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やって参りました、光の王都バチカル。
以前ベルケントには行ったけどアレはお忍びだったので、公式にはキムラスカ初訪問ということになる。
ゲームでも思ったけど、物凄い縦長の町だ。実に解りやすい、支配階級の町だ。

船からタラップが降り、一般市民の出入りが規制された港に守護役を引き連れて足を踏み入れる。
兵士達が囲う外側では一般市民たちが詰め掛けていて、僅かにおお、という声が聞こえた。
見えているか解らないがそれでも彼等に向かってにっこりと微笑んでおき、目の前に立っている女性へと視線を移す。
その紅色の軍服と怜悧な瞳には見覚えがある。彼女は私が足を止めたのを見て、きびきびとした動きで礼をとってくれた。

「ローレライ教団の論師シオリとお見受けいたします。
お初お目にかかります。キムラスカ王国軍元帥付き副官兼第二師団師団長ジョゼット・セシル少将と申します。
この度は論師の警護と案内を任されました。バチカルに滞在される間、我が師団が全身全霊を持って論師をお守りさせて頂きます」

きっちり結い上げられた髪と、隙の無い所作、ハキハキとした口調。
どこをどうとっても軍人の鑑だ。ティア・グランツに見せてやりたい。
頭の中で姦しいあの女を思い浮かべ、コンマで頭の外に放りやりながらセシル少将へと微笑みを向ける。

「お初お目にかかります。論師シオリと申します。
急な来訪にも拘らず、快く受け入れてくれた上、少将のような頼もしい方にお出迎えいただけてキムラスカには感謝の念が耐えない次第です。短い間ですが、宜しくお願いいたします。

それと、コチラは論師守護役部隊特別顧問のシンク謡士です。
彼は第五師団師団長も兼任しており、この度は第五師団と守護役部隊を引き連れて私の護衛に当たってくれています」

「シンク謡士です。論師の警護に関しては後ほどお話させていただきたく」

私の半歩下がったところで目礼するシンクを見てセシル少将は僅かに驚いたようだったが、シンクの言葉に黙って頷いただけで済ませた。
そして最後にヴァンが挨拶をした後、どうぞコチラへと言って天空客車に案内される。
途中物珍しそうな市民の目に晒されながら、まずは少将とヴァン、そして私とシンクと守護役数名で天空客車へと乗り込んだ。
外に立っていた兵士が何か操作したかと思うと、大きく揺れた天空客車がゆっくりと動き出す。

「っと」

「大丈夫ですか?」

たたらを踏んだ私をすかさず支えたのはやはりというか何と言うか、シンクだ。
礼を言ってから手すりに手を置いて外を眺める。
下層はスモッグで覗くことすら叶わず、上層はまだまだ遥か先だ。

「ロープウェイに似ていますが、随分と揺れますね」

「申し訳ございません。ご不快でしたか?」

「いえ、大丈夫です。私の故郷にも似たようなものがありました」

「ろーぷうぇいですか?」

「はい、高所に登る際に利用する空中客車です。丁度天空客車と同じ位のサイズですね
最も、アレは窓にはガラスが張られている上、もう少し静かに動きましたが」

訝しげな顔をするセシル少将に小さく笑っていると、また大きく揺れてから客車が止まる。
踏ん張ろうと思ったが先ほどと同じように転びかけた私をシンクがまた支えてくれた。
いくつかの天空客車を乗り継いで上層へと向かう間何度も転びかけ、何度も支えられるを繰り返す。
揺れすぎだろ天空客車。セシル少将とかなんで足きっちり閉じてるのにたたら踏まないんだ。
そんな阿呆なことを考えながら、セシル少将と滞在中の予定を話していく。

「シオリ様はどちらに滞在されるご予定ですか?」

「教団のバチカル支部に滞在する予定です」

「畏まりました。では第二師団の者を3名置いておきます。何かありましたら彼等をお使い下さい」

「ありがとうございます。少将のように細やかな気配りのできる方が居て下さると安心できますね」

そう言えば恐れ入りますといって頭を下げる少将。
態度が硬いなぁとは思うものの、軍人とは本来こうあるべきものなのだろう。
中々態度を崩そうとしないその姿勢に出会ったばかりの頃のリグレットを思い浮かべつつ、他にも色々と話しながら上層へと向かう。
そうして幾つもの客車を乗り継いで辿り着いたのは、バチカルの最上層、ファブレ公爵邸と王城があるエリアだ。
他にも王城の周囲には公爵家の屋敷がいくつかあるらしいのだが、真っ先に目に入るのはファブレ家と王城である。
コレだけでファブレという家がどれだけ王家に近いか解るというもの。

「こちらが王城です」

「インゴベルト陛下をお待たせするわけにはいきませんね、参りましょう」

大詠師の嫌がらせのせいで到着日に謁見、翌日晩餐会というふざけたスケジュールになっている。
それを察しているのかどうかは知らないが、セシル少将は何も聞くことなく黙って王城へと案内してくれた。

城内に足を踏み入れれば、突き刺さる数多の視線。
貴族、護衛兵、メイド、近衛兵、使用人、貴賎を問わず私へと向けられる。
ソコに好奇心、侮蔑、期待などの感情を乗せられているのが解るが、臆する気持ちは存在しない。
むしろ緊張感が高まり、気分が高揚していくのが解る。

マルクトに居た時も似たように注目を集めたが、あちらはどちらかと言えば私を見下し、侮るもの、そして論師という存在に対する好奇心が大多数を占めていた。
しかしここでは違う。明らかに私を侮蔑している。
その視線の冷たさに預言を必要としない姿勢を忌み嫌っているものが多くを占めていることを察することは非常に容易だ。

「ふふ、緊張しますね」

「ご冗談を」

目を細め、造りではない笑みを浮かべながら呟いた私にシンクがぼそりと返してきた。
それはつまりやる気満々の癖して何言ってんだ、ということだろうか。
セシル少将が謝ってきたが、彼女が謝る理由など無いし必要も無い。

「何故貴方が謝罪するのですか?」

「……お気を、悪くされたのではないかと」

「まさか。この程度は予想の範疇です。問題ありません」

シンクの手を取り、謁見の間へと向かうための階段を登る。インドア派には辛い苦行である。
コレはもしやアレか。普段は動かない役職者達に体力を使わせるためなのだろうか。
インゴベルト陛下も毎朝毎晩ひいひい言いながら上り下りしてるんだろうか。
なんて阿呆な想像をしつつ、明日は筋肉痛だなと一人ごちながら大きな扉の前に辿り着いた。

落ち着いた紅色に彩られた扉が、キムラスカ兵によって厳かに開かれていく。
セシル少将が同行するのはここまでらしく、扉の脇に立ち深々と頭を下げた。
シンクのみを引きつれ、謁見の前に足を踏み入れた私は陛下と相対することになる。

「そなたが論師か」

「インゴベルト陛下にはおかれましてはお初お目にかかります。
ローレライ教団にて論師の地位を賜っております。論師シオリと申します。
此度は急な来訪にも関わらず、快く迎えてくださり真にありがとうございます」

膝を折り、軽く目礼をして挨拶をすれば陛下が余はインゴベルト六世であると重々しく口を開いた。
彼を支えるように立っているのはクリムゾン・ヘァツォーク・フォン・ファブレ公爵と、内務大臣のアルバイン。
陛下の隣が空席なところを見ると、ナタリアは不在らしい。

それにしても陛下はちっとも私を警戒しているようには見えないのだが、大丈夫だろうか。
かといって侮っている、という風にも見えない。彼の考えが読めずに少しだけ焦りが産まれる。
何を考えている…?

「モースからの伝言に不備があったそうだな」

「はい。我が教団員の不手際によりキムラスカにご迷惑をおかけしてしまったこと、まずは謝罪させて頂きます。真に申し訳ございませんでした」

「良い。あれも忙しいのであろう。仕方があるまい。それに晩餐会には間に合ったのだから、過ぎたことをいちいち言うことも無いだろう。
連絡はいっているだろうが、明日ここに居るクリムゾンの邸宅、ファブレ公爵邸にて内々の晩餐会がある。
キムラスカ内に施行した施設の礼だ」

「私のような者をお招きいただけるとは、光栄の至りです。
今からとても楽しみにしておりますわ」

「うむ。我が娘ナタリアと甥のルークも参加するが、それだけだ。
それほど人は多くない故、ソコまで緊張するほどのものでもないだろう。
身分のことは気にせず、キムラスカの料理に舌鼓をうってほしい」

目を細めて笑うインゴベルトに再度礼を述べつつ、彼の違和感を探る。
アルバインもクリムゾンも口を開かないが、むしろ彼らのほうが私を警戒しているように思えた。
私の真意を探ろうとするような、私がボロを出したらすかさずソコを暴かんとするような、そんな敵意を孕んだ視線だ。
コチラの方がよほど解りやすい。

「キムラスカに居る間は教団支部に滞在する予定です」

「そうか。何かあったらセシル少将に言うと良い。大抵のことは何とかなるだろう」

「お心遣い、感謝いたします」

結局何事も無く謁見を終え、最後にもう一度目礼してから私は謁見の間を去ることになった。
正直なところ、自惚れなどではなく私は相手の感情の機微を読み取り、真意を探ることに関しては自信があった。
それはオールドラントに人々が非常に疎く、とても感情を露わにするからというのもあったし、私自身が日本という非常に面倒な国の出身であるからでもある。

しかしどうだ。
アルバインとクリムゾンはともかく、この謁見でインゴベルト陛下の真意が全くと言って良いほど読めなかった。
そのことに内心気持ち悪さを感じつつ、シンクの手を借りながら一歩一歩階段を降りていく。

もし、もしアレが、己の内情を悟らせまいとするインゴベルト陛下の力量ならば、それは見事と言って良い。
挑発も質問も何も無かったのも、晩餐会までに私を焦らし余裕を奪うための布石という見方も出来る。
経験差という壁と共にそのような技を見せられてしまえば、私は抵抗すら出来ないまま掌の上で踊らされることになるだろう。
正直ゲーム内のインゴベルト陛下は己の意志を持たない、預言に依存するだけの王という印象が強かったために、あのような印象を与えられるなど意外すぎた。

「手強そうですね」

私の呟きを聞きとったシンクが顔を向けてくるが、何も言われることは無かった。
権謀術数渦巻く王城に相応しい王だ。
次相対する晩餐会でも遅れを取らぬよう気張って行こうと、心地よい緊張感に自然と背筋が伸びるのを感じながら、紅の絨毯の上を歩く。
くしくもその色は、私の法衣に使われているワインレッドとほぼ一緒だった。


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