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王との謁見を終えて城から出た私達は、次に支部の責任者に会うために足を動かしていた。
そこで出会ったのは、ファブレ公爵邸から数人の護衛を引き連れて現れたナタリア王女。
なるほど、ファブレ邸に向かっていたから謁見の間に居なかったのかと納得した私だったが、ナタリア王女は私が論師だと解った瞬間顔を苦々しげに歪めた。
その眉間の皺アッシュとお揃いですねわあ素敵(棒読み)

「随分と急な来訪ですのね。見た目通り、中身も随分と子供のようですこと」

そう言ってわざとらしく肩をぶつけ、挨拶すらろくにしないままナタリアは鼻息荒く城へと行ってしまった。
小柄な日本人である私が女性にしては長身のナタリアにぶつかられて無事であるはずも無く、転びかけた私をシンクとセシル少将が支えてくれる。
何故初対面であるナタリアに敵対視されなければならないのか理解できなかった私は二人に支えられながら呆然とするしかなかったのだが、いつまでもぼうっとしている訳にはいかない。

疑問符を浮かべながらも教団支部に向かって挨拶を済ませ、会食を終えてその日はゆっくり休んだ。
そして翌日、即ち今日、晩餐会の日だからとどこかに出かけることも無く支部で過ごすつもりだったのだが、ヴァンに請われ私はシンクと共に一足早くファブレ家へと訪れていた。
どうもヴァンが私達の話をルークにしたらしく、会ってみたいと駄々を捏ねられたらしい。来訪の許可も取ってあるとのこと。

なのでそういうことならばとファブレ家に足を運んだのだが、ソコには先日と同じように何故かおわすナタリア王女。
アンタ公務無いのん?と思わず日本に居た頃のように聞きそうになったのは、身分を持っているにも関わらずストレートに悪意をぶつけてくる様に呆れて被っていた猫が逃げ出しかけたからだ。
あのさ、仮にも為政者で王族ならオブラートに包むって事くらいしようよ。
それくらいじゃ痛くも痒くもないよ。こんなのが次代の為政者でキムラスカ大丈夫なのかという頭痛はしそうだけど。

「何故ここにいらっしゃるのかしら。晩餐会は夜に行われるものでしてよ?
それとも待ちきれずに許可も無く立ち寄ってきましたの?まぁ、子供らしいこと」

見下ろされながら何故か決定事項で言われ、漏れかけたため息をぐっと堪える。
ヴァンが事情を説明してくれたので私は口を開かずに済んだのだが、何故かナタリアが駄目ですわ!と玄関のホールで叫んだ。
何が駄目なんだよ400字詰め原稿用紙1枚以内で収まるように簡潔に説明して見せろゴルァ。

「そもそも今の時間は勉学の時間ですわ!このような女に会わせる必要などありません!」

「殿下、彼女はただの一般市民ではございません。教団の誇る論師なのです」

「だからこそですわ!聞けば論師は様々な施設を作り民から富を吸い上げているというではありませんか!そのような悪人にファブレの門を潜らせるなど、一体何を考えておりますの!?」

……なんかすげぇ斜め上の思考してた。
カッと目を見開いて吐き捨てるように言ったナタリアの台詞に若干の頭痛と眩暈を覚える。
そしてラムダスと呼ばれた男性がおろおろしている姿には多大な同情を覚えるしかない。
例えその発言が問題塗れだろうと、使用人頭風情では発言を諌めることが出来ない故の焦りであると解るから、余計に。

なので私は口を一文字に結んで奥からやってきたクリムゾンへと話しかけることにした。
ナタリア?いや、だって話しかけたら面倒なことになりそうだし、不敬だけどソレ言ったら先に論師侮辱したのナタリアだしそれくらい許されるだろう。

「つまり私がキムラスカ内に施行している施設全般に関しては、民から富を吸い上げる悪質なものであると、それがキムラスカの見解であるという事でよろしいですか、公爵」

私がそう言えばナタリアもようやく公爵の存在に気付いたらしく、叔父様からも言って下さいまし!と更に声を荒げていく。
私の呆れを含んだ視線に気付いたのかどうかは解らないが、公爵の眉間にどんどん皺が寄っていく。
その眉間の皺の原因はこんな真昼間から現れた私が原因なのか、それともさっきからきゃんきゃん喚いているナタリアが原因なのか。多分両方だろう。
仕方ないのでこの現状を何とか打破しようと、私はファブレ邸に足を踏み入れてから初めてナタリアに声をかけた。

「ナタリア殿下」

「お黙りなさい!貴方のような悪人に名前を呼ばれる筋合いはありませんわ!」

「それは失礼致しました、殿下。
それはそうと私はダアトに、ひいてはローレライ教団に所属しており、光栄なことに導師に次ぐ高位の存在として論師の地位を与えられております。
その私を侮辱するということは預言を扱う教団を侮辱するのと同じことであると、理解した上での発言なのかどうか、お聞きしたいのですが宜しいですか?」

つまり教団馬鹿にしてんのか?あぁん?という意味である。
何だかんだ言いつつナタリアを諌めなかった公爵だが、流石に不味いと感じたのか決してそのようなことは無いとようやく口を開いた。
遅ぇんだよ馬鹿。側近気取るなら自国の王女の手綱くらい握っとけ。

「殿下、そろそろ城に戻られた方が宜しいでしょう」

「ですがこのような悪人をファブレに入れるなど……っ!」

いや、だから人を悪人呼ばわりすんなよ話聞いてたんか。
私を指差して公爵と言い合うナタリアにずきずきと頭が痛み始める。
一体全体何をどうしてナタリアの中で私がそんな悪人ポジションに納まったのか、逆に知りたい。
むしろ私がやってたのってナタリアの福祉関連の事業に近いものもあるから、本気でここまで嫌われる理由が解らない。

公爵に言われて渋々ファブレから出て行ったナタリアだったが、自分はだまされないといわんばかりに最後に盛大に私を睨み付けて出て行った。
だからさ、あんた仮にも為政者で王族なんだから以下略。

「何故このように侮辱されなければならないのか、お聞きしてもよろしいですか、公爵」

「……殿下は一度思い込んだら動かない性質でな」

うぉっほん、という咳払いとともに言い訳にもならない言い訳を口にする公爵だったが、周囲からの視線が痛かったのだろう。
そさくさと城へ行ってしまい、私は今度こそため息をつく。
そして私の前にラムダスが歩み出ると、深々としかし綺麗に頭を下げた。

「お出迎えが遅れてしまい、大変失礼いたしました。本日はご来訪ありがとうございます。坊ちゃまから伺っております。
どうぞこちらへ。温かい紅茶をご用意いたしましょう」

「ありがとうございます。ああ、シンク」

「はっ」

本日のシンクは論師守護役の法衣を纏っている。
彼は一歩前に出た後、手に持っていた小箱をラムダスへと差し出した。
ちなみにその背後にいるレイモンド奏長とリスフレイ謡長も一抱えありそうな箱を持っており、同時に一歩前に出た。

「私の故国の習慣で申し訳ないのですが……ささやかですが、手土産です。
ダアトのものよりも洗練されたバチカルのものの方がお口に合うだろうとこちらで調達いたしました。
こちらの小箱は、ファブレの方々に。後ろの箱は、勤められている方々に。少しずつですが、どうぞお納めください」

「これはわざわざ……私たちにまで下さるとは。ありがとうございます」

近場にいたメイドに言いつけて大箱を受け取り、小箱はラムダス自身が受け取る。
ファブレ家にと選んだのは貴族街にあったケーキ屋さんで調達したもので、話を聞く限り城にも献上されるほどの甘味だというから失礼ではないだろう。
使用人の方々にと選んだのはもう少しランクは落ちるが今朝大量購入してきたものである。おかげで開けた途端に店じまいだと、店主には苦笑された。ごめんね、ほんと。
実はプライベートで招かれるって初めてだったりするので、加減が分からないというのが本音だったりする。

ラムダスに案内され、応接間のようなところで椅子に腰掛けたところで紅茶を出される。
タイムラグもない。実に洗練された心遣いだ。すばらしいの一言に尽きる。
椅子を引いてくれた従僕と紅茶を入れてくれたメイドに礼を言ってから、紅茶に口付ける。
芳醇な香りとふくよかな甘み、ダアトでは決して飲めない最高級の紅茶に私は舌鼓を打った。
一言で言うならば、超美味い。

「坊ちゃまはすぐに参られます。少々お待ちくださいませ」

ヴァンと私にそう言ってラムダスは頭を下げて行ってしまった。
ちなみにシンク達は部屋の隅、といってもすぐに駆けつけられる距離で直立不動だ。

「しかし解せませんね。何が殿下の勘気に触れてしまったのでしょうか」

「それに関しては私にも分かりかねます。ナタリア殿下は福祉関連に手厚い王女ですから、論師ともお話が合われるのではないかと思っていたのですが」

「それは私も同意です。診療所を立てて事業を起こし、民からも信頼厚い王女と耳にしていたのですが……」

一応ここはファブレ邸なので、そこで言葉を切る。うかつに王女をけなす様なことを言える場所ではない。
しかしゲーム本編のナタリアを見る限りそれもどうなのかなーと思う部分は多々あったりするので、これがまったくの本心というわけでもなかったりする。

そんなことを話していると、パタパタという軽い足音が耳に届いた。
何事かと耳を澄ませば、それはすぐにバタバタに変わり、最終的にドタバタになってこちらへと近づいてくる。
そして勢いよく観音開きのドアが開かれたと思うと、朱金の髪をたなびかせ、ヴァン師匠!という言葉と共に男の子が一人飛び込んできた。
きらきらと輝く瞳はヴァンに会えた喜びと、彼に対する信頼が見えている。

間違いなく、彼こそがルーク・フォン・ファブレだろう。
初めて合間見えるアッシュのレプリカに、私はにっこりと微笑んだ。

「お初お目にかかります、ルーク・フォン・ファブレ様ですね」

「あ?誰だお前」

…………お前が呼んだんだろうがっ!
笑顔で固まる私に対し、ルークを追いかけてきたメイドたちはすでに泣きそうだった。


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