村山巡


「引き続き、生徒会副会長 村山 巡の承認にうつる」


村山巡は目をキッと吊り上げて壇上を見つめていた。

巡の背筋は華道の家元であるからか、見惚れるほど真っ直ぐに伸ばされていた。
純和風な真っ直ぐな黒髪と、切れ長の目。
鋭く思わせるその目とは逆の綺麗な形の柳眉は、彼を渋いと言うよりも美しいと思わせる。

性格や育ちがその立ち姿や顔に現れているようで、

何故、そんな厳格な人がこんな状況に立たされているのか、
おそらく巡が一番わかっていないのかもしれない。


巡は厳格な性格の通り、厳格な家に生まれた。

名の売れた華道の家元で、家の次男として兄弟と共に厳しく躾けられてきた。

しかし、そんな村山巡も下に2人の妹と弟がいるせいか、もとは温和で優しい性格をしていた。
とても世話焼きで、一度懐に入れた人間をずっと大事にするような人なのだ。

友達は多くも少なくもなかった。
ただ、自分に気を許してくれた人間に対して、巡は自分の気持ちを時に預け、頼り、信頼していた。
周りはそんな村山巡に魅力を感じていたし、巡に近づきたいと望む人間は多くいたのだ。
人望も厚く、真面目で、清潔感があって、その上顔も綺麗だ。

それ故に巡が生徒会の副会長になることに異論を唱えるものは誰1人としていなかった。


しかし、生徒会に入ったものの巡は居場所を見失っていた。

自己にも他者にも厳しい人間だ。
もちろん仕事はサボらなかったし、きっちりと勉強もやった。

でも、とても、つまらなかった。

役員全員が完璧すぎて、普段多くの人に頼られる自分の存在意義を見失っていた。

いくら仕事を手伝おうとも、気を利かせてお茶を注ごうとも、自分と同じ能力を持つ生徒会役員にとってそれはとりとめもないことだった。

なーんだ、と巡は思った。

別に自分じゃなくても良いんだ。と。

皆に選ばれているつもりでいた。

他とは違うものを持っているから、みんなが自分を生徒会副会長に選んでくれた。

だから自分なりに頑張って、できることはなるべくしようと思っていた。

そう期待していたのに、現実はこんなにも冷たいのだ。

そしたら馬鹿らしくなって、すぐにでもこの位置を捨ててしまいたかった。


そんな時に樋口花蓮に会った。

明るく、子供っぽいその姿に、どこか懐かしくなって、自分からその子の世話をやろうと思った。
自分よりも数段も樋口花蓮は幼稚だった。

そのくせふと気を抜いた瞬間に、彼は自分の心中を突くのだ。

「誰でもできる仕事をわざわざお前がしなくてもいいんだ」と。

ふっ、と心が軽くなったのは確かだった。

自分は何をこんなに思い悩んでいたのかと。

馬鹿らしいと思っていたことは本当に馬鹿らしいことで、自分はそれを持て余していただけだった。

それをどうすれば良いのか、なんてこんなにも簡単なのだ。

手放せばいい。
自分の望まないものは手放せば良いのだと、やっと気付いた。

そこからは、自分のやりたいと思っていたことを自由にやれた。

花蓮にたくさん世話を焼いて満足していた。

周りは何故か自分から距離を置いている気がしたけど、樋口花蓮が年相応の人格になるまでそれはどうでも良いことだと思った。

悪いことなど何1つしていない。

自分はただ優先順位通りに行動した。
少し世間とはズレた感覚を持っているせいで周りの反感を買ってしまうこの転校生を更生させる。
それがただ生徒会副会長として当然一番にやるべき事だと思った。

だからこの集会を認めるつもりはなかった。

なかった、はずだ。


「異論はないか?」


明日宮瀬名の目が自分に向いた。


なんだ、これは、
なんで、こんな

村山巡の目がこれでもかと言うほど恐怖で見開いた。

射抜くような奴の視線。

金縛りにあったかのように動かない身体。

周りに見られることは、人の前に出るようになってだいぶ慣れたはずなのに。明日宮瀬名1人の視線がひどく呼吸を困難にさせる。

まるで、見つめられただけで明日宮瀬名との違いを無意識に突きつけられているような威圧感だった。自分は間違っているのだと、認めてしまいたくなる。
幼い頃に親に叱られて胸が押しつぶされそうになったあの感覚に似ていた。

こんなの予定にない。聞いてない。

そう言い聞かせるも、固まった身体はうまく動かない。
それがとても不愉快で、恐怖だ。

自分は優先順位をつけるのが上手くなったと思い上がっていた。などとさっきまで露ほども反省していなかったのに、自然とそんな考えが村山巡の頭をよぎった。
ガタガタと身体が震え、足がすくむ。

認めたくない、と反抗したい自分と認めてしまいたい、と願う、相反する自分がいることがさらに巡を混乱させた。

喉の奥底がカラカラに乾いて、言いたい言葉がうまく出てこない。
自覚してしまうほどみっともない顔を全校生徒に晒している気がして、酷く恥ずかしかった。

無意識だった。


「は、い、」


掠れた村山巡の声が引きづり出されるように、みっともなく体育館に響いたのだった。

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