■ 0時

「お誕生日おめでとう、リヴァイ」


 甘く囁かれた声に時計を見れば、日付が変わったところだった。今年も当日はどうせ遅くまで酒場だろう。そう当たりをつけたなまえが、前夜祭と称して押しかけてきたのは二十四日の食後のことである。そこから二人、なまえが持参した小さなケーキを食べて、酒を飲み、そしてベッドに入り……。

 事後の気怠さの中でなまえを見れば、白い肌に映える赤が生々しく、そして痛々しくて、リヴァイは目を細めた。

 兵士として鍛えているとは言っても、内勤の彼女の身体はリヴァイよりずっと脆い。いや、この場合はリヴァイではなく他の女性兵と比べるべきか。いずれにしても、立体機動用の肉体作りをしていない身体である。吸えば簡単に赤く染まり、少しの力でも内出血を起こす。最中に夢中で掴んで鬱血させてしまうことも──頻繁ではないにしろ、珍しくもない。
 情事の度に負担を強いていることは想像に難くないが、それでもなまえはいつも嬉しそうにその赤い肌を撫でるのだ。

「ねえリヴァイ、今年も、一緒に居てくれてありがとう」

 生きていてくれてありがとうと優しく口づけられ、リヴァイもそれに応える。
 終わらない口づけは、徐々に深くなっていく。治まっていた情欲にも次第に火が戻ろうかという時点になり、けれども不意になまえが身を引いた。
「おい」
 思わず非難の視線を向ければ、なまえが苦笑してみせた。

「これ以上はだーめ。明日はみんなが貴方のところへ来るんだから、ちゃんと寝ていい男でいてもらわないと」

 寝不足のクマなんて作っちゃ形無しよ。軽口を残してさっさと服を着始めるなまえを見つめていると、自然と頬が緩み始める。誘いを断られた形ではあるが、愛されていることも何より伝わってくるのだから仕方ない。
 この調子で一度こうだと決めてしまったなまえを説き伏せることが容易でないことなど、今更過ぎるほどによく知っていた。まして、今回のようにリヴァイを気遣ってのことなら尚更である。

「わかった、わかった。もう何もしない。だから今夜はここに居ろ」

 このままいつものように自室に戻る気だろうなまえに声をかける。
 以前、夜分に女子寮へと帰る途中のなまえが不埒者に襲われた事件は(未遂ではあったが)リヴァイにとっては風化しない記憶だった。そうでなくとも、リヴァイとしては朝までなまえと共に眠ることを望まない日などない。だが、昇格によりリヴァイたち幹部と同じ兵舎へと部屋が移った今、彼女は以前に増して頑なになってしまった。夜は自室に戻ると言って聞かず、途中で堕ちる程に激しく抱いた後でさえ、目覚めた時には姿を消していることが度々あるのだ。
 甘い甘い時間を過ごしたその後に、求めた相手の温もりが消えたベッドで一人受ける衝撃といえば相当なものなのだが──どうしても嫌がるその理由にも心当たりがないわけではないので、あまり強くは出られない。共に老いるまで添い遂げようとは誓えない身である。いつ失ってもおかしくはない温もりに慣れすぎるのはお互いのためにならないと、なまえなら考えるだろう。けれどもう本当は、そんな段階などとっくに過ぎてしまっている。そのことを、今年こそは彼女に伝えなければいけない。

 引き留めにかかれば案の定困った顔を向けてくるが、こちらとしてももう引く気はない。手始めに、今夜に相応しいとっておきの理由を口にする。

「"今日"くらい、甘やかしてくれてもいいだろう?」

 俺にとってはどうってことない日だが、お前が祝ってくれた日だ。熱を込めて見つめれば、逡巡の末なまえは頷きを返してくれた。



(2013)
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