■ 中

 部屋風呂付きの温泉か、山奥で見る星空か、眩しい海辺か、いっそ若者に人気のテーマパークか……定番どころを多数挙げてみたつもりだが、いざとなったらそのどれもがしっくりこなかった。

「……いや、本当に、なまえちゃんの行きたいとこでいいよ」
「まあ、笹塚さんのそういうところが投げやりなわけでも優柔不断ゆえの丸投げでもないことは知ってますけど、さすがに方向性くらいは示してもらいたいなあ」
「……でも、また温泉や釣りってのも芸が無いし」
「えー、私は笹塚さんが喜ぶなら同じパターンでも全く問題なしですよ」
「……ごめん。正直、そういうとこは秋以降に行きたい」
「ああ。笹塚さんって見るからに夏が苦手そうですもんね」
 無駄に見栄を張っても仕方がない。笹塚はただ肩を竦めて肯定した。
「だからなまえちゃん、助けて」

 じゃあ、と彼女の口から出たのは、予想もしない場所だった。

「あの、こういうことを言うと、気に障るかもしれないんですけど……」
 珍しく言いよどむ姿に、笹塚も自然と身構える。
「でも、せっかく誕生日なんだし……」
 さらに間を必要としたなまえは、やがて意を決したように口を開いた。
「お墓参りに、行きませんか」
「……へ?」

 繰り返すが、笹塚は身構えていた。
 それでも、一瞬どころか数秒、何を言われたのか理解できなかった。

「ごめんもう一回、お願い」
「……お墓参りに、行きませんか」
「……誰の?」
「……笹塚さんの、ご家族の」


  ***


 困惑も露わな視線に促され、恐る恐るという様子でなまえの口が動きだす。

「そりゃあ、お盆ももうじきだけど……その時期はお仕事も忙しいでしょう? 春のお彼岸も忙しそうだったし。なら、せっかくお誕生日に因んだお休みだし、のんびり顔を見せに行ってきたらどうかなあ……とですね」
「まあ確かに最近行けてなかったけど、なまえちゃんはそれでいいの?」
「私はほら、別の日でも会えるし……。気を回してくれた筑紫さんたちには悪いけど、笹塚さんがいいように過ごしてもらうのがそもそもの目的だし」

 優しく笑うなまえの言葉に、ようやく違和感の正体に思い至った。

「なんだ、なまえちゃんは一緒じゃないんだ」

 失言だったと、気が付いても遅い。
 内心焦りつつ表情を確認すれば、きょとんとして固まった顔が目に入る。そもそも恋人の家族の墓に、わざわざ行きたいと言う女はそうそう居ないだろう。逆に、意気揚々と行く!と言う女には、むしろ引く。だが、口に出してしまったものは仕方がない。

「えーっと、身内でもない者が付いて行ってもお邪魔になりませんか」
「……いや、まあ、なまえちゃんがいいのなら、一緒に来てくれると嬉しい」
「あ、うん。……じゃあ、ご一緒させていただきます」

 妙な雰囲気のまま、休暇の予定は決まってしまった。


  ***


「だからって、なんで誕生日にお墓参りなの」
 笹塚が尋ねると、今度はなまえの方がきょとんとした顔で見つめてきた。
「え、だって、誕生日ですよ」
「うん。そうだけど」
「誕生日ってのは、子供と親がお互いに感謝しあう日ですよ……ね?」

 あれ?と小首を傾げたなまえに、笹塚の胸は熱くなる。

 そりゃ、そうだ。
 考えてみるまでもなく当たり前のことなのだ。
 子供が生まれたということは十月十日(とつきとうか)の時間があったということなのだから。子供が育つということは、親の存在があったということなのだから。
 けれども、こんな風に「誕生日だから」と当たり前のように口に出来る大人が、一体どれ程いるのだろう。それに……少なくとも。自分も、今までの"恋人"たちも、そうではなかったのだ。
 おかしな犯罪者や、懲りない後輩や、自重してくれない女子高生探偵を相手に疲れきっていた心がなまえといる時間で幾分か癒えていく気がする。

「うわ、ちょっと、どうしたんですか?」
「……どうしよう。俺、なまえちゃんのこと大好きだわ」

可愛い可愛い恋人を腕の中に包み、笹塚衛士はそれはそれは幸せな気持ちで呟いた。



(2014.03.25)
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