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「は?大詠師が?」

「そう、モースが」

ことの発端は、手紙を片手にシンクが何とも言いがたい顔で報告してきたことだった。
それを聞いた私は言われたことが予想外すぎて、思わず仕事の手が止まってしまった。
多分報告を受けた私もシンクと同じような何とも言いがたい顔をしていたに違いない。
イオンの一件が一段落した私達は日常に舞い戻って居たのだが、どうやらそれも長く続かないような、そんな嫌な予感がした。

「とりあえずソレ見せてくれる?」

「はい。破かないでよね」

シンクに寄越されたその手紙に目を通す。
そこには居丈高かつ命令口調で、私にキムラスカに顔を出せと言う内容が書かれていた。
ちなみにこれ、再度念を押すがモースからの手紙である。
モース本人は忘れているようだが、モースより私のほうが立場は上である。
思わず手紙を破ってやろうかという思いにかられたが、シンクに破かないよう念を押されていたのを思い出してその衝動を何とか押さえ込んだ。

「……何故行かなきゃいけないってことが一個も書かれてないんだけど」

「預言じゃないの?」

「私のことなんだから預言なワケないでしょ」

「あ、そっか」

「モース=預言の方程式は解るけど、私は例外だって忘れちゃ駄目だって」

「だってモースが預言以外の事で何かするとは思えないし」

「それには同意だけどね」

そう、モースは預言のこと以外では動かない。
それこそ清々しいほど預言だけにこだわっているのだ。
にも関わらず、預言が存在しないということで思い切り嫌っている私に対し、自分が懇意にしているキムラスカに行けとはこれいかに??
二人して腕を組んで考え込んでしまったが、そんな事をしても答えが出るわけではない。
仕方ないので、次の詠師会でモースを捕まえて聞いてみることにした。



「大詠師モース、少しお時間を頂いても宜しいですか?」



手紙を寄越したということは教団に居るだろうという私の予想は当たっていて、相変わらず詠師会では預言がどうのこうのとやかましかったモース。
私はそれらを綺麗にスルーして必要事項の許可だけもぎ取り、詠師会が終わったところでモースへと声をかける。
ちなみに視界の端で私がモースに声を掛けたことにヴァンがぎょっとしていたのだが、そっちも綺麗にスルーした。

「ふん、何の用だ、小娘が。私は忙しいのだ。手短に話せ」

「では、手短に。コチラの手紙の意図を説明して頂きたいのですが」

ぺらりと封筒を見せればモースはちらりと一瞥。
そして何故そんなことも解らないと言いたげに私を見た。

「それに書いてあるとおりだ。それ以外に何がある」

「何故私が出向かなければならないのかが一言も書かれてなかったので」

私がそう言えばモースは忌々しそうに舌打ちをする。
そして反論しようとしたモースの言葉を遮り、お忘れのようですがと私は声をあげた。
言葉を遮られたことにモースはムッとしたが、それを無視して私は笑顔を作る。
他の詠師達の視線も集まってきたが、どれもこれも私は無視を貫き通した。

「大詠師殿、貴方の立場は私より下です。私に命令できるのは導師のみ。
貴方の命令に従う理由は無く、また従う必要も無い。
例え大詠師といえど私を動かしたいのであれば、何故それが必要であるかという明確な理由の提示をお願いいたします」

私がきっぱりと言い切ればモースは唸り声を上げながら口を開いては閉じてを繰り返す。
恐らく反論の言葉を探しているのだろうが、私のほうが立場が上なのは変えようも無い事実なのだからどうしようもない。
そして1分ほどしてようやく諦めたのか、わざとらしい咳払いの後に説明を始めてくれた。
やれやれ、これを引き出すだけで何故こんな苦労を重ねなければならないのか。

「先日マルクトへと招かれただろう。
それがキムラスカの国王であるインゴベルト陛下のお耳にも届き、同じようにキムラスカへと招待したいと陛下が仰せになられたのだ。
貴様如きを、キムラスカ王家に連なるファブレ公爵邸にて内々に開かれる晩餐会へ招きたい、とな。
断るなどと馬鹿なことはぬかすなよ」

「なるほど、解りました。至急キムラスカへと出向く用意をさせて頂きます。
それと二度とこのようなことがないように、もっと早めに連絡をいただけると助かります」

「貴様の予定など所詮庶民が相手だろう。どうにでもなるではないか」

「なるほど、大詠師殿はそのようなお考えでしたか。
どうやらお話に聞く限りキムラスカの貴族や王族に太いパイプをお持ちのようですし、その庶民から得た献金など必要ないでしょう。
来期の利益配分に関しては大詠師期下情報部にまわす分を大幅に減らしても問題ありませんね?」

「それとこれとは話が別だ!」

「ではこれからは早めに連絡を下さいね」

「……部下に言いつけておく」

「ありがとうございます。それで、晩餐会はいつ頃の話でしょうか?」

「一週間後だ」

「…………では、至急準備をさせて頂きます。失礼します」

すぐに出ないと間に合わないじゃないかこのくそったれがっ!!
予定を立てるどころの話ではない。それこそいくつか予定を潰さなければ間に合わないだろう。

くるりと背を向けてさっさと歩き出した私の剣呑な雰囲気を感じ取ったのか、ヴァンが恐る恐る私の隣へとやってくる。
どういうことだと顔に書いてあったためにかいつまんで説明をしたら、きょとんとした顔で私を見下ろしていた。
その顔の意図するところを悟り、私は米神をもみもみしながら笑顔を崩して説明をする。

「確かに王権国家と帝国しかないこの世界において王侯貴族を優先するのは当然のことです。
だから貴方がそれがどうしたと言わんばかりの顔をするのも理解できます。
しかし私が本来向き合い話し合うべき相手の大部分が庶民と呼ばれる方々であり、彼らの支持はこれからも大いに私の助けになるでしょう。
端的に言うのであれば、王侯貴族のために庶民を蔑ろにすることは私の本意ではないのですよ。
私自身、庶民の出ですしね」

「左様でしたか。しかし今回の場合は…」

「ええ、いくつか視察や慰問を潰さなければいけません。いくら私が庶民派といえどオールドラントに住まう以上そちらを優先せざるを得ませんから。
楽しみにしていてくれた彼らには非常に申し訳ありませんが、お詫びの手紙と品物で手を打つつもりです」

「それだけでも十分すぎると思いますが……しかし晩餐会ですか。
私もちょうど、弟子のルークから晩餐会の招待状を貰いましてね、そのために今日ダアトを発つのですよ」

「それは…向こうで同席することになりそうですね」

「論師と食事の席を共にできることを楽しみにしております。警備のほうはお任せを」

論師の守護役はヴァンの管轄外なのに警備を任せろとはこれいかに??
状況を把握したあと、そういい残したあと目礼して騎士団本部のほうへと颯爽と歩いていったヴァンを見送り私も執務室へと向かう。
シンクに伝えれば案の定目をまん丸にさせていて、私とシンクは大慌てで予定の磨り合わせをする羽目になった。
途中モースからの使い走りが正式な晩餐会の招待状を"渡し忘れていた"という理由で今更ながら持ってきたり、ヴァンの方から論師守護役部隊だけでなく第五師団の一部も護衛としてつけてくれるという伝令が来たりと、いつも以上に慌しい中何とかキムラスカ行きの体裁を整えていく。

正直な話、ヴァンが論師守護役部隊に加え第五師団を護衛につけてくれたのはとても助かった。
シンクの予定を修正する必要がなくなったからだ。警備を任せろとはそういうことだったらしい。
お陰でシンクは第五師団師団長として行くか、論師守護役部隊特別顧問として行くか自分で選べるという今までにない特別待遇である。

あとモースに関してはインゴベルト陛下からの手紙を運んでくれたお礼として手紙と品物を送っておいた。
手紙には次こんな陰険な真似したらマジで来月分の利益配分を50%カットするぞという内容をちょっぴり破れたオブラートに包んで書き記しておいたので、効果が出ることを期待したい。
というか嫌がらせでダアトとキムラスカの関係に亀裂が入るようなことをするのは真面目にやめて欲しい。
そしてそれが自分の首を絞めることになると気付いて欲しい。切実に。

「あとはレインにも伝えないといけませんね」

「ねぇ、正式に招待されてるとはいえ、論師と主席総長がキムラスカに出張で、その上モースまでダアト離れてキムラスカに行ったら、導師残ってるとはいえダアトがら空きじゃない?」

「……確かに」

いくらなんでもそれは不味くなかろうか。
シンクの言葉に納得した私はヴァンに密かに連絡を取り、詠師会に根回ししてもらうことにした。
結果、今回キムラスカに行くのはヴァンと私で、大詠師と導師がダアトに残ることになった。
モースがなんか喚いてたけど知るか。
詠師会の決定なんだから大人しくしてろバーカバーカ。

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