68.5


シンク視点

「私は、自分の信者の大半が好きではありません」

あーぁ。
なんて漏れそうになった声をぐっと堪える。
目の前には唖然としている貴族と、目が点になっている貴族と、言葉を失っている貴族と、目を疑っている貴族と、顎を外している貴族がいる。
あ、どれも意味的には似たり寄ったりか。

「私の指示を盲目的に信奉する者と、預言を盲目的に信奉する者、その違いはなんでしょう?
頼るものを預言から私に変えただけの中途半端な信者など要りません。むしろ私はそんな人間を軽蔑しています」

集められた論師派の貴族の中、着飾らされたシオリは立食式のパーティーで何人かの貴族と歓談した後、数十人の貴族の前で挨拶と説法を求められ、それに応じて壇上に上がった。
そこで貴族たちを見渡した時の顔は侮蔑と軽蔑で彩られていたことに、一体何人の貴族が気付いただろう?
あの笑っているのに目は笑っていないという顔が発動したのは久々な気がする。

恐らく歓談の際に判断したのだろう。
どいつもコイツも気に食わない、と。

「何のために行動するのか、何のために考えるのか、何のために選ぶのか、何のために心があるのか。
はっきりと答えられる人がどれだけいますか?
確固たる意思を持ち論師派を名乗る人は何人いますか?

自分の意思を持って行動するからこそ、人は人であると私は考えます。
誰かに追従するだけならば猿でも出来ます。
敵対するものを貶すだけならば獣でも出来ます。
悪口を垂れ流すだけならば子供でも出来ます。

そこに意思がなければ、意味がないというのに」

笑みが消え、細められた瞳が周囲を睥睨する。
誰かがごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。

シオリの行っている事業の殆どは、シオリの元の世界にあったものを流用したものが殆どだ。
しかし1年にも満たない僅かな期間で事業を広げた手腕は、需要と供給を把握し的確に指示していった頭脳は、全てシオリ本人の才能だ。
自分の思い描くシナリオとおりに物事を進めるための状況把握能力も、他人の感情を読み取り話の主導権を握ってその場を支配する話術も何もかも。

シオリ本人はオールドラントに来た際、表立った行動はヴァンに任せて裏方に徹底するつもりだったらしいが、今ではオリジナルがシオリを論師の地位に就けたことは間違っていないと断言できる。
シオリの能力は、間違いなく人を使役し人の上に立つのに適した能力なのだから。

「だからこそ、シュプレヒコールを掲げる自分に酔いたいだけならば、強大な敵に逆らう自分に浸りたいだけならば、絶対悪を弾圧するだけの正義を叫びたいだけならば、論師派を名乗るのを止めろと私はここで断言させて頂きます。
陶酔も思い込みも時には必要でしょうが、それだけの人間は必要ない。
私の欲するのは、確固たる意思を持ち、悪意だけでなく敵と相対したときに冷静さを保つことが出来る人間です」

そんなシオリに、今まで預言に頼ってきただけの貴族が、親から世襲した家を継ぐだけの貴族が、敵うはずがないのだ。
完全実力主義の世界を、身分問わず実力だけがものを言う世界を、貴族たちは知らないのだから。
表面上は余裕ぶっているけれど、シオリはいつだって誰にも頼らずに自分の持てる力を持って、全力でぶつかり合おうとする。
だからこそ、シオリに着いていくと決めたのだ。
僕も、そして情報部の人間たちも。

「しかし全てを飲み込んだ上で、死と破滅を覚悟した上で論師派を名乗るならば、私はそれを止めません。
私が行くのは茨の道です。大多数の人間を敵に回す意見を声高に叫ぶ道です。

論師派を名乗るのであればその覚悟を決め手から、名乗りなさい。
その上であなた達が私の意見に追従し、自分も同意見であると言うのであれば私は喜んでその手を取りましょう。

私が言えるのはそれだけです。
貴方達がどんな選択をし、その結果どんな未来を得るのか。
その行く末を見せてもらえることを、楽しみにしていますよ」

そうして見せたのは、心からの笑みだった。
言葉を失っている貴族たちを尻目に、シオリは軽く会釈してから壇上を降りて僕達の元へと歩み寄ってくる。
幾分かすっきりした顔をしているあたり、少しはストレス発散ができたのだろう。

「馬車の手配は?」

「つつがなく」

「では、支部に帰りましょうか」

頭を下げる守護役長に綺麗に微笑んでから、貴族達にくるりと背を向けてシオリは歩き出した。
最早彼らのことなど興味もないのだろう。
高々とロウヒールの音を響かせながら呆然としている貴族たちに背を向けて歩む姿は、一国の王と相対するに相応しいと思うのは僕の贔屓目なのか。

そんな中、勇気あることにあのユヴィオール公爵がシオリへと小走りで近寄ってきた。
その顔には困惑と僅かな怒りが乗せられていて、思っていたような説法でなかったことに対する不満でも述べに来たのかと少しだけ警戒する。
守護役長も同じだったようで、密かに一歩だけシオリへと歩み寄っていた。

「あらユヴィ、本日はお招きありがとうございました。今回のお話で助けていただいたカリは返せたかと思います。
支部の者たちも心配しているでしょうし、気分も宜しくないので私は支部に帰らせていただきますね。それではごきげんよう」

「お、お待ち下さい!今の話は一体なんなのです!?」

「何なの、とはおかしなことを聞くのですね。勿論、そのままの意味ですよ。
私は自分を妄信するだけの信者が嫌いです。仮にも人間を名乗り論師派を名乗るのであれば、己の意志を持って自分の信じる道を突き進みなさいと。
端的に言ってしまえばその程度のことしか言っていません」

「私が頼んだのは説法です。論師派の説法を頼んだのです!反預言の旗印として、今の腐敗した世界に対する、」

半ば怒鳴るように主張していたユヴィオール公爵に人差し指を一本立てる事で黙れという意思表示をしたシオリは、完璧な微笑を浮かべてユヴィオール公爵を見上げていた。
その計算しつくされた微笑もまた、シオリの武器の一つだとこの公爵は気付いているのだろうか。

「例え世界が変わっても、民が代わらなければ意味がありません。国を率いるのは王ですが、国を形作るのは民なのですから。
だからこそ、国を変えるためには民を変えねばなりません。民を変えるためには、民の考え方を変えねばなりません。

己の頭を使い考えよ。自分の道は自分で選べ。言いなりになるだけの人形になるな。
今も昔も私が主張しているのはその1点のみ。
勘違いしないでくださいね。論師派の理念とは正にそれなのですから。

そして私は先ほども言ったはずです。
誰かに追従するだけならば猿でも出来ます。
敵対するものを貶すだけならば獣でも出来ます。
悪口を垂れ流すだけならば子供でも出来ます。

さてユヴィ、貴方は一体何をどうしますか?
貴方が真に論師派を名乗りたいと言うのであれば……その答えを、あなた自身が出してください。
そして貴方がその答えを出した時、手を取り合うことが出来ればとそう願っていますよ」

先ほど演説した内容をもう一度繰り返し、言葉を失うユヴィオール公爵を置いて今度こそシオリは歩き出した。
僕と守護役長がそれに続き、屋敷の外に用意されていた馬車の中に乗り込むシオリ。

こうして僕達はようやくこの愚かしい貴族の館から脱出できることになったのだが、その数日後、シオリに叱られて何かに目覚めたらしい貴族たちから嘆願書が届くことになることまでは想像できなかった。
どうやらキムラスカはマゾが大量に存在するらしい。





ものすごい難産でした。
どうにかできないかとあがいた結果、シンク視点となりました。


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