■ 01

「あ、そーだ。ねぇアクタベくん、今夜暇?」

 ちょっと部屋まで来て欲しいんだけど。そう言い終わる間もなくガタゴトと慌ただしい音が部屋のあちこちであがった。

「なっなまえさん、今なんて……!!」
「ヒィィ、ついになまえはんが開通式を……! おいちゃんがカメラ持って応援行ったるからなァァァ!!」
「もぐもぐもぐもぐ……ぶうぇフゥ!? ……ああカレーがこぼれてしま……って、オイコラ今何つったクソ女!?」

 三人とも予想通りの反応ありがとう。けれど生憎そんな事態にはなり得ないので、ケラケラ笑ってネタばらしに入る。
「いやぁ、実はここ数週間なーんか変な気配を感じてさ。帰り遅くて今から夕飯作るの面倒だなーって思ったらピザが届いたり、知らない花屋さんが記念日仕様の花束持ってきたり、ポストの手紙が開いてたり、あ、ちなみに明細が抜かれてて携帯料金も払われてたんだけど。でまあそんな感じで他にも諸々?」
「ちょ、ちょっとなまえさん!? なんでそんなにのほほんと爆弾発言してるんですか、ダメですよそれ絶対アウトな奴ですよ! 凄く"ウチ"向けの内容じゃないですか!もっと早く相談して下さいよ!!」
 いやいや、だから今相談してるんだけどね。だからもう充分遅いんです。そんなやりとりをしつつも、ゴソゴソとカバンの中から取り出しますは……透明ビニール袋に入れた便箋だ。

「なーんか定期的にこの手の悪戯に遭うから慣れちゃってさ。でもさすがにこんな熱烈なお手紙まで頂いちゃうと不味いなぁって」

 君が好きから始まって健康を気遣うような文面が並んだかと思えば、急に結婚式場の話題に切り替わったり、果ては無料通話が余っているのは勿体無いから僕と話せばいいよ、ああでももう家族間通話だし関係ないかとか、僕はクリームパンが好きなんだけど君の為ならカレーパン好きに嗜好を変えるよとか。
「……おいちゃん、ドン引きやわぁ」
「で、問題はこの部分。ほら、この『なまえさんが使っている探偵』ってここのことしか有り得ないし。なんか、私がこの人の浮気調査を頼んでるっていう超展開になってるけど」
 いずれにせよこの分では、なんだか不思議な方向に出来上がった思考回路でこの事務所やさくちゃんに突撃などという目も当てられない事態になる可能性だって充分ある。

「ってことでアクタベくん、いつものはったりをお願いしたいんだけどー」
「断る」

 まさかの即答である。

「うっわ酷い。なによ、せっかく強面なんだからこんな時くらい彼氏役やってよー」
「いつもいつもタチが悪くなるまで育てやがって。序盤でしっかり踏み躙っておかないからクズが増長するんだ。いい加減に学べ」

 うわぁ聞きましたか奥さん、この男まるで私が悪いみたいに言いやがりましたわよ?
 そんなふうに指をさせば、ノリのいいアザゼルくんを筆頭にあっという間にぴーちくぱーちくの大合唱が響き始める。悪魔たちは単純にアクタベくんを糾弾出来る機会を喜んでいるだけだが、さくちゃんは同じ女としての同情からか結構真剣だ。
 なんてことをしていると、ガタンと大きな音と共に立ち上がったアクタベくんは不機嫌そのままという様子で悪魔二匹を蹴り倒した。

「お前ら煩せェぞ。なまえ、今回だけは付き合ってやるからもう帰れ」
「えーだってまだベルゼブブさんのもふもふタイムが……」
「いいか、六時にお前のとこの駅前だ。わかったら今から飛んで帰って、恋人の訪問に備える健気な女のフリでもしとけ」

 ああそうか。どっかの誰かさんが初めて目撃する"お家デート"なのだから、彼氏を迎える女の子(ツッコミは無しの方向でお願いしたい)としてそれなりにワクワクして見せなければ嘘臭いかもしれない。
 仏頂面のアクタベくんが案外ノリノリなことに気が付いて、そんな場合じゃないのについつい口角が上がってしまう。



(2015.09.09)
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