■ 彼女の本懐 前

「なぜエルネスタの誘いを断るのだ?」

 いつものようにシュウの部屋を訪ねたら、いつもと違う出迎えを受けた。

 おかしなこともあるものだ。いつも勝手に淹れて勝手に飲んでいた紅茶が、今日に限ってシュウの手により用意された。
 きっかけを計るような気配に私の背にもぴりりと緊張が走る。一体どうしたのか、何を言い出すのか、けれど何よりの心当たりが私の胸にはもう有った。つまり、ついに私を相手にする気になったのね!とわくわくしたというのに……いきなり予想外の問いを投げられた数分後の私は、それまでの期待もどこかへ吹っ飛びただただ面食らっていた。
 おまけにシュウはそんな私の姿にも目もくれず持論を展開し、果ては正式に仲間になることによっての報酬だとか、待遇だとか、条件の話をするのだから本当に拍子抜けである。
 まったく、何を今更……。
「今更? 図々しくも居座っておいて、仲間にはならないと言い続ける方が今更だろう?」
 仏頂面のまま非難してくるシュウに、なんと言ったものかと頭を抱えたくなってしまう。
「えーと、エルネスタからは理由は聞いていないの……よね、その感じだと」
「自分にはどうにも出来ない、とは言っていたが? その癖にエルネスタの旅に同行してみたり、城を守ってみたり、お前の狙いは何だ」

 いつもの詰問口調のようで、少し違う。
 害があるか無いか。利用できるか否か。そういったことを判断しようという視線なら今までも受けてきたけれど、これは違う。
 なんと言えばいいのだろう。例えば、こちらの返答を試すためではない、問い自体に真剣な目が……新鮮だ。不審がられているだけで、警戒されていない。彼にとってはもう、私は警戒の対象ではないということだ。少なくとも、部屋に二人きりでも大丈夫だと思われている。それが、わかってしまう。伝わってきてしまう。うわ、どうしよう、なんだか変に照れる。


「えーっと、前の……夜に話した時のこと覚えています?」
 相変わらず、なんと言ったものかと思案しながら口を開いたつもりがどことなく嫌味な口調になってしまった。案の定シュウは訝しげに眉を顰めたが、結局は黙ったまま先を促した。
「『上手く誑かせたらとっておきの懐刀になってあげる』って、盟主じゃなくて軍師相手に言ったつもりなのですがねぇ」
 正直なところ、こんなに大胆な口説き文句が伝わっていないとは微塵も思っていなかった。
 珍しく、溜息を吐くのはシュウではなく私の番だった。
「さっきの話だけどね、あえて条件のことを言うならそれはつまり"あなた"ってことになるのだけど?」
 そう言って、見つめて、一呼吸。そこまでの時間をかけてようやく思考が追いついたらしいシュウが慌ただしく表情を引き締めた。そんなところまた私の気分を削ぐのだ。
 
 まったく。鳩が豆鉄砲食らったような顔しちゃってさ。そんなに予想外でしたか……面白くない。
 ……はぁ。

「聡明で有能な軍師様が、魔物相手にこういう展開は予想しなかったの?」
 もうずっと、貴方しか見ていないのに。貴方も、気付いて楽しんでいると思ったのに。
 当てが外れて、恥ずかしいやら悔しいやら。振り返ろうにも格好悪すぎて、歪んだ唇からは苦笑しか出てこない。
「仕方ないなぁ……夜に出直すから、考えといてね」
 シュウの反応も確認せずに、それだけ言って廊下へ飛び出した。ああ、どうしよう。今の私ってなんだか最悪に情けないじゃないか。



(2013)
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