導師守護役の決意 前編


※アニス視点
タトリン夫妻が駄目親全開。


「もう、またなの!?」

クレイン副小隊長のしごきもなく、守護役の仕事もない久々の休日。
消耗品の買い足しをしたり、へそくりを使ってたまには甘いものを食べたりしたい。
そんなことを考えて待ちに待った、楽しみにしていた休日だって言うのにあたしの気分はだだ下がりだった。

そもそもの事の発端は、引き出しの奥に隠しておいたへそくりがなくなっていたことだ。
それなりに貯まっていた筈だった。あたしだってたまには贅沢したいのだ。
少なくとも今話題の論師様が出した喫茶店『萌黄』で、美味しいと評判になっている日替わりケーキセットを注文する分にはなんら問題がない程度の金額があったのだ。

なのにそれがない。1ガルド足りないとかじゃなくて、まるっとなくなっている。
引き出しを全て引っ張り出し、下の方に落ちてしまったのかとあらゆる場所を探しまくった。
新たに覚えたサーチガルドというこれまた素晴らしくあたし向けの技も連発し、探しに探した。

結果、そんなあたしに声をかけてきた仕事帰りのママの発言により、あたしのへそくりは知らない誰かの手元に渡ったのだと解った。
その人、預言で親切な夫婦に金銭援助をしてもらって助けられるって詠まれたんだってさ。
何の援助なのって聞いたら、そこまでは聞いてないんだって。しかも知り合いですらない、名前も知らない赤の他人なのに。
疑ってかかることなく偶然あたしのへそくり見つけて、これも預言の導きだってそのまままるっと渡しちゃったんだって。

「なんてことしてくれんの!?毎月こつこつ貯蓄して、やっとあそこまで貯まったのに!!」

「でもあの人本当に困ってたのよ」

「うちだって困ってるでしょ!?何で自分の家を優先しないの!何かあったらどうするの!?いざというときのためにって貯金してたんだよ!?」

「そんなことないわ、預言に従っていれば大丈夫よ。それにお金はまた貯めれば良いじゃない。
あのお金で誰かが救われるならそっちの方が良いに決まってるわ」

あくまでも穏やかにママは笑う。いつものことって解ってても怒りが沸く。
だまされたに決まってるのに、こうやって見知らぬ誰かの幸福を優先して、ママはそれに満足して笑ってる。どうしてこうもお人よしなの。
でもママがそうやって笑ってるから、見知らぬ誰かより自分の幸福を優先してる自分が凄い利己主義で事故中名醜い人間に思えてきて、これ以上強く言えなくなるのだ。

そうなるともう責められなくて、私はため息と共に苛立ちを飲み込み会話を切り上げた。
そして次はもっとへそくりの場所を変えなければと頭を抱える。しかしここは教団から間借りしている部屋だ。
ベッドを三つ並べてクローゼットを置いただけでいっぱいになってしまう狭い部屋。隠し場所など高が知れている。
いっそ部屋じゃなくもっと別の場所を探すべきか頭を悩ませていると、ノックの音が響いて思考は無理やり中止させられた。

「お邪魔してしまってすみません。ドアが開きっぱなしになっていたものですから」

耳に飛び込んできたのは、聞きなれた穏やかな声。
勢いよく顔を上げれば、開けっ放しになっていたドアの前にイオン様が立っていた。

「い、イオン様!?何故こんなところに!?」

「あらあらアニスちゃん、ちゃんと挨拶をしなきゃ駄目よ。イオン様、こんにちは」

「こんにちはパメラ。
盗み聞きをしてしまったようで申し訳ないのですが、いかんせん廊下にまで響いていたもので……余計なお世話かと思いましたが、声をかけさせていただきました」

イオン様はいつものように微笑を浮かべたままママに挨拶をすると、私のほうを見ながら苦笑交じりに説明をしてくれる。
つまりさっきの会話を聞かれていたということか。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
見ればイオン様の背後に居る同僚達も心なしかくすくすと笑っているような気がする。やっぱり聞こえてたんだろう。

「あぁ、そうだったんですか。アニスちゃんは元気な子ですから、声が外まで響いてしまったのね。お騒がせしてしまってごめんなさい」

ママが少しだけ困ったように笑いながらあたしの大声を謝罪して、それにまた更に恥ずかしさが募る。
誰のせいで怒ってると思ってるの。そう言いたいのに、言えない。言ってもただの癇癪としかとられないだろう。
床を睨み、こぶしを強く握り締めながら、ひたすらに耐えるしかなかった。

「アニスの声は普段から聞いていますからつい耳が拾ってしまうだけですよ。
それよりもパメラ、謝る相手が違うでしょう?貴方が謝るべきはアニスではありませんか?」

が、イオン様の口から告げられた言葉が予想外で思わず顔を上げる。
見ればイオン様は僅かに眉をしかめながらママを見ていて、本来ならば余所の家庭に口を挟んではいけないんでしょうが、と前置きをしながらも再度口を開いた。

「聞こえてしまった以上言わせていただきます。パメラ、貴方はアニスの貯めたお金を勝手に使用したんですね?」

「え、ええ。困っている人が居ましたから」

「それは窃盗であると理解していますか?」

「せ、せっとう……?」

「そうです。パメラ、貴方はアニスのお金を勝手に使用したんです。これは立派な盗み、泥棒、つまり窃盗です」

「そ、そんなつもりは……それに私はアニスちゃんの親ですし……」

「窃盗罪は親族間でも適応されますよ。アニスが神託の盾に親告すればパメラは窃盗犯として事情聴取を受けることになるでしょう」

イオン様の言葉にママの笑顔が消えたかと思うと一気に顔色が悪くなる。
ダアトにおける教団が定めた自治法に関してはあたしも習っていたけど、イオン様に指摘されてあたしもようやくその事実に気づいた。
そして見知らぬ誰かを助け善行を積んだ親を咎めるのは、善行自体を否定する悪い子の証。無意識にそう思って諦めていた自分に気づく。
背筋がすっと冷えた。ママはうつむいて何も言わない。

「更に言わせていただけるなら、アニスが自分の家を優先すべきだという言葉、僕もその通りだと思います」

「で、でも……うちは何とか暮らせていますし、困っている人が居るならその人を助けたほうが……」

「何とか暮らせている、ですか。でしたらこの部屋を出て行き、アニスを退職させて中年学校に通わせることもできますね?」

「それは……でも、アニスちゃんは自分から働いてくれていますし」

「本来ならば学校に通い勉学に励む筈の年齢ですよ。そんなアニスが働きに出ているのはそうしないと暮らしていけないからでしょう?
厳しいことを言わせていただきますが、自分の娘をまともに養うこともできない、むしろ娘に頼らなければ生活できないのは何とか暮らせているとは言いません。
にも関わらず、あなた方夫婦はお金があれば他人に施しています。
解っているんですか?そのしわ寄せがアニスにいっているんですよ?まだ15にも満たないというのに、何とかしようと背伸びして大人に混じって働いてる姿を見て何も思わないんですか?」

「でもアニスちゃんは優しい子です。解ってくれています」

血の気の引いた顔をしながら、ママはイオン様に何とか反論……らしきものをする。
あたしはそれをまるでスクリーンに映る劇のように感じながら、黙って見ていた。

何か、何か気づいてはいけないものに気づいてしまいそうな気がする。
イオン様を止めなきゃと思う自分が居るのに、まるで地面に脚が縫われてしまったかのように動き出せないでいる。
イオン様があたしのことを思っていってくれているのは解ってる。
クレイン副小隊長のしごきが始まってあたしが態度を改めてからは、イオン様は本当にあたしによくしてくれていたから。

イオン様は更に何か言い募っているけど、ママはイオン様の言葉が納得できないらしい。
白い顔をしながらもしどろもどろに反論していて、けどそんなママを見て同僚たちはいらだっている様子だ。
あたしはそのやり取りをぼうっと見ていただけだけれど、最終的にイオン様が折れたらしい。
イオン様が解りましたというとママはほっとした顔をして、そんなママを見てわずかに眉間に皺を寄せたイオン様は何故かあたしの手を取った。

「パメラ、貴方が考えを変えるつもりがないのは解りました。もう何も言いません。
どれだけ言葉を重ねても、貴方には僕の言葉は届かないでしょうから。今日はもう失礼します。それとアニスを借りていきますね」

そう言ってイオン様はあたしの手を引いて部屋から出て行く。
イオン様に逆らえないよう徹底的に叩き込まれたあたしがそれに反発できる筈もなく、腕を引っ張られるのに従いあたしも同じように部屋を出た。

「あ、あの……イオン様?」

「ふぅ……口を挟んでしまってすみませんでした。お詫びにお茶を奢らせていただけませんか?」

「え?……へ?」

「実は論師が個人的に出したという喫茶店に足を運んでみようと思っていたところだったんです。そこの日替わりケーキセットなどいかがですか?
今女性や子供達に大変人気があるそうですよ」

「あ、それは今日食べに行こうかと思ってましたけど……じゃなくて!」

「ああ、それならちょうど良かったですね。じゃあ行きましょうか」

ぐい、とまた腕を引っ張られる。展開が速すぎて頭が追いついていない。
何故あたしはイオン様に奢られる話になっているんだろう??
そう思うものの足は従順にイオン様に従い、廊下を歩いている。
けどいくらなんでもイオン様に奢ってもらうわけには行かない。そう思ってあたしはいいですって言おうと口を開こうとしたのに、イオン様本人にその言葉は遮られてしまった。

「ケーキを食べながら、少しお話をしましょう。貴方の未来のお話を」

「……イオン、さま……あ、でも、あたし……」

「誰か相談できる人が居るのが一番なんですけどね。僕ではできるアドバイスも限られてますし」

そう言ってイオン様はずんずん進んでいく。
いつもより歩調が荒い気がしてなんとなく顔を覗き込めば、そこにはいつもの微笑みが存在せず唇をかみ締める珍しい表情をしたイオン様が居た。
そんなイオン様を見て本気であたしのことを心配してくれてるんだって言うのが解って、遠慮しようと思っていた言葉も思わず引っ込む。

怖かった。気づきたくなかった。パパとママが大好きだから。
でも、あたしのためにイオン様は考えてくれている。
いつまでももう見ないふりはできない。ううん、しちゃいけないんだ。

「じゃあ、あの……一人、呼びたい人が居るんですけど、いいですか?」

「呼びたい人、ですか?」

自分に気合を入れるためぎゅっとこぶしを握り締め、顔を上げて背筋を伸ばし、笑顔を作ってイオン様に言う。
これがあたし。新しいあたし。生きるための力を、教えてもらったあたし。
きょとんとした顔であたしを見るイオン様に、あたしは脳裏に浮かべている人の名前を告げた。

「はい。論師直下情報部第五小隊副小隊長、ローザ・クレイン副小隊長です」





続きます

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