白銀。
私と幼馴染が立ち尽くしているその場所は、一言で表すならば"白銀"と呼べる場所だった。
何処を見渡してもそれ以外の色は一切存在しない。現実世界から切り離された一つの幻想といえる此処は、ジョウト地方とカントー地方のバッジを全て集めた強者だけが踏み込むことを許された屈強の地――シロガネ山だ。
名前の由来は言わずもがな、一年を通して降りしきる雪や霰によって彩られた山の表面が白銀に染まっているから……だと思う。というか、それ以外に考えられない。
まあ、そんなことよりも。
シロガネ山はとにかく一年を通して寒い。どれだけ洋服を着込んで防寒していても相棒のウィンディをボールから出して暖をとってしまうぐらい寒い。とにかく寒い以外の言葉が見当たらないほど寒くて、シロガネ山に来て数ヶ月が経過した今でもこの寒さに慣れる兆しはない。

「……………そんなに寒い?」

だがしかし。
幼馴染――レッドは、その凍てつくような寒さを一切感じていないようだった。
もともと小さい頃から滅多に風邪を引かなかったレッドの身体が相当頑丈に作られていることぐらい、生まれた時から今に至るまでほとんど一緒に過ごしてきた私とグリーンなら誰よりも知っている自信がある。が、それでも頑丈すぎやしないだろうか。

「寒いよ」

空を指差せば幼馴染も釣られて顔を上げる。
昔から言葉数の少ない私達は会話するよりもこうやって仕草で説明することが多く、グリーンによく怒られていた。お前等はもう少し人とのコミュニケーションを大事にしろ!とか少しは喋れ!とか。色々。
といっても、此処にいるのは私とレッドだけなので私達がいくら会話せず仕草で表していても怒られないし注意もされない。レッドとシロガネ山に籠り始めて数ヶ月、その静けさに寂しさを覚えたりした。
それでも山を降りるつもりは更々ないが。

「名前?」

グリーンは元気にしているだろうか。
旅をしている時はボンジュールだのバイビーだの言っていた彼も、今となってはカントー最強のジムリーダーである。まあレッドと同じように頑丈な彼のことだ、風邪を引くことはないだろう。100%確実に。

「名前」
「うひゃっ!!」

久しぶりに会いたいなあ。そう思った途端、両頬に冷たい何かが添えられる。至近距離にある赤い双眸はどこか不満を抱いているように見えるのは何故だろうか。
離せという意味を込めて赤い双眸を睨みつけるが、レッドはそれを無視して「あのさ」唇を動かした。

「何考えてるの」
「いや別に」
「寂しそうだった」
「問題ない」
「そうは見えなかった」
「気のせい」

ぽんぽん投げかけられる言葉と返す言葉に、こんなにもテンポ良く会話したのはいつぶりだろう?と考える――ことは許されず、レッドに両頬を軽く引っ張られた。

「はなして」
「…」

一向に緩まない手の力と少し不機嫌そうな表情にちょっとイラッとしたので、私も仕返しとばかりにレッドの両頬を引っ張ってやる。おおぅ、相変わらずスベスベ。

「はなして」
「いや」

今度は私の台詞ではない。レッドの台詞だ。
レッドの台詞に食い込ませて拒否の言葉を口にすれば、眉間に皺が寄せられる。レッドの瞳に映る私は無表情に近いといえども、どこか嬉しそうに笑っていた。

「ズルい」

表情はないし声も淡々としている。
けれど幼馴染の私とグリーンだからこそ分かる不機嫌を表現した態度に心が擽られた。口元に手を添えて自然に釣り上がる口角を隠してみるも「なんで笑ってるの?」レッドにはバレバレのようで更に機嫌を損ねてしまったようである。さて、どうしたものか。

「名前はズルいよ」

気付いた時には既に両頬を引っ張っていた手は背中に移動していた。より一層近くなったレッドの身体は本当に生きているのかと疑うほど冷たくて、私はつい条件反射でレッドと同じようにレッドの背中に手を伸ばす。

「名前」

耳元で聞こえた声はどこか弱々しい。
その声に「なぁに」気の抜けた返事をすればちょっとした無言が返ってきた。

「どうしたのレッド」
「……………僕がいるから」
「うん」
「寂しくないよ」

ぎゅっ、と更に苦しいぐらいキツく抱き締められる。
けど今の状況で苦しいから離して、と言えるほど私も鈍感ではない。

「ん、そうだね」

だから無難な言葉を返して、私も抱き締める腕に力を込めてあげた。
本当に寂しがっているのは私じゃなくて、君なんだよ。そんなことは口にせず。

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