シロツメクサの動乱 - 春風
こっそりと許嫁の捜索開始

視点:仁王雅治


「目撃情報はゼロ、か…」
「まさか、真田がここまで尻尾を出さないとはな…」


ああ意気込んだものの、収穫は全くのゼロやった。
日曜の午前練の後、真田とジャッカルを除いた俺たち立海レギュラー陣は、額を突き合わせたまま部室で揃って肩を落として溜め息を吐いた。ジャッカルには真田と一緒に帰路に着いて貰って、その上で尾行を頼んでいる。流石ジャッカル、ややこしいことは全部奴に任せるに限る…って言いたいとこやが、一応これも全部柳の指示じゃ。確かにジャッカルは状況判断能力が優れとるしのう、奴なら一人でも上手くやるじゃろ。参謀の判断は正解やと思う。


ここ数日間、俺たちは真田をほぼ四六時中観察し続けたが、アイツは何も行動を起こさなかったのだ。例えば、デートをするかどうか放課後真田の家まで尾行したり、携帯でその許嫁に電話やメールをしていないかどうかを観察したり。でも真田は、そんな素振りすら見せようとはしなかった。
ここまで来ると、許嫁の女を可哀想にも思ってしまう。あんな頑固で厳格そのものの男が許婿とか、中学生の遊びたい盛り(少なくとも俺はそうじゃき)には寂しいじゃろなあ。あの真田のことやから浮気なんて勿論許さんやろし、やったとしてもバレたら物凄い勢いで怒鳴りそうやし。最悪奴なら「婚前交渉なんて、けしからん!」とか平気で言ってそう。…うわ、俺には考えられん。


「…仁王は、何か思い付くか?」
「うーん、何じゃろなぁ…」

参謀にそう振られた俺は、ちょっと考え込んだ。
うーん。俺やったら、見られたら色んな意味で終わりのモンって言えば…。

あ。


「…真田のケータイ、かの」

俺のその言葉に、まずポン!と手を打って反応してみせたのは、意外なことにも赤也やった。


「あー!成る程っス!メールとかトークの履歴見れば一発っスもんね!」
「まあの。もしそれらが見れんでも、真田の電話帳が見ることさえできればばっちこいじゃ。俺らが知らん名の女だけ書き出して、後でそん中から乾にでも聞いて青学女子生徒を探せばええ。まあ真田の場合なら、女の連絡先なんて限られたもんやと思うがの」
「さすが仁王、思い付くことが詐欺師ならではだね」
「…ピヨッ」
「そうだな!立海の女子喰い尽くしてる仁王なら、この学校の女生徒の名前かどうかなんて、お手のモンだよな!」
「…プリッ」
「何だかこんな話をしていると、浮気をしてる夫のような心境になりますね。仁王くんらしいです」
「…おいおい、皆揃って心外じゃのう。まーくんしょぼんぬ」


幸村と丸井、それに最後の柳生の言い方が胸にこうグサッと来た。…仕方ないじゃろ、下半身が元気なお年頃なんやもん。

すると、顎にその細くて長い指を当てて考え込んでいた柳が、口を開いた。


「だが、皆に聞きたいことがある」
「ん?何じゃ?」
「誰か、弦一郎のスマホのパスワードを知っているか?」
「「……」」


その言葉で、部室に沈黙が舞い降りた。


「さ、参謀!まさかお前さん知らんのか?!」
「俺の目の前で弦一郎がスマホを触ったことがあるのは、たったの二回だけだ。その手の動きだけでそのパスワードを記憶するというのは、悪いがさすがの俺でも不可能だ」
「えええ!マジかよ!」
「二回だけ、か。…そう言えば、誰かここ最近真田がスマホを触っているのを見たことがあるかい?」
「「……」」

するとまたもや沈黙が舞い降りた。…何てこっちゃ。


「…ないっス」
「…ないな」
「…俺も、ないかな。ガラケーを触っているのは幼い頃からたまに見てはいたけど、スマホに変わってからはもう全然かも」
「…私は彼と同じクラスですが、彼がどんな携帯電話を使っているのかさえ知りませんね」
「「…ダメじゃん」」

俺たちは一気に落胆した。
あーあ、結構現実的でええ案やと思ったんやがのう。また一から出直しって訳か…。


「じゃがのう、参謀ならパスワードくらい予想できるんとちゃうか?」
「仁王、推測するにも余りにデータが少な過ぎる。不可能だ」
「と言うよりも、根本的なこと聞くが」
「何だい蓮二」
「…弦一郎のスマホを勝手に触るなんぞ、俺たちにできるか?」
「「……」」


するとまたしても沈黙が舞い降りた。

そうなのだ。俺たちは今こそこうして大っぴらに会話をしているものの、プライベート名事柄に土足で踏み込んだことが発覚したら、この関係が破綻し兼ねない。大前提として、俺たちは大切な仲間なのだ。悪戯の一言で片付けるにも、限度がある。
俺かて、ここの仲間だけが信頼できるし、他の男子ともつるむっちゃあつるむが、所詮軽い付き合い程度じゃ。その付き合いかて、女を紹介するだとかあの子が床上手やとか、しょーも無い会話するくらいの関係やし。


沈黙の中、それを切り裂くようにす丸井が「ああー!」と叫んで、その派手な頭を掻き毟りながら思いっ切り体を椅子へと仰け反らせた。


「あああ!もう限界!俺の頭パンクしそう!元々俺の頭はこーゆーの考えるようにできてねーんだよ!」
「俺もギブっす!でも気になるー!!」
「残念だけれど、今のところ俺たちは青学と氷帝に頼るしかなさそうだね。それか…真田に直接、問い質すか」
「だが、それはあくまでも最終手段だろうな」

幸村と参謀の冷静な声に、俺たちは再び揃って肩を落として溜め息を吐いたのだった。


──こうして俺たちは行き詰ってしまった。
しかし、彼らの知らぬ内に、二つの所で事態は思わぬ盛り上がりを見せていたのであった。

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春風