「あ、」言葉を発したのはどちらからだったろうか。視線の先にはダークグレーのスーツに綺麗なブルーのネクタイ姿の櫻井さんがいた。駅の改札を今まさに通ろうとしていた。私の存在に気付いた櫻井さんは「おつかれ〜」と手を振りながらやってくる。

「お疲れ様です」
「伏見さんいつもこの時間なの?」
「いえ、いつもはもう少し早いんですが…今日仕上げた方がキリのいい案件を抱えてまして」
「あーそっか、企画部だもんね」

 プロジェクトが始動して、忙しさのピークを迎えつつある企画部が私の在籍する部署である。数年こつこつと実績を積み上げてきたかいもあってか、大きな仕事を任されるようになった。それと引き換えに定時退社と休みはなくなったのだが、今はこの忙しさが心地いい。

「櫻井さんは取引先から直帰ですか?」
「そう。それでいいって言うからこっちは準備して進めてたのに今日行ったら変更してくれ、だよ?もう嫌になるよね〜」