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「何故、それを……っ」

「はぁ。先に話をふってきたのはそちらであるというのに、何故も何も無いでしょう」

動揺しすぎだバカたれ、という言葉を飲み込みわざとらしくため息をついてやる。
流石にそれは見逃せなかったのか、公爵はムッとしたあと表情を取り繕った。
そうそう、仮にも公爵を名乗るならそれくらいの根性は見せなさいな。

「論師は預言を持たない実力主義者と聞いていたが?」

「ええ、その言葉に間違いはありません。しかしこうも聞いていませんか?
かつて祖先が始祖ユリアと契約した異世界人である、とね」

「……信じがたいな」

「私の身体に音素は存在しない、といってもですか?」

「なんだと?」

「故に私には守護役が着いているのですよ。私には音素がない故、治癒術も使用できません。
故に治癒術を使用すれば持ち直せるであろう怪我は、私にとっては致命傷となりえるのです」

「そのようなことを暴露して平気だと思っているのか?」

「ええ、思っています。私には優秀な守護役が着いていますから。
まぁこの屋敷を出て"また"襲われたならば、貴方の手先ではないかと思いますがね」

私がそう言えば公爵は苦虫を噛み潰したような顔で視線を逸らした。
その様子だとやはり私が襲われたのは耳に入っていたか、下手をすれば知っていたにも関わらず救済の手を差し伸べなかったというところだろう。

「成る程な、異世界人故に預言も持たないということか」

「ええ。そして過去始祖ユリアが秘預言を伝えていったために、私もまた『聖なる焔の光』に関する預言を知っている、というわけです」

話に軌道修正をかければ、公爵の視線が鋭くなるのが解った。
そしてその瞳に解りやすい動揺が見えたのも。

「……愛して、いらっしゃるのですか」

「愛してなどおらぬ。アレとて王族、国の繁栄のためにその命を捧げるのであれば本望であろう」

「ならばそのように教育するべきでしょう。今のまま命を差し出すよう言えばそれはただの飼い殺し、だまし討ちです」

「っ」

「ああ、関わってしまえば愛してしまうが故の飼い殺し、といったところですか。案外情に厚いようですね。だからこそ、愛さないように遠ざける、と?
なるほど、実に独りよがりだ。家族として、父として、公人として、どの側面から見ても貴方の取っている行動は全て中途半、」

「知ったような口を聞くな!所詮お前も教団側の人間だろうっ!!いざとなれば預言のため命を差し出せという教団の……っ!!」

歯噛みする彼は今度こそ激情を露わにし……すぐに自分が何を口にしてしまったか悟り、まるで口から出た言葉を押さえ込むようにして自らの口を塞ぐ。
揺れる翡翠の瞳は間違いなく父親のものだ。
ああ、なんて解りやすい隙なんだと、私は無性に笑い出したくなった。

その時、コンコン、と控えめにノックの音が鳴る。
表情を取り繕った公爵が誰だ、と重苦しい観音開きの扉に向かって声を掛けた。
蝶番が軋む音を出すことなく僅かに開かれた扉から、公爵とよく似た垂れ気味の翡翠の瞳と、公爵よりも明るい朱色の髪がさらりと顔を出す。

「ルーク・フォン・ファブレです、父上。お話の最中にすみません」

「ルークか。何の用だ。この部屋にはあまり近付くなと言っておいた筈だが?」

「その……論師シオリが来ているとラムダスに聞いたので、挨拶に。それとできればまた、話せたら、と」

「そのような我が侭の為に、わざわざ話の腰を折ったのか」

恐る恐る、といった風に言ったルークの言葉を、公爵は底冷えする声で遮った。
先ほどまでの動揺はもう見えない。そこにあるのは厳格な父の顔のみ。
ひく、と喉を震わせその怒声に耐えるルークを見て、なんと悪いタイミングで入ってきたのかとため息をつきたくなったが、それでも笑みを作ってルークを見やる。

「すみませんルーク様、折角のお誘いですが、まだお父様とのお話が終わらないのです。
もし私とお話をと仰ってくださるのであれば、また明日コチラにお邪魔させて頂きますが」

「そ、そうか?何か今日のお前の笑顔、怖いんだけど」

「ふふ、コチラは仕事用の顔ですから」

「そういうもん、なのか?笑顔にも種類があるのか」

「ルーク!」

腹の底から響く怒声だった。戦場から離れて久しい筈だが、腐っても元帥といったところか。
流石の私も笑顔が消え、ドアの脇に控えていたシンクがぴくりと肩を跳ねさせる。
私は手を上げる事でシンクに動かぬよう合図した後、穏やかな笑顔になるよう気をつけながら、唇を噛み締めているルークに向かって声を掛けた。

「もう遅い時間です。また明日、何か甘いものでも持ってお邪魔させて頂きますよ。
おやすみなさいルークさま、良い夢をみられますよう」

「う、うん……。
その、お話のお邪魔をしてしまい、申し訳ございませんでした、父上。
おやすみ、なさい」

強制的に話題を終了させた後、ぱたんと無情に閉められるドア。
表情を消した私に呼応するように、公爵が舌打ちをもらす。
情けないところを見せた、といったところだろうか。

「厳格、というには些か厳しすぎますね?」

「黙れ」

「ふふ、私は論師派筆頭、論師シオリ。私は私の選択で未来を決めます。今もまた、私は私の意志で喋ることを選ばせていただきますよ。
私に預言はありませんが、預言によって決められた未来などくそくらえ、いえ、失礼、あまり好ましくないと思っておりますので」

笑顔でくそくらえ、と言った事に公爵の顔が歪んだ。どちらかというと、呆れた方向で。
しかしルークが来た事で限界まで張り詰めていた空気が一気に緩み、それを察した私は極上の笑顔を見せてやる。

「人は、人の意思で生きるべきです。
それこそが始祖ユリアの望み」

「おかしなことを言う。預言に従うよう言っているのはどこの誰だ」

「大詠師モースだけですねー。私も導師も主席総長も預言に頼るべきだとは一言も言っていません」

にっこりと笑う私。苦虫を噛み潰したような顔をする公爵。見事な対比である。
ことごとく嫌味が通じない私に対し、公爵はついに諦めたのか貴様が子供ならば世界中の子供は赤子になるな、と嫌味なんだかよく解らない台詞を言ってきた。
気付くのが遅いわ。

「褒め言葉と受け取らせていただきますよ。
話を戻しますが、始祖ユリアは預言を従うのを良しとしたわけではありません。だからこそ彼女は惑星預言の譜石を空へと打ち上げ、人々の手に入らぬようにしたのです」

「……どういうことだ?」

弛緩しきった空気に、またピンとした空気が入り混じる。
この緩急をうまくつけることが大事だ。緊張しすぎてはコチラもボロがでかねないし、弛緩しきってはまともに話が進まない。
自分がボロが出ない程度に相手に緊張を強いるのがベストだが、まぁそこまでうまくいくとも思って居ないのでこれくらいが丁度良いのだろう。

「愚問ですね。預言が隠されるのは何故か、あなた方はそれをよく知っているでしょうに」

眉を顰める公爵に、唇の端を上げて笑ってやる。
挑発的な目になってしまったのはご愛嬌というところか。
やがて私の言いたいことを察した彼は、わなわなと震えながらまさか、と小さく声を漏らした。
そう、隠される預言といえばこのオールドラントでは二つの預言を差す。
即ち惑星預言と……死の預言。

「さて、貴方が大詠師派について預言に従うか、論師派か導師派について預言に逆らうか……私は特等席で眺めさせてもらうことにしましょう」

「待て!それが事実ならば何故教団は動かない!?」

「もう動いていますよ。私という存在がそれを証明しているでしょう?
現に教団が何をしようとしているか、既に気付いた者も居ます。

唯一つ言えるとすれば、ですね。
もし貴方が論師派になるのであれば、貴方は父親として正当な理由を得ることが出来る上、今以上の真実を知ることが出来るやもしれませんね?」

未だ公爵は手足を震わせたまま私を見ているが、私はもう話すことはない。
なのでくるりと背を向けて観音開きの扉へと歩みだす。

「ああ、最後に二つ。
もし貴方が息子を可愛いと思うならば、今からでも相応の教育を与えることをオススメしますよ。
といっても今まで飼い殺してきたわけですから、この場合は歳相応ではなく基礎から、という意味ですが」

「……もう一つはなんだ」

「ナタリア殿下の件、宜しくお願いしますね。でないと私も動かざるをえません」

振り向き様ににこっと笑って会釈を一つ。
とっくに殿下のことなど忘れていたらしい公爵は一拍おいてぽかんとした顔を見せたのでそれにくすりと笑っておき、シンクが開いた扉の外へと足を運ぶ。

思ったよりもクリムゾンが扱いやすくて助かった。
ここまで突っ込む気はなかったが、最初に首を突っ込んできたのは向こうである。

さぁ、面白くなってきた。


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