最近、ハマっていることがある。
 なんとか劇団にメインキャストを揃え、公演作品の幅を広げるために客演を探し回ったり、その他雑務をこなしながらその合間の空き時間にコツコツと進めている。ネットの広告をごタップしてしまったせいで飛んでしまったのがキッカケだが、ノリでインストールしたそのゲームは私のちょっとした楽しみになっている。異世界に飛んだ女の子の服や髪型などをコーディネートしていくことで進めるゲームなのだが、これがなかなか面白い。普段オシャレしたくてもそんな時間も余裕もない私には唯一女子力を保てる手段だった。
 ただいま〜と買い出しから帰ってリビングの扉を開けながら覗くと、珍しいことに誰もいなかった。男所帯でいろんなグループになってどんちゃん騒ぎしているうちとしては本当に珍しい。買ってきた食材を冷蔵庫に入れたり、棚に直したり、ある程度片付けてソファに座る。スマホのロックを外して、いつもの如くゲームを開いた。何となく恥ずかしくて、いつもは自分の部屋でやっていたけれど、今は誰もいないし、ここでやっていても問題は無いだろう。
 どれ位やっていただろうか。セットコーデの一つを完成させて、報酬を受け取る。課金アイテムで回せるガチャ10回分貯まったところで、ふと肩に重みを感じる。
「監督さん、意外とかわいいゲームするんだね」
「え"っ!? いっ、至さん!?」
 耳元でしゃべられて思わず仰け反りそうになったけど、至さん本人は素知らぬ顔のまま、なにやら思案顔でふ〜んとつぶやく。その顔は、なにやら悪いことを考えているときの顔で、私は思わずさっ、とスマホを後ろ手に隠した。別に悪いことをしたわけじゃないのに、冷や汗が止まらない。寄りにもよって、至さんにバレてしまうとは。三度のごはんよりもゲームが大好きな、至さんに。
「別に隠さなくてもいいのに」
「いや、あの……アハハ」
「さっきガチャ画面みたいなところで悩んでたみたいだけど、回さないの?」
 いや、今そのつもりだったんですけど。
 乾いた笑いをこぼす私をよそに、至さんはスーツのジャケットを脱いでソファの背もたれにかけた。座ってネクタイを緩める姿はこんなにもかっこいいのに、一日のほとんどをゲームに費やしているのだから、本当に人は見かけにもよらない。
「回してあげようか」
「えっ」
「別に今そのゲームハマっているわけじゃないから、多分物欲センサーは機能しないと思うし。力になれると思うけど」
 その誘いは正直とても魅力的だ。私は綴くんほどではなくとも、結構自分の欲に反した結果をたたき出してしまう。でも相手が相手だ。純粋無垢な咲也くんに頼むのとはわけが違う。
「…見返りとか、」
「ないない。気分が乗っただけ。ほら、俺の気が変わらないうちに渡したほうがいいんじゃない」
「…じゃあ、お願いします」
 おとなしくスマホを渡すと、至さんは満足げに頷いて操作を始める。至さんの横から覗き込むようにしてその様子を見守る。
「…あ」
「えっ! うそ!?」 
 固唾を飲んで見守っていた私の目に飛び込んできたのは、今回新たに追加されていたレア衣装。まさか本当に引いてくれるとは思っていなくて、いつもより少し大きい声が出てしまった。
「コレが欲しかったの?」
「そうなんです! すごいです至さん! ありがとうございます!」
 こつこつ貯めていたアイテムで引けたことがうれしくて、至さんからスマホを返してもらってからもずっと、画面を見ながら頬の筋肉のゆるみが止まらない。
「そんなに喜んでもらえるとは思わなかったな」
 くすくすとおかしそうに笑いながら、至さんは立ち上がる。優しい笑顔に一瞬どきりと心臓が早鐘を打った。上着とカバンを片手に、至さんは「あ、」と思いついたように声をあげる。
「見返りなんだけど」
「さっきいらないって言ったじゃないですか!」
「気が変わったの。今度買い物に付き合ってよ」
「…いいですけど、私ゲームに詳しくないですよ?」
 そもそもこれはスマホのアプリゲームだし、至さんや万里くんがよく使っているコントローラーを介して行うゲームはほとんどやったことがない。至さんの真意がわからなくて首をかしげていると、至さんはまたさっきのように笑う。
「監督さんをコーディネートさせて。俺もちょっと、興味があるから」
 真澄にはナイショね。人差し指を口に当てて微笑んだ至さんに、私はぎこちなく頷くしかなかった。フラグ、成立である。