「ぴーかちゅ!ぴか!ぴぃーいっ、ぴーかーちゅ!」

まだ覚醒しきっていない意識の中。
もう少しぐらい寝かせてくれても良いだろう。そんなことを思いながら私は起きてと訴えているらしい相棒の声を遮るように、布団を頭の天辺まで引き上げた。
すると「ぴかぁっ!」憤慨するような一段と大きな声。そして再び「ぴーかちゅーうっ」小さくベッドが軋む音がしたと思えば布団を引き剥がされる。うぅ…さむ。

「………んー…」

目を閉じたまま引き剥がされた布団を引き上げようと手を伸ばしてみるが、なかなか布団を掴んだ感覚が訪れない。何度も空を切る私の手に、ぺちぺちっと痛くも何ともない力加減で何度も攻撃してくるピカチュウの尻尾。

「ぴーか!!」
「ピカチュウ、もう少し寝かせて」
「ぴか!」
「昨日遅かったんだよぅ……」
「ぴかちゅ!ぴかぴ!」

だめだよ起きて。
ピカチュウの言葉を理解できるわけではないが、きっとそれに近いことを言っているのだろう。
もそもそと身をよじって重たい上半身を起こす。睡眠が欲しい。このままだと睡眠不足で死ぬぞ!と身体が訴えているような気がする――が、相棒のほっぺたから火花が散っているのが見えて起きることにした。どこぞの幼馴染ならまだしも、私はピカチュウの10万ボルトを浴びて無事でいられるわけないのだ。

「ふあぁ…。ん、おはよ。ピカチュウ」
「ちゃーぁっ」

機嫌が悪いピカチュウの頭を乱暴な手付きで撫でてやれば、とても嬉しそうに両頬をその短い手で抑えてニコニコ笑っていた。ちなみにギザギザの尻尾も機嫌良さそうに揺れている。……可愛すぎる。

「んー、今何時?」
「ぴーぃか!」

めいっぱい広げた右手を突き出すピカチュウ。
ぼやける視界でじーっと見つめて「5時かぁー」呟けばピカチュウは正解とばかりに「ぴかっ」大きく頷いた。

「え、5時……?」

早すぎない?
日によって多少バラつきはあるが、ピカチュウが私を起こす時間は9時から12時のあいだであることが多い。こんなに早く起こされたのは初めてだ。
寝起きでぼんやりとする頭を必死に回転させても分からなかったので首を傾げてみる。――と、ピカチュウも私と同じように首を傾げた。

「ぴーぃか?」
「んー…?」

そのまま見つめ合うこと数分間。
再び眠くなってきたところで、足音が聞こえてきた。

「ぴか!」

足音の主は、私の相棒ではないピカチュウ。
その口にくわえられているのは、私の眼鏡だ。それを頭を撫でてから受け取れば、この子もまだギザギザの尻尾を左右に動かして喜びを表現していた。

「えーと…」

眼鏡を掛けたことによって鮮明になる視界の中、私の膝上には2匹のピカチュウが満面の笑みを浮かべている。片方は間違いなく私のピカチュウなんだけど、もう片方のピカチュウは

「レッド?」

もう随分と会っていない、ピカチュウの10万ボルトを浴びても大丈夫な幼馴染――レッドのピカチュウだ。
レッドのピカチュウは右手を上げて「ぴかちゅ!」と、人懐こい笑顔を浮かべた。相変わらずレッドとは違って愛想の良い子である。

「うん」

そして、ピカチュウ達と私以外の声が聞こえた。
反射的に身体が強張り、ピカチュウの頭を撫でる手が止まる。ピカチュウがどうしたの?と言いたそうに、私の手に頭を押し付けてくるのだが、私の身体はどうしても動いてくれない。

「レッド…」

部屋の扉付近にいるのは成長した幼馴染。
くいっ、と帽子のつばを下げる癖は今も健在らしい。

「ただいま」
「いや、え、ええと、え…レッド?」
「うん」
「本物?本当?レッド?」
「うん」

ゆっくりとベッドの傍までやって来ると、レッドは私の手をとった。私の手とは全く違う骨張った大きな手に鼓動が早まり、顔がじんわりと熱くなる。
レッドはそのまま私の手を自分の頬へと導いた。私の手に擦り寄って目を細める姿に心がくすぐられる。そういえばレッドのピカチュウも撫でてほしい時よく手に擦り寄っていた。ポケモンはトレーナーに似るというが、それはレッドとピカチュウも例外ではないらしい。

「ねえ名前」
「んー」
「言ってくれないの?」
「え、何を?」

首を傾げてみた。レッドはそんな私に無言のまま、いつもの無表情――ではなく、少し不機嫌そうな表情で私を見た。これも幼い頃からの癖だ。
まだ寝起きでぼんやりとしている頭で何を言えば良いのだろうか?と考える。
帰ってくるのが遅い?
今まで何してたの?
どうして連絡しなかったの?
聞きたいことや言いたいことは沢山あるが、そのどれもをレッドは求めていない気がする。ということで、それらは後日改めておこなうとして。

「言ってくれなきゃ分からないよ?」
「もう言った」
「……ん、んんー…」

もう言った?と考える。
そして先程のやりとりを思い返して、

「あ、ええと……、おかえり?」
「うん、ただいま」

レッドは嬉しそうに目を細めた。
私の手を頬に当てたまま身体を寄せ、いつもの無表情に浮かべられた淡い微笑に顔が熱くなる。その表情に照れながらも「近いよ」と押し返してみてもレッドは微笑を浮かべたまま、じりじりとカラダを密着させてくる。何なんだ、こいつは。

「ええとレッド?何がしたいの?」
「寂しかったから」
「答えになってないね!?」
「だから寂しかったの」
「いやだから答えになってないって!」

成立しない会話。
小さい頃から話すことを得意としないレッドと会話が成立するのは割と少なく、大体はその突拍子もない言動に驚かされる。
その癖も未だに健在なようで、私は今、至近距離でレッドの端整な顔を見つめていた。

「ちょ…」
「ん、可愛い」
「はっ!?」

互いの息が触れ合うほど近い距離で、やたらと上機嫌なレッド。
寝起きでボサボサの髪を優しく撫でてくれる。それを見ていた2匹のピカチュウはその短い両手で目を覆ってから大袈裟に「ちゃぁーっ」恥ずかしいとアピールしてみせた。

「あの、レッド?」
「ずっと寂しかった」
「近いんだけど?」
「我慢して」

名前に会いたかった。
――なんて、至近距離で言われたら我慢するしかない。
本当なら色々言いたいことがあるくせに私は黙り込んだまま、レッドの背中に腕を伸ばした。

私も会いたかったんだよ――、と。

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