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「コイツが論師ィ?ガキじゃねぇか!」

「ルーク!」

「構いませんよ。ふふ、どんな姿を想像していましたか?」

「んー、わっかんね」

やって来たルークがヴァンに促されてテーブルに着いた後、私達は改めて自己紹介をかわした。
ルークが信じられないと言いたげに声をあげたときにシンクが動きかけたが、手だけでそれを制して微笑みを浮かべる。
よくも悪くもルークは素直なのだ。いちいち気にしていたらキリがない。

「では、改めてお名前を聞いても宜しいでしょうか?」

「ルークだ。ルーク・フォン・ファブレ」

「ルーク様ですね。私は論師シオリと申します」

「ああ。そっちの奴は?」

「彼はシンク、シンク謡士です。私の守護役で、神託の盾騎士団第五師団師団長でもあります」

「へー。てことはヴァン師匠の部下か?」

「そういうことですね」

仮面が珍しいのかなんなのかわからないが、ルークは私よりシンクの方に興味があるようだった。
ヴァンはそんなルークに苦笑しつつ、自分より論師の方が位は上なのだ、という説明をすればルークが目を見開いて驚いている。

「はぁ!?こんなガキなのにヴァン師匠より偉いのかよ!?」

「ルーク!口を慎め、論師は導師より位は低いが大詠師よりは上だ。つまり実質教団のナンバー2なのだぞ」

「……見えねー」

口を開けて驚くルークにくすくすと笑みが零れてしまう。
実に5歳児らしい反応ではないか。
私自身はそんなルークを可愛らしいと思う。周りはハラハラしているようだが。

「なぁ、論師、だっけ?何をする仕事なんだ?」

「物凄く簡単に言うならば、お金を稼ぐための地位ですね。ダアトの発展に貢献したりもしていますが、メインは教団運営の補助となります」

「あん?そういやナタリアがなんか言ってたよーな」

そう言ってルークは腕を組み考え込んでしまう。
ナタリアが一体何を言っていたと言うのだろう?
私が小首を傾げる横で、ヴァンが殿下がどうしたのだ?とルークに聞いている。

「ホスピス、だっけ?年寄りを閉じ込めて金を取る場所だとかなんとか」

「それはまた随分と勘違いをされていると言いますか……どうしてそんな情報が曲解しているのか不思議ですね」

苦笑する私に今度はルークが首を傾げる番だった。
日本でも介護施設に対しての偏見は多々あるが、ここバチカルでもそれは顕著なようだ。
いや、もしかしたらナタリアの中だけなのかもしれないが。

「違うのか?」

「違いますよ。ホスピスは元々余生を穏やかに過ごすことを目的に作った施設ですから」

そう説明するものの、ルークは理解しきれて居ないようだった。
なので噛み砕いて説明すれば、ルークはきちんと真剣に聞いてくれている。
一般家庭での介護の大変さなどは想像外だったらしく、へーと言いながら目をまん丸にしていた。

「つまり、労力を肩代わりする代わりに金を貰うってことか?」

「そうです。つまりサービスを売る、ということですね。形がない分理解されにくいですが、必要という人間居るからこそホスピスは今も徐々に数を増やしています」

「そのサービスを売る、ってのがいまいちピンと来ないんだけど」

「ファブレ公爵家に仕えるメイド達だってそうでしょう?彼等はファブレに尽くすことを仕事にしているではありませんか」

「あ、そっか。メイド達はそうやって働いて給料貰ってんのか」

腕を組んで納得するルーク。しかしナタリアが何故私を敵対視するか解った。
つまり私は悪徳業者か何かと思われているということだ。
勘違いも甚だしいが、民衆思いのナタリアだからこそ私が許せないのだろう。
私を攻撃し悪者にするということはひいてはローレライ教団を貶すことになるのだが、多分そこまでは頭が回っていないに違いない。

「確かにお金は取りますが、そこまで悪質なお値段では無いと思ってますよ」

「でもナタリアはそう思ってるし、今度ナタリアも同じ施設作るって言ってたぜ。
無料で入れる施設にするって」

「無償で、ですか。結局は血税を使うわけですからあまり変わらないと思いますが……」

「けつ……?」

「ああ、血税というのは民衆が国に納めた税金のことです。税金はわかりますか?」

「わっかんね」

私は施設の利用料金を貰い、その料金から施設の維持費や人件費などを捻出し、残った分を純利益として教団に還元している。
ナタリアはこの利用料金を貰わず無料で施設を開放するというのだが、ではその人件費や維持費などはどこから捻出するのか?という話になる。

勿論、それは血税以外の何物でもない。
民から集めたお金で、民を雇い、民に施設を開放する。
結局は民から集めたお金で運営する、という点では何ら変わりがない。
むしろ利益が出ない分、国が施設を継続させることを頷くかどうかも怪しい。

教団は利益が出るから、私に対して施設の拡大や増設を許可しているのだ。
利益が出なければそれはただの慈善事業でしかない。
そして私は慈善事業をやっているわけでは無いので、ナタリアはそもそも根本的なところから私の仕事を勘違いしていると言える。
ナタリアのやっている慈善事業は決められた金額内でいかに民に施せるかというのが主旨であるが、私の運営はいかに継続して利益を出し続けられるかというのが主旨なのだから。

コレを噛み砕いて説明すればルークは何か呟きながら頭の中で話を纏めた後、解った!とキラキラした笑顔で言ってくれた。
理解してくれて何よりだ。この調子でナタリアも理解してくれると良いのだが、多分難しいだろうなと頭の隅っこで思う。
やっていることがなまじ似ているせいでの勘違いなのだが、慈善事業と運営の差を理解してくれたらそもそもこうなってないからだ。

「んじゃお前悪者じゃねーじゃん」

「私が本当に悪者ならばヴァンはココに来ることを許可してくれないと思いますよ?」

「それもそうか。あ、そうだ!師匠!今日は剣の稽古つけてくれないのかよ!?」

「何だ、論師と話したかったのではないのか?」

「だってそう言えば師匠はまた来てくれるって思ったんだよ!
どうせ晩餐会に出るんだし、それまで時間あるじゃん!な、良いだろ?」

目をキラキラさせながら稽古をねだるルークにヴァンが苦笑した。
成る程私はヴァンを呼ぶダシにされたわけかと、私も思わず苦笑してしまう。

「論師の話はつまらなかったか?」

「んー、家庭教師の話より解りやすいけど、ヴァン師匠の稽古のが良い!」

身を乗り出して稽古をつけてくれとねだるルークを見て、ヴァンが視線を寄越してくる。
私の許可を求めているのだと解釈して、私は一つ頷く事で返事をした。

「では私は見学させていただいても宜しいですか?」

「ん?稽古を見たいのか?」

「ルーク様が良ければ、是非」

「よっしゃ!じゃあ中庭にベンチあるからそこに座って見てろよ。
今日こそ技決めてやるぜ!」

暗に稽古をすることを許可した私にヴァンが目礼してから立ち上がる。
背後でメイドがホッとしているのがわかり、私は内心で苦笑した。

なんてったって教団のナンバー2を急遽招待したかと思うと、実はその下の詠師を呼び出すためのダシにしただけ、とルークは公言している。
私が怒りの体勢を見せればそれだけでダアトとキムラスカの関係は悪化する。
しかし私が怒ることも咎めることもしなかったのだから、メイドとしてはホッとするというものだ。

ヴァンにまとわりつきながら中庭へと向かうルークの後に続き、公爵家の廊下を歩く。
調度品はどれも見事で、白光騎士団の動きも実にきびきびとしている。
素直に見事だと思いながら辿り着いた中庭の花壇には色とりどりの花があり、この劣悪な環境にありながら美しく咲き誇る花々に対し軽く目を見開く羽目になった。
庭師の腕のよさが解る風景だ。

「そこのベンチ使えよ。んじゃ師匠!お願いします!」

「解った解った。ではまずは基本動作から始めるぞ」

「はい、師匠!」

おざなりにベンチを指され、シンクを引き連れた私は鉄作りのベンチに腰掛ける。
シンクは私の斜め背後に立ち、背中で腕を組んで直立不動だ。護衛だから当たり前だが。

そうして稽古が始まり、人形相手に身体を動かした後、ルークとヴァンが軽い打ち合いを始める。
素人の私から見てもルークはヴァンにあしらわれているようにしか見えない。
見えないのだが、ルークは一心不乱にヴァンに打ち込んでいて、見ていて微笑ましい。
ちょっとばかし危なっかしいところもあるが、そこはご愛嬌といったところか。

「もっとしっかりと握れ。そうだ、力を込めて一撃を放つのだ」

「はいっ!やああぁあ!」

木刀をぎゅっと握ったルークがヴァンに飛び掛る。
ヴァンはそれを軽く払ったのだが、ルークの握りが甘かったのかはたまたヴァンの力が強すぎたのか。
木刀はルークの手を離れ、宙を舞いながら私の方へとくるくると飛んできた。

「うをっ!?」

「しまった!」

元々反射神経のよくない私は、咄嗟のことに避けることも出来ず飛んでくる木刀を見上げていた。
そして接触まであと5秒というところで、背後に居たはずのシンクがその木刀を蹴り飛ばした事で事なきを得る。
どうやらベンチを乗り越えて木刀から私を守ってくれたらしいと理解するのと同時に、真っ二つに折れた木刀が軽い音を立てて中庭に放り出された。

「論師、真に申し訳ない……」

「お怪我はございませんか?」

「ありません。ありがとうございます、シンク。
ヴァンもあまり気にしないで下さい。見学したいと言ったのは私なのですから」

気まずそうに頭を下げるヴァンと私の前で膝を着くシンクに微笑み、続けてルークを見る。
ルークはぽかんとした顔でコチラを見た後、続いてシンクへと視線を降ろした。
そしてシンクの蹴りにより破壊された木刀へと視線を移す。
私を守るためとはいえ木刀を壊してしまったことは謝らなければいけないと思い口を開こうとしたが、それはルークの声によって思い切り遮られてしまった。

「すげえええぇえ!なぁ、今のどうやったんだ!?」

「え?あ、は?」

「な、ベンチ乗り越えるのと一緒に蹴ってたよな?な、な、もっかいやってくれよ!木刀投げるから!」

「いえ、あの、ルーク様…?」

どうやら壊された木刀よりも、シンクのほうに興味があるらしい。
ルークに詰め寄られてしどろもどろになるシンクに対し、私は今度こそ苦笑を漏らすのだった。


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