どっとはらい。

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「ふう……」


キッチン車を出ると、自然に息が漏れた。
パーティーの片付けに、明日の仕込み。
大食らいが二人もいるものだから、食事の用意も一苦労だった。


(でも喜んでもらえて良かった)


リゾート惑星・ユタリーまでの銀河鉄道の旅は、賑やかに運行していた。
事前準備も、列車に乗ってからも大変だったため、少しでもカワサキに休んでもらおうと「後は任せて下さい」と申し出たのはどのくらい前だっただろうか。
食堂車の壁に掛けられた時計を見る。


「***」


もうみんな寝ている時間のはずだ。
彼女は驚いて客室へ向かう扉へ目を向けると、メタナイトが立っていた。


「……もう休んでいると思ったが」

「明日の仕込みを少し。メタナイトさんはどうしたんですか?」

「君の顔を見に」


心臓がぎゅ、と掴まれたような気がして、顔が一気に熱くなる。
このひとは、本当にもう。
ここが薄暗くて良かった。


「君は一日、キッチン車に篭りきりだったからな。話をしていないと思って」


椅子を手のひらで指し示され、躊躇ったものの彼女は座ることにした。
この列車はどこもかしこも豪華な造りだ。食堂車も例に漏れず、質の良いテーブルと椅子が並んでいる。
景色を見ながら食事を楽しめるように、という配慮だろうか。座席の一つ一つに大きな窓が面していた。
窓は臙脂色の厚いカーテンに閉ざされている。


「そうだ、せっかくだしお茶を淹れてきますね」

「……それなら私が」

「え?そんな、いいですよ。ちょっと待ってて下さい」


向かいの椅子に座ったメタナイトとは反対に、***は立ち上がって小走りでキッチン車へ向かう。
戻ってくるまでに、彼に見せられる顔に戻しておかなければ、と考えながら。


「まったく……」


* * *


丸トレイにティーセットを乗せたまま、扉を開けようとして気がついた。
食堂車が妙に明るい。
電灯や炎とはまた違った明るさ。


「メタナイトさん、紅茶が……わあ!」


扉を開けて、驚いた。
さっきまで閉じていたカーテンが開け放され、外の景色が見えるようになっていた。
思わずテーブルにトレイを置いて、窓の近くまで寄る。
ここは銀河団の中なのだろうか。
大小様々な大きさの星々と、細かな塵を巻き込んだ星間ガス。
それらが恒星の光を受けて、キラキラと輝いている。
食堂車全てのカーテンが空いているため、辺りを見渡せばまるで、宇宙空間を漂っているようだった。
……いや、実際に宇宙に引いた線路の上を走っているのだから、似たようなものなのだが。


「……フッ」


息が漏れたような音を聞いて、我に返った。
向かいに座ったメタナイトが、気づけばティーポットから紅茶を注いでいる。


「あっ……ごめんなさい!やって頂いて」

「構わない。いや、その顔を見れば釣りが来るくらいだ」


……どういう意味だろう。
ちゃんと考えると恥ずかしい気がして、彼女は曖昧に笑っておくことにした。


「君は前も、そうして外を見ていたな」

「それはそうですよ!宇宙なんて、写真や映像でしか見たことありませんし」

「それはあるのか……相変わらず、君の国の文明がよく分からない」

「選ばれた人しか宇宙に行けないんですよ。銀河って近くで見るとこうなってるんですね!すごいです!」


くつくつと声が漏れる。もちろん、メタナイトだ。
……笑われている?
そう、気づいた瞬間に、自身の身体がカッと熱くなるのを感じた。


「す……すみません、一人ではしゃいじゃって」

「いいや?***、砂糖は?」

「えっ……と、ふたつ」


ふたつ並んだカップに、それぞれ二つずつ角砂糖が入る。
彼女は甘くない紅茶も好んでいたが、メタナイトと一緒の時は、なんとなく、彼と同じくらい砂糖を入れている。
ティースプーンでくるくると混ぜると、カップが***の前に差し出された。


「ありがとうございます」

「そういえば、紅茶が、と言い掛けていたが、なんだったんだ?」

「たくさん種類がありまして。適当に選んだのですが良いかなって」

「もちろん。因みに何という葉だ?」

「ダージリンです。良い香りですね」


ふくよかで瑞々しい若葉のような香りが、食堂車に漂う。
外には眩いばかりの銀河星雲群。紫や青、オレンジに、緑。色とりどりにグラデーションする星雲の、夢のような色合いとは裏腹に、よく知る茶葉の香りが妙に現実的で、不思議な感覚に身を包まれる。


「……本当に、物語のワンシーンみたい」

「こういう話があるのか?」

「故郷の小説ですが、ありますよ。親友と銀河鉄道の旅をする話です」


教科書に乗ってる程度しか内容は知らないのですがと彼女は苦笑した。
メタナイトは得心がいったような声を漏らして、席を立った。
そして***の隣に座る。


「え、」

「……いや、君があまりに楽しそうだから、同じ方向から景色を見たくなった」

「そ、そういうものですか?」

「そういうものだ」


そうかなあ……。と心の内で思いを巡らせる。
隣に来たことでメタナイトとの距離が思いの外近いことに気がついて、ドギマギと落ち着かない気持ちを誤魔化すために紅茶を口にした。
優しい甘さが口の中に広がって、ほっと息をつく。
何か聞こえた気がした。


「……?なんか、客室の方で聞こえませんか?」

「……気のせいだろう」

「ええ?……でも気になりますし、私ちょっと見て来ます」

「***」


立ちあがろうとした手が掴まれて、テーブルの上に捉えられた。
メタナイトの手のひらと、自らの手のひらが重なって、きゅ、と強く握られる。


「え、あ」


力が抜けてしまい、彼女はへたり込むように席についた。


「ワドルディのことだ、自分達で何とかするだろう」

「わ、ワドルディだったんですね。というか聞こえてるじゃないですか」

「良いから、少しは休め」


そう言われても。
この状況でゆっくり休める人は、なかなか居ないのではと彼女は思う。
とくとくと、心音が嫌に大きく聞こえる。
景色がきらきらと輝いているせいか、尚の事そのように感じられた。


「ああ、流れ星だ」

「えっ、どこですか?」

「あそこだ」


メタナイトは少し身を乗り出して、一点を指す。
少し触れ合った身体が、とても熱く感じられた。


「ほ、本当だ。綺麗ですね」

「そうだな」

「近くで見ると、星というより隕石って感じもしますね」

「まあ……それほど変わりはないからな」


こういうのって、ぶつかったりしないのだろうかと彼女はぼんやり考えて、やめた。
握られた手の力が強まったせいでもあった。

星々は変わらずに煌々と輝いている。
宇宙を駆ける銀河鉄道は、ユタリーまでの道のりを緩やかに運行していた。


end
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