■ 盗賊にご用心

「そんなら、俺と来るか」

 そう手を差し出したのはそちらの癖に。今の彼はどう見ても、その行動を悔やんでいる。


「ああ、またきつくなってきたねぇ」
 本当ならこの時間にはもう先の町に着いていた筈なのに、と残念がっても手遅れだ。迂回する街道なら丸一日、山道を通ったらちょうど半日。なんて気楽に考えたのが不味かった。
 随分進んだところで盗賊に襲われたせいで、道に迷うわ時間は食うわ。しかも雨が降り始めたばかりに、急遽洞窟探しが最優先事項になってしまった。おかげで今こうして雨は凌げているものの日はすっかり落ちてしまっている。
 だが、まあ、私はそれでも別にいいのだ。最近旅がやたらに順調だった分、たまにはこういう日もあるだろうと思えば気落ちもしない。しかし同行者の方はそうはいかないらしい。

「すまない……。俺が、街道を避けたいと言ったばかりに……」
「だから、気にしないでって。私だって旅人よ。これくらいアクシデントにも入らないって言ってるじゃない」

 しかも人目を忍ぶ相手との旅となれば、不自由が多い道中になるだろうことは予想の内だというのに。どれほど繰り返され続ける後ろ向きな発言に訂正を重ねようとも、今日に限ってなぜかこの白ローブは私の言い分になどさっぱり聞く耳を持たず、一人へこみ続けている。

「……そもそも、お前一人ならもっと楽に旅が出来たはずだ……俺について来たところで……お前にメリットなどないだろう。……そうだ、俺と居たって、お前は行動が制限されるだけじゃないか」
「いやまあ、一概にそうとは言えないけれど。ていうか、昔ならまだしもあんな経験して更に一人旅って無謀な選択肢はさすがにもてないわよ」
「……だが、なまえなら……相手が俺である必要などなかっただろう……」
「かといって、アメリアと二人旅って選択肢は端っからないわけだし、かといってあの二人に着いて行ってもそれこそただのお邪魔虫じゃないのよ」
「……残ったのが俺だっただけで、ただの消去法じゃないか。そうだ、ならいっそ、次の町で他の相手を見つけたら……」
「……今日の貴方、凄く凄く凄く鬱陶しいわよ」

 いい加減怒ろうかと近寄り、ふと、膝を抱える白づくめの姿にひっかかるものを感じた。

「ゼル、ちょっと顔見せてみなさい」

 言うが早いか、目深にかぶられたフードを剥いで光量を上げたライティングを唱える。
 眩しさに目を細めるゼルガディスの顔色は、元々の色合いのせいで予想よりもよくわからないが……まあ普段より多少、赤みが増していると見えないことも無い。が、不必要に潤んだ瞳を見れば明らかだ。開いた瞳孔がしっかりと異常を訴えている。……ああ、思えばうじうじ言いだしたのは盗賊たちを潰した後からだったっけ。

「ねえゼル。今日の盗賊たちに何か粉みたいなものかけられなかった? それか、奴らが持っていたものを何か食べたとか、舐めたとか、そういうことに心当たりはない?」

 子供に話しかけるように尋ねる。ゼルガディスは問いの目的がわからないという顔を返したものの、それでも一応思い出そうとするように目を伏せた。

「そういえば……一人、切った時に懐から砂がこぼれたような……」
「オーケイ。もういい。草むらに突っ込んだとかも無かったし、まあ十中八九それが原因ってとこでしょう」
 どうかしたのかと尋ねる声には気にしないでとだけ答えて、冷たい頬に手を当てる。
「大丈夫、大丈夫。私は貴方と旅が出来てとても楽しいの。……だから、ゆっくりお休みなさい。――スリーピング」
 眠りの呪文を受けて、青い頭がくたりと垂れた。



 昨夜の雨もすっかり上がって、本日は快晴だ。
「おはよう。調子はいかが? さあ、いい下山日和と言いたいところだけど、道はぬかるんでるし気を付けなきゃね」
 ゼルガディスに声をかけるともそりと起き上がり……ふと動きを止めて、そのまま静かに眉間を押さえた。
「あら、ひょっとしてちょっと頭が痛い?」
「痛いと言う程じゃ無いが……しかし……。おい、心当たりがあるのか」
「……ゼルこそ、本当に心当たりが無いわけ? 昨日……じゃない、一昨日の宿でおかみさんと私の会話を聞いていたでしょうが。昨日かかった粉って多分、『酩酊草』よ」
 しばらくして、ああ、と納得する声が聞こえた。まったく、抜けていると言うか何というか。意外とこの人は世話が焼ける。

 酩酊草。
 正式名称は他にあるらしいが、その特性からもっぱらこの呼び名で呼ばれているらしいその草は、この地域に自生する種だそうだ。その葉は呼び名のとおりに酒に酔ったような状態を……すなわち精神異常を引き起こす。
 なんて言うと大層だが、乾燥させ粉にして調味料に使う程度には害は無いということで昔から身体を温め元気を出すための興奮剤として重宝されているのだという。そんな話を宿のおかみさんから聞いたのは、説明どおりにぽかぽかと身体が温まる美味しい夕食を食べながらのことだった。
 だが、今回のゼルガディスの事を考えると、どうも盗賊たちにはお手軽なトリップ草として愛用されていたようだ。

「昨日の自分を覚えている? やたらに沈んでたし、相当吸ったんじゃない?」
「……まあ、うっすらとだが覚えている。すまなかった」

 不覚だと頭に手をやるゼルガディスはいつもの彼で、とりあえず安心する。
 それにしても。トリップ目的の薬物だろうが調味料だろうが、おそらくは高揚状態になるはずなのに昨日のゼルガディスの後ろ向きさといったら酷いものだった。……なんだろう、酔うと泣き上戸や絡み酒になったりするタイプだったのだろうか。苦労性とは思っていたが、まさかこんなところまでとは……不憫さに泣けてきそうになる。

「おいなまえ、大丈夫か。お前もどこか調子が悪いのか」
 ああ、不憫さを憐れんでいたら当人に心配された。
「ごめんごめん、大丈夫よ。ねえ、町に着いたらさ、とりあえずなんかちょっと美味しいものを食べようか。奢るからさ」

 たまには労わってあげようじゃないかと声をかければ、大変に驚いた顔が返ってきた。まったく、失礼なことである。

 昨日の発言は度を過ぎていた。それはもちろん薬草のせいで誇張増幅されたからだ。けれど確かにあの一部には、僅かにでも彼の本心が含まれていたに違いない。ある程度の卑屈さは彼の性格であるという可能性を残しても、こんなにだだ漏れの私の好意を受けておいてそれでもまだ不安に思っているということか。私の性格も知っているだろうに今更、何を不安に思う必要があるのだろうか。
 ぬかるみの山道で、前を歩く男の姿を見ながら考える。
 ああ、本当に、やっぱりこの人は世話が焼ける。



(2014.03.30)
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