シロツメクサの動乱 - 春風
驚愕の新事実の発覚と周囲の動揺

視点:幸村精市

「それにしても、幸村ブチョーってホント超モテますよねー!」
「…急にどうしたんだい、赤也」


部活が終わり、海林館でシャワーを浴び終わって皆で着替えをしていると、赤也が急にニヤニヤとしながら俺へと向かって言い出した。その目は好奇心でたっぷりと輝いている。

数十名もいる後輩たちと同じタイミングで練習をあがると、当然部室やシャワー室が混み合うので、自主練をしてから帰宅するのが俺たちレギュラー陣の日課になっていた。時は部活の後でも練習着のまま帰宅するのは原則禁止とされているので、制服に着替えなくてはいけない。
だから、皆で着替えをしたり下校している間に、こんな下らない話をするのもほぼ日課になりつつあった。そんな中、中学生男子特有の薄っぺらい恋愛の話をすることも勿論当たり前のことで、毎日赤也が皆に話を振っている。
そしてどうやら今日は俺にその標的が絞られたみたいだ。


「俺見ましたよ!今日の昼休み、海友会館の裏に呼び出されて告白されてたじゃないっスか!」
「…あぁ、そうだね」
「何スかそのうっすい反応!告白してたのって、結構可愛いって有名な子だったじゃないっスかー!」
「勿体ないのー」
「仁王、女をとっかえひっかえしている君にだけは言われたくないね」
「…ピヨッ」
「確かに仁王もモテるよなぁ…ったく、こんな男のどこがいいんだか」
「ブンちゃんはまず食べる量を減らさんといけんのう」
「それとこれとは関係ねぇだろい?!」


ギャアギャアと言い合いを始めた二人に、内心ほっとする。話をしていくうちに、どうやら話題は仁王へと逸れてくれたみたいだ。


「そういや仁王、サクラコちゃんとはどうなったんだよ?」
「……プピーナ」
「え!お前らもう別れたのかよ?!」
「あっちが勝手に言い寄って来たんじゃき、俺には関係ねーぜよ」
「お前ってホント来る者拒まず去る者追わずだよな〜」
「…プリッ」

そう言いつつ制服のカッターシャツに腕を通す仁王、その首筋や胸元には赤い花弁がふんだんに咲き乱れていて、不健康なくらいに青白っぽい肌の上で酷く目立っている。全く、相も変わらずに下半身が元気なことだ。そして、だらしがない。
すると、いつの間にか皆の視線は再び俺の方へと向けられていた。


「仁王もモテるけどよ、本人がこんなんだからいい噂されてねぇもんなあ…。そう考えると、やっぱり幸村くんは別格だよな!」
「ホント羨ましいっスよ〜。俺も彼女欲しいっス〜」
「アハハ、そう言う赤也だって仲のいい女の子くらいいるだろう?」
「うーん…。確かに女友達はいるっちゃいるけど、なんか違うんスよね〜」


ブチョーって一年の時のバレンタインでチョコ125個貰ったんでしょ?!凄すぎっすよ!
そう言いながらワイワイと騒ぎ立てる赤也は、何とも年相応だ。思春期だから仕方がないと言ってしまえばそれで済むのかもしれないけど。この無邪気さは、俺は持ち合わせてはいないものだった。


そんな中、我関せずに着替えをする人物が目に入った。──真田だ。どうやら漸く柳と柳生とジャッカルらを含む殿しんがり陣が、シャワーを浴び終えて来たようだ。
羨ましいくらいに無駄に整った筋肉だな、なんて俺らしくもない理不尽な嫉妬を浮かべつつ、俺は的を真田にずらしてやることにした。


「真田は、女の子に興味ないの?」
「…どうした幸村。そんな話をするなんざたるんどるぞ」
「でも副ブチョー、俺らは男なんっスよ?男が女に興味持たないとか、逆に不健全っスよ!」

赤也が上手い具合に話に乗ってくれて、俺は話を逸らすことに再び成功した。


真田は着替えの手を止めて、俺たちの方を見てゆっくりと瞬きをした。そのムカつくくらいにまで澄み切った漆黒の瞳が、俺らを捉える。


「興味も何もあるまい。俺には許嫁がおるからな」
「「……」」


──その発言に思わず硬直するのは、無理もないことだろう。

数十秒、いや、数分間くらい経ったことだろうか。
俺たちは一斉に我に返って、声を限りに叫び声を上げた。


「「…はあああああああぁぁぁあ?!」」

「そ、そそそんな、まさか…!お、おまんに、そ、そんな嘘は似合わんぜよ」
「に、仁王センパイ、どどどど吃りすぎっスよ!」
「いや赤也、お前も落ち着け!」
「オイ、そう言うジャッカルもだっつの!お前それ俺の替えのパンツだし!何自分の鞄に入れようとしてんだよ?!」
「アイタタタ!いたい、いたいぜよ!やぎゅー!おまん、何俺の髪の毛力一杯引っ張っとるんじゃ!」
「わ、私としたことが!し、失礼しました。真田くんのそのようなお話しは、今まで聞いたことがありませんでしたので…」
「………」
「あの朴念仁を極めてる真田に、許嫁…?!」
「む、それは些か失礼だろう!」


言いたい放題の皆に、そう言って声を荒げる真田。そんなことが全く気にならないくらいにまで、皆は動揺しまくっている…勿論俺も。
最早蓮二は声すら出ていない、目は見たことがないくらいにまで思いっきり見開かれて真田を凝視しているけど。…これは珍しいものを見た。

ふと目に入った出欠状況や予定を書くボードの上には真田が書いた「確乎不抜」の書が。今の慌てふためくこの状態は、意志や精神などがしっかりとしていて動じない様子とは丸っきりの正反対で、何だか可笑しくなる。俺らもまだまだ華の中学生だな。まさか、この俺が真田に動揺させられるなんて、思ってもみなかった。

一足早く現実を把握して立ち直った赤也が、勢い余って真田へと飛び付きながら彼へと尋ねた。真田はそれを鬱陶しそうにいなしている。


「え、ま、まさか立海っスか?!」
「いいや、青学の生徒だ」
「「青学ゥ?!」」

まさかの聞き覚えのあり過ぎる学校の名前に、再び度肝を抜かれる。何ていうことだ。


「ねえ、真田副部長!俺、その人に会いたいっス!!」
「…何を言っている。お前らの興味にアイツを付き合わせる訳がないだろう!全く、たるんどる!」


早く着替えてここを出んか!
いつものように着替えを素早く終わらせて、いつものように帰宅を急き立てる真田の顔は、いつものような眉間に皺を寄せたあの表情のままだ。柄にもなく頬を染めたりして、少しは照れるかとっでも思ってたのにな。まさか動揺しているのが俺らだけなんて…これは本当に予想外だ。

真田の癖に、一体全体何てことだ。これくらいで動揺するなんて、この俺もまだまだたるんでるのかな。
でもこれは随分と面白いことになったじゃないか。





その帰り道。真田を見送った俺たちは、集まって議論に花を咲かせた。話題は勿論、先程発覚した真田の許嫁についてである。


「あーもう!ビックリしたなあ〜!」
「まさか、あの真田に許嫁がいたとはな…」
「俺、むっちゃ気になるっス…!!」
「ただ、弦一郎が俺らに紹介をするとは到底思えないな…」


赤也と蓮二とを中心に話が進められるが、あの真田の性格からして、彼本人から俺らに紹介することはまず有り得ないだろう。

しかし、ここで負ける訳にはいかない。こんな所で諦めるようでは、常勝立海大の名が廃るというものだ。


「蓮二、君は青学の乾に連絡だ。丸井、君は芥川くん伝いに跡部くんや他の部員に聞いてみてくれ。一人が知らないとしても、それぞれのレギュラー陣には知れ渡るだろう」
「了解した。だが、大した情報は臨めないだろうな」
「だな。でも許嫁が青学だとしたら、もしかしたらどっかで二人でいたとかいう目撃情報とかあるかもしれねーし」


そう言うと蓮二と丸井は、早速スマホを取り出して揃って画面を操作し出した。その間も、その他の連中はあーでもないこーでもないと議論を交わす。


──画して、立海大附属中男子テニス部レギュラー陣を中心に、真田の許嫁である女を一目見ようと、許嫁探しが始まったのであった。これが関東主要テニス部を揺るがすような事態になるとは、当の本人でさえ予測し得ないものであった。

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