく頭をなでた。

彼女は、何かにつけて俺たちの身体に触れた。頭をなでたり、手を握ったり、時には背中を軽く叩いたりもした。強敵を前に俺達が怯まなかったのは、彼女の平手打ちのおかげだったのかも知れない。兄弟は「気合が入るなぁ!」と喜んでいた。
主だからというのもあるが、それを除いても、彼女は皆に愛されていた。写しの俺が言うのも可笑しいが、彼女は本当に美しい人間だ。おそらく、魂が美しい…のだと思う。外見のことはよく分からない。でも、そうじゃなかったら、俺たちの心がこんなにも穏やかに澄んでいること自体、有り得ない。「僕たちが幸せなのは、きっと主さんのおかげだね」と、兄弟はよく言う。俺たちは、彼女じゃなくては駄目だった。今までも。きっと、これから先も。

「私、みんなのことが大好き。だから、どうしても幸せになってほしいの」
そう言うと彼女は、一振りずつにお守りを手渡した。短くて永い言葉をかけて、抱きしめた。最後は、俺だった。
「山姥切、あなたには沢山無理をさせたね。初期刀だからって、甘えてたの。本当にごめんなさい。大好きよ。お願い、幸せになって」
「分かってる。あんたの優しさも、強さも、全部」
「どうか私を許して……私の、唯一の、一振り」
「大丈夫だ、安心しろ」
彼女は微笑んでいた。お守りなど、意味の無いことは分かっている。彼女から貰ったものは、彼女の元でしか効果を発さない。それでも俺たちに、彼女は残したのだ。彼女が俺たちの主であった証を。

「審神者様、そろそろお時間です」
「ありがとう、こんのすけ。それじゃあ行くね。みんな、私はもうあなたたちの主じゃなくなるけれど、私がみんなを愛したことは変わらない事実。それだけは忘れないで」
こんのすけに連れられ、彼女はとあるゲートへ向かった。そこを通ってしまえば、もう二度とこちらへは戻って来られない。向こうへ行くことも出来ない。俺たちは、永遠にお別れだ。
「おいッ!!」
「山姥切…」
「待ってくれ、まだ、俺たちは…」
「うん、ごめんね。山姥切、ちょっとおいで」
大人しくそばに寄れば、彼女特有の優しさで抱きしめられる。甘い香りがした。もう、抱きしめることも、この香りを嗅ぐことも出来なくなる。離したくないと思ってしまう。彼女は俺の耳元で囁く。
「名前」
「…は?」
「それが私の真名。最後だもの。居なくなったあとくらいは、ちゃんと名前で呼ばれたいからね」
「真名……呼んで、いいのか?」
「もう、時間だから。ねぇ愛してるわ、国広」
何かが、唇に触れた。柔らかくて特別で、初めてだった。その後に言われた「さようなら」も。
白い装束の裾を翻し、彼女はゲートを潜る。途端に青白い光に包み込まれ、今までにないほどの笑顔を見せた。一瞬だった。彼女は逝ってしまった。
「名前ッ……愛してる…」


彼女のいない本丸。随分寂しいところになってしまった。あの魂は、きちんと成仏出来ただろうか。幸い、俺たちはほとんどの刀剣が揃っていたおかげで、刀解されることもなく、そのままの状態で引き継がれることとなった。一月後には新しい審神者が来るという。彼女の場所だった此処は、そのまま知らない誰かに奪われる。それが、悔しくて仕方ない。

今でも時々、彼女の笑い声が聴こえてくる気がする。忘れられるものか。こんなにも愛しているんだから。けれど時が経つ程に寂しさは増す。彼女を想いながら、俺は涙を流すのかもしれない。それでも戦わなければならない。そしていつか、折れる日が来るのだろう。その時俺は、美しく笑っていたい。たおやかに朽ちていった、あんたのように。




僕の知らない世界で様に提出


title:たおやかに朽ちていく


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