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色んな君

※非公式学パロ
※作者は素人




「あの、さ。ちょっとお願いがあるんですが……。」
「どうした。何をいきなり畏まっている。」




学食は今日も混み合っている。
ガヤガヤとした雑談に注文のやり取りの大きな声、プラスチックの皿かぶつかる音、麺を啜る音。
煩いその空間の隅の小さなテーブルで、三成はいつも通りゼリー飲料を飲んでいた。

正確にいうと、いつもは友人と煩い後輩が学食で食べているのに付き合って、態々ゼリー飲料を、時たま予習道具を持って食堂で昼休みを過ごしている。
が、その友人は今日は体調不良で休み、後輩は何をやらかしたのか先程校内放送で呼び出しをくらっていた。
今更教室に戻るのも億劫で、仕方なく後輩を待つということにして食堂で時間を潰すことにした。

「あ、石田くん。そこ、座っていい?」

急に気配を感じて振り向けば、プレートを持ったクラスメイト(多分)が立っていた。あたりを見回せば、確かに殆どの席は埋まっている。

「構わん。勝手にしろ。」
「ありがとう。」

その女子生徒、確か名は早瀬と言ったか、彼女は三成の許可が出るなり躊躇なく座り、食べ始めた。
三成は少し不思議な気分だった。友人と後輩、崇拝する先輩方、忌々しい同期がそばにいるのは慣れているが、それ以外がいるのがどうも落ち着かない。だからと言って何かあるわけでもないが。
何とは無しに早瀬の方を見ると、パチリと目があった。すると彼女は少し間を置いて、気まずそうに口を開いた。
それが冒頭の会話である。

「石田くんって、剣道部だよね。」
「それがどうした。」
「私に教えてくれないかな。」

随分と唐突だ。確かに三成は剣道部だし、学校を代表する選手の1人でもある。だから、この女は己を選んだのだろうか。だがそんな己に習ったからと言って、というか誰に習おうと一朝一夕には技は身につかない。
何を考えているのかわからず、三成がムッとした表情をしたことに気づいのだろう。早瀬は慌てて言葉を足した。

「あ、別に本格的なのじゃなくていいんだ。基礎とか、そこらへんをお願いしたくって……。」
「何故そのようなこと願い出る。」

早瀬は少し恥ずかしそうに頬を掻き笑うと、部活でどうしてもなんだと言った。




早瀬は演劇部だった。
背が比較的高めの彼女は、女役のみならず男役も務めている。元々男子部員が少ないため、男役は重宝されているらしい。
今度の舞台で、彼女は主役、それも侍役なのだそうだ。殺陣のようなシーンもあるため、動きを考える上でも基礎の動きを習いたかった、ということだ。

「疲れてる中ごめんね。」
「構わん。」

部活が終わった後、近くの公園で三成は剣道を教えていた。
三成が教えているのは、剣道形と呼ばれる謂わば形稽古。基本的な構えや払い技があり、短期間でも様になるものはやろうと思えば出来る。

「準備はいいか。」
「うん。」

毎日部活終わりの30分間、三成は形を教え続けた。これも一つの『演技』として捉えたのか、彼女は何とかそれっぽく見える動きをすることが出来るようになっていた。

「こう?」
「相手の高さにもよる。私に対してならばもう少し高くしろ。」

慣れてきたとはいえ、まだまだ不安の残る動き。手が下がりがちな彼女の後ろにまわり背中側から手を固定する為に己の手を伸ばす。その瞬間、何故か彼女の動きが若干強張ったが、気にせず程よい高さまで手を動かした。

「払う時は鎬を上手く使え。」
「こういう感じ?」
「そうだ。」

また前に戻って、今度は木刀を手に向かい合う。
カンッと木刀どうしがぶつかる軽い音。鎬を削り合う動きをすれば、かなり近い距離に彼女の顔がある。
大きく丸い、しっかりとした両目が真っ直ぐな三成の視線とぶつかる。

「やあッ!」
「とおッ!!」

打太刀と仕太刀の動きが決まり、2人の動作が止まる。
再び重なった視線に、彼は軽く頷いた。すると彼女の顔が綻ぶ。言葉なく褒められたことがわかったのだ。

「これで基本は終わりだ。」
「うん、ありがとう。すっごく助かった。」

また何かあったら聞くね。彼女とはそうやって別れた。




「三成先輩! 今日は一緒に帰れますか?」

次の日の食堂にて、彼は後輩をあしらっていた。同じ剣道部で、昔道場が同じだった左近という彼は三成に大変懐いていた。人が近づきにくいオーラを放つことで有名な三成に勇敢にも寄っていける貴重な人物と多くの人が認識している。

「しかしヌシが指南を務めるとはな。いずれ道場でも開く気か。」
「戯言を言うな、刑部。」

今日は元気な友人が、さも可笑しそうに笑う。
三成がクラスメイトの女子に剣道を教えるようになったと聞き、2人は大変驚いた。自ら彼に師事を仰いだ女子生徒もだが、三成がそれを承諾したことがもっと意外だった。

「三成先輩って何でそれオッケー出したんスか?」
「頼まれたからしたまでだ。」
「いや、何時もの三成先輩だったら絶対『下らん』とか言って一蹴して終わりっスよ。」

左近のツッコミは最もであり、彼と吉継のみならず三成を知る者であれば誰もが抱く思いである。それを知らない三成はゼリー飲料のキャップを開けた。左近は三成にツッコむことを早々に諦め、限定メニューの冷やし中華を啜り始めた。

「あれ、先輩。先輩が剣道教えてた相手って、あの人っスか?」

左近が指した方向には、女子生徒に囲まれながら日替わり定食のプレートを持って空いた席に着こうとする早瀬の姿。
何故知っていると怪訝そうな顔をした三成に左近は笑って答える。

「美黎先輩、あの人超有名っすよ。演劇部の王子様って、1年からも人気なんスよ!」
「昨年の文化祭頃からよな。男装の麗人として女子生徒はこぞって奴に貢ぐ故、バレンタインは男どもが妬いてておったわ。」

ついこの間まで己の弟子のような存在となっていた彼女の、自分の知らない一面を見た気がする。同時に思い出される、己が知る、己しか知らないだろう一面。
早瀬は後輩と思しき女子生徒に囲まれ、笑顔で対応している。女子生徒はそれを見て嬉しそうに騒いでいる。
そんな姿を見ながら、三成はゼリー飲料の容器を握り潰した。





数ヶ月後、折角だから見にきてよ、と言われたその舞台。何故か友人と後輩、そして先輩方と忌々しい同期迄三成について来た。どうやら友人が『三成の弟子の晴れ舞台だ』と話して回ったらしい。三成に弟子が出来たという半ば脚色入りのその話を聞いた先輩方2人は、とても嬉しそうな表情でやって来た。さらには同期まであの憎たらしい笑顔でもって、お前もとうとう師匠になったかとかなり感慨深そうに言われ、かなり腹が立った。
とにかく、己が簡単に剣道を見てやったというだけなのにやたら期待されている早瀬には取り敢えず頑張れと思う他なかった。
……よくよく考えてみれば、何故己は失敗するなとは思わなかったのだろうか。





幕が上がる。長めの髪を一つに結わえ、男装をした早瀬はとても似合っていた。声の高さは男声とは言い難いのに、その立ち振る舞い、口調が彼女を『男』に見せる。
物語の見せ場、とうとう殺陣のシーンに差し掛かる。知らず、元々歴史物の作品が好きなせいか物語にのめり込んでいたらしい己の拳が硬く握り締められていたことに気づいた。

「ならばこの首、取れるものなら取ってみせよ!」

高らかに、『彼』の声が響く。切りかかって来た相手を蹴り飛ばし、他の刺客を鞘で殴る。続けざま更なる相手を抜刀した太刀で斬り伏せる。立ち上がった相手と鍔迫り合いになるも、弾き、急所を突く。
三成が教えた基本的な動きが、こうして鮮やかな動きでもって生きている。
テレビで見るようなプロのものとは比べようもないが、だが、十二分に見応えある命の遣り合いだった。
役柄としては男だ。だが、男として惚れる男らしさが滲み出ている。

「私のこの剣に掛かる重みは、最早私だけのものではない。友、仲間、恩師……彼らは私に思いを託した。
それに応えられぬというならば、私に太刀を振るう資格はないッ!」

満身創痍であっても、『彼』は立ち上がる。鬼気迫るその表情はその寡黙な男の激情を伝えていた。




「ありがとう、石田くん!」

終演後、着替えを終えメイクを落とした彼女とロビーで待ち合わせをした。
もう既に先程の男の面影は無く、ただのあどけなさを残した少女に戻っている。

「えっと……いしだ、くん?」
「……貴様の殺陣は美しかった。」

無意識に伸びた手が、早瀬の黒髪の上に乗る。わしゃわしゃと無遠慮に労うつもりでやれば、早瀬はあーだのうーだの、はっきりしない音を発し始めた。
暫くして満足した三成が手が引っ込めると、一つ深呼吸してから言った。

「あのね、台詞、脚本担当の子に頼んで追加してもらったところがあるんだけど、気づいた?」

少し考えて、首を振る。全体を通して、不自然な台詞は一つもなかったからだ。
すると早瀬は悪戯っぽい表情を浮かべ、少女の声と表情のままその音を紡いだ。

「『友、仲間、恩師……彼らは私に思いを託した。
それに応えられぬというならば、私に太刀を振るう資格はない。』
私の覚悟、伝わった?」

妙に印象深かったこの台詞、成る程、暫く考えて漸く彼女の意図が理解出来た。
簡単に言うなら、『指導してくれた三成の期待に応えるためにも失敗出来ない。』と言って、己を鼓舞するべくこの台詞を入れたのだ。何と熱烈で、そして可愛げのある覚悟か。柄にも無くそんなことを考えてしまった。

「貴様の覚悟は伝わった。……感謝する。」
「それはこっちの台詞。石田くんのお陰で成功したし、私も頑張れた。」

ありがとう、と笑うその笑顔。
知らず三成の唇も僅かに弧を描く。
確かに男装も美しかったかった。が、三成はこのあどけない少女姿の方が好きだった。見慣れてているのもあるのだろうが、己にの指導に懸命について来ようとする、健気な一面がいいと思った。
食堂で見かけた時のような、慕われる姿とはまた違う、あの一面は己ぐらいしか見たことがないのではと思うと、妙な高揚感が沸く。

「早瀬先輩!ミーティングやりますよ!」
「あ、今行くね!」

早瀬は三成に笑ってまたねと言う。
ああ、と返しながら、三成の身体は勝手に動いていた。

「い、石田くんッ!」
「今日私を招いてくれたこと、感謝する……美黎。」

すれ違い様三成は彼女の手を握り、まっすぐに見つめて言った。その口元はいつもとは違い緩んでいるようにも見える。
そのまま彼は何食わぬ顔で去ってしまった。呆然とする彼女の手の中には、飴が一つ残っていた。






「早瀬先輩?どうしたんですか?」
「……あ、いや、何でもないよ。」

なかなか遅い早瀬を気にして、後輩が彼女の様子を見に来る。
適当に誤魔化して集合場所に向かう途中も、彼女は心ここに在らず。
誰かさんのせいで、顔は赤いし口元はにやけるし。
責任転嫁をしながら、手の中で飴を知らず握り締めていた。

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