72.5



※ルーク視点

「どういうことですの?!」

話の最中だというのに許可も得ずに飛び込んできた挙句、勢いよくライディングディスクに手を打ちつけ、自分は怒っているのだとアピールしながらナタリアはヒステリックに叫んだ。
その突進を何とか避けた俺は、またナタリアのヒステリーが始まったとこっそりとため息をつく。
聞きなれたものとはいえ、彼女のヒステリックな声は聞いてて耳が痛くなるし、気分が良くない。
ただ今日のヒステリーは自分ではなく父上に向けられているのだから、それだけが幸いといえば幸いだ。
最も、いつコチラに流れ弾が飛んでくるか解ったもんじゃないので、さっさと退室したいというのが本音だが、父上に呼び出された理由をまだ聞いていないのでそれも無理だろう。
それにしても、父上は一体自分に何の用があると言うのだろう。普段はこの書斎兼執務室に近付くと不愉快そうにするのにわざわざ呼び出すなんて。

「何故ボランティア要請を撤回しなければならないのです!議会では承認されたではありませんか!」

「殿下、まずは落ち着いてください」

「落ち着いてなどいられませんわ!わたくしはこの国に必要だと思ったからこそ、要請を出し、ホスピスの建設を提案したのです!
これが却下されてしまえばあの忌々しい子供の施設が国内にのさばるのを見逃すことになってしまいますわ!」

「ですからその説明を致しますゆえ、落ち着いて下さいと申しておるのです。冷静にお話をお聞きしていただけないのであれば、ろくな説明もできません」

父上がため息をぐっと堪え、疲れた声で言う。
ナタリアもその言葉には納得したのか、そうですわね、と小さな声で言った後深呼吸をした。
俺、帰っちゃ駄目かな。呼び出されたのに蚊帳の外とか、嫌がらせだろコレ。

「さぁ、落ち着きましたわ。わたくしが納得のいく説明をして下さいませ!」

「ローレライ教団から抗議されたのです」

「抗議?何故ですの?」

眉を顰めて、心底解らないという風にナタリアが言う。

「殿下の要請を受けた場合、ボランティアに参加する者の生活が立ち行かなくなると、そう抗議が上がってきたのです。
確かに、それで参加者が貧困に喘いでしまえば本末転倒。故に殿下の無料ホスピスの開設に関しては議会で再審をかけるという話で纏まりました」

「それは……大量の人員を投入し、一人一人の負担を軽くすればできる筈ですわ!」

「それではその人員の管理はどのようになさるおつもりで?大量の人員をつぎ込むのであれば綿密なシフト管理を行わねばなりません。軍と同じです。
管理体制を確立しなければただの烏合の衆と成り果てるでしょう」

「管理人もボランティアで募集すれば良いではありませんか」

「無理でしょうな。必要な人員数、業務形態、シフト状態と施設内部の把握。激務となることは必須でしょう。かといって人数を増やせば良いというものでもない。管理人の数を増やせば増やすほど伝達ミスなどによる監督不行き届きが増える、本来ならば管理人は少人数で回すのが好ましい。
しかしボランティアに任せてしまえば、先ほどの抗議にあったようにボランティア人員の生活が立ち行かなくなる」

「でしたら、管理人のみ金銭で雇うようにしましょう」

「必要な人員は全てボランティアで賄うという一文があったからこそ、無料ホスピスは承認されたのです。
管理人を雇うというのであれば、企画書を練り直し議会に再提出していただく必要があります」

「ではどうしろというのですか!」

「ですから、議会で再審を行うと仰っているのです」

今度こそ、父上はため息をつきながら言った。
だんだんと話が見えてきた。つまりナタリアは前の晩餐会で啖呵をきったように無料でホスピスを開放しようとして、そのボランティアをローレライ教団に要請したものの、無理だと言われたことに噛み付きにきたわけだ。
脳裏にシオリの顔がちらついた。昨日の来訪の目的はコレだったのだろう。
アイツあんな小さいのにほんとに仕事していたんだなぁと思いながら、何とか他の案はないかと視線を泳がせながら考えるナタリアを見る。
しかし観念したようにため息をつくと、悔しそうに拳を握りながら父上を見た。

「……解りました。それでは国の出資によって人員を雇い経営するホスピスに内容を切り替えますわ。
ただし国が行うのは初期投資のみ、利用者には必要最低限の利用料金を支払っていただき、それを労働者の賃金や施設の維持費などに回せば問題なく運営できる筈ですわ。
企画書を練り直し、再提出させて頂きます」

「殿下、恐れながら言わせていただきますが、恐らくそれは議会では通らないかと」

「何故ですの?」

「既に論師が展開しているホスピスと同じだからです」

父上の言葉に思わず噴出す。
ナタリアに睨みつけられたものの、俺の相手をしている場合ではないと思ったのか、それとも俺では話にならないと思ったのか、ナタリアはすぐに視線を父上に戻した。

「ですが差異はつけられる筈ですわ!利用料金を安くするとか、立地を良いものにする、サービスを充実させるなど方法はあるはずです」

「殿下、失礼ですが論師が展開しているホスピスの料金形態や業務状況、サービス内容などをお調べになられたことは?」

「いいえ、ありませんわ」

「では無理でしょう。そもそもホスピスは彼女が持ち込んだノウハウによって展開されている施設。我々にはそのノウハウが無い。真似をすることはできましょうが、二番膳事に過ぎないうえ、サービスなどでは劣ってしまうでしょう。よっぽど奇抜なアイディアがあるようならば別でしょうが」

「それではあの女の施設をのさらばせておくと言いますの!?」

瞳に涙を浮かべ、そんなの理不尽だといわんばかりにナタリアは嘆いた。
まるで自分は悲劇のヒロインだというような態度に思わず眉を顰める。
晩餐会の時のシオリの説明をちゃんと聞いていなかったんだろうな、と思う。
ちゃんと説明を聞けばシオリは悪徳業者じゃないって解るだろうに。

けどナタリアは既にシオリの展開する施設は金を吸い上げる悪徳施設だと思い込んでる。
ナタリアは思い込んだたら止まらないから、きっと俺が何を言っても無駄だろう。
むしろ何で理解してくれないのかと、今度は俺に向かってヒステリックに喚くに違いない。
それは嫌だから俺は無視を決め込み、父上を見た。あ、眉間の皺が増えてる。

「殿下、彼女は確かに見た目こそ幼くありますが、教団の誇る論師です。論師を貶すということはひいてはローレライ教団を貶すことと同義。
あまり不注意な発言はされない方が宜しいでしょう。殿下のお言葉一つでキムラスカと教団の関係が悪化することになりえるのですから」

「しかし!」

「これ以上の抗議を私にされても無意味です。どうぞ後は議会で発言なされますよう。
そうそう、コレはアルバインも言っていたのですが、議会に無理矢理議題をねじ込むのは今回限りにしていただきたい。他の議題が後回しにされてしまいますので」

コレは驚いた。なんとナタリアの無料ホスピスは無理矢理議会にねじ込んだものらしい。
つまり晩餐会が終わった後、すぐに企画書を作って翌日無理矢理議題にしたってことか。
なんかもう聞いてると中身はどうでも良いからシオリに張り合いたいだけなんじゃないかって思えてきた。ナタリアは福祉関係の話題に常に自分が中心に居ないと嫌で、話題を掻っ攫ったシオリが気に入らないだけなんじゃないか?
そんな事を考えながらナタリアは父上の言葉にぐっと詰まる姿を見る。
それでも何か反論しようとして口を開きかけたナタリアを遮るように、コンコンとノックの音が響いた。
流石に来客者の前で怒鳴り散らす気は無いらしく、ナタリアも口を噤む。
父上が誰だと声を掛けると、ラムダスの声が扉の向こうから聞こえてきた。

「どうした」

「ルーク坊ちゃまにお客様が」

「オレに?」

「はい。論師シオリです。先日の約束を果たしにきたと仰られておりました。またお菓子を持参されております」

「マジかよ!?父上、行ってもいいですか!?」

「駄目ですわ!」

父上たちの話は終わりそうにないし、今日の菓子もきっとうまいだろうから早く食ってみたい。
そう思ったから父上に聞いたのに、何故かナタリアが答えた。お前には聞いてねえよ。

「はァ……ラムダス、応接室にお通ししろ。私も行く」

「畏まりました」

「おじ様!」

「殿下、そろそろ城に帰られたほうが宜しいでしょう。そもそも今の時間は本来ならば礼儀作法のお時間では?」

「ですが!」

「先ほどもいいましたが、この件に関してこれ以上の抗議は議会で。
それとファブレは客人を持て成すこともできない礼儀知らずだと教団に思わせるわけにはいきませんので。どうぞ城にお帰り下さい」

無理矢理話を切り上げ、父上がメイドと白光騎士団を呼ぶ。
殿下を城までお送りしろ、と言って颯爽と執務室から出て行こうとする。

「何をしているルーク。論師はお前に会いにきたのだ。早く来い。待たせては失礼だ」

「あ、はい!」

ナタリアが何か喚いていたが、父上に声を掛けられてオレは慌てて跡を追った。
見慣れすぎた屋敷の廊下だけど、父上と共に歩くという慣れない状況にちょっとだけむず痒い。
そうして辿り着いた先にはあの黒すぎる髪と黒曜石のような瞳のシオリと、その一歩後ろで直立不動を貫くシンクの姿。
シオリはオレ達の姿を見て椅子から立ち上がると小さく礼をして、目を細めて柔らかく微笑む。

「お邪魔しております。先日はご挨拶もせず、大変失礼致しました」

「おう!父上と仕事の話してたんだろ?気にすんな」

眉間の皺の増えた父上と一緒にオレは席に着いた。父上に勧められて、シオリももう一度席に着く。
ナタリアもコレだけおしとやかだったら良いのに。
そう呟けばうぉっほんと父上が咳払いして、シオリが口元に手を当てて失礼、と呟いた。
なんだよ、ほんとのことだろうが。


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