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「……超服?」

「は?ちょうふく?」

「あ、いや……その服は一体?」

「これ?軍の礼服」

「あ、礼服だったのね、それ」

晩餐会の時間が近付き、私達は与えられた控え室へと引っ込んでいた。
そこでシンクは私の許可をとり、白地に緑と黒をあしらった衣装へと着替えたのだが……どう見ても超シンク戦の衣装です、ありがとうございました。
あれって礼服だったのね。ちょっとびっくり。
ソファに座りながらまじまじとシンクを見てしまうくらいには、びっくりである。

「まあ確かに他の団員達に比べると派手だけど……」

シンク自身も着慣れて居ないのか、服の裾を引っ張りながら自分の姿を見おろしている。

「でも似合ってるよ。それを着てるってことは今日は第五師団師団長として参加するってこと?」

「まぁね。一応守護役長も一緒に居るし、ヴァンと話して決めたんだ」

「ヴァンと?」

「そ。六神将の顔見せって意味もかねてるらしいよ?」

「ああ、なるほど。牽制も兼ねてるってとこかな?」

私の言葉にシンクが頷く。
更に話を聞くと、六神将のみその特別性を喧伝するために、それぞれ専用の礼服が与えられているらしい。
どうもそれが私の言う超服にあたるようで、今回はシンクを使ってクリムゾンやインゴベルトを牽制するのが目的のようだ。

「そうなると、私の背後じゃなくて並んで座ることになるのかな?」

「そ。並び的には上座から順にシオリ、ヴァン、僕になるかな」

「マナーは大丈夫?」

「叩き込んだのはどこの誰さ」

「あはは、信頼してるよ」

勿論、叩き込んだのは私である。
私自身も、論師の地位に着く際マルクト・ダアト・キムラスカの基本的なマナーはきっちり学んできている。
ちなみに他の守護役達はコネクティングルームに居るので、シンクは仮面こそつけているものの態度は酷く気安い。

「まあ多少ミスしたとしても、細かいこと気にしないでしょ、ルークは」

「ルークは気にしないだろうけどね、他のメンバーが問題かな」

「ファブレ公爵夫妻にインゴベルト陛下とナタリア殿下か。特に煩そうなのは公爵と殿下かな?」

そう言いながらシンクは私の背後に回り、後ろから抱きついてきた。
いつもの体勢といえばそうなのだが、いつもと違って半袖なのでしっかりと筋肉のついた腕がよく解る。
結構細身に見えるのだが、こうしてみるとシンクはきっちり筋肉がついているのだなぁと呑気に考えた。
いや、拳闘士なんだから当たり前なんだけどさー。

「殿下は特に私を子ども扱いしてたからね」

「あの敵意の示し方はどっちが子供かわかんないくらい稚拙だったけどね」

「まぁね。でもあの猪突猛進が代名詞な殿下らしいといえばらしいよ。多分遠まわしに嫌味を言っても通じないだろうなぁなんて思うくらいには」

「ああ、通じそうに無いね」

ぎゅっと抱きしめられたかと思うと、シンクが私の首筋に顔を埋める。
見なくとも解る。その唇はナタリアを嘲笑するための孤を描いているのだろう。

「遠まわしな嫌味が通じないとなると、わざとぶつかってあげたくなるね」

「相手は王女だからね、我慢だよ、我慢」

「じゃあ教団を代表して論師を侮辱するとはどういうことだってキムラスカに抗議すればいい?」

「時期を考えなさい。今はまだ耐える時期よ」

「だって……シオリに手を出すなんて許せないんだよ」

「あの程度痛くも痒くもないから。だから大丈夫よ」

「解ってるけど……さ」

どうやらシンクは完全にナタリアを嫌いになってしまったらしい。
その原因が自分であることに苦笑しつつ、シンクの頭を撫でる。
勿論シンクの嫌悪感は私を慕ってくれているからだと解るので、強く責めたりはしない。

「晩餐会の最中もあんまり突っかからないようにね?
どちらにしろ師団長として出席するならそれほど発言もできないだろうけど」

「うん、解ってる」

この晩餐会に参加するメンバーでは、身分という点ではヴァンも私も一般人だが、論師と主席総長兼詠師という地位を持っているがために、公爵子息であるルークと同程度の扱いはされる。
しかしシンクが持つ地位は導師守護役部隊特別顧問兼第五師団師団長、だ。
どう頑張っても一番低い地位であることは変わらない。
そうなると結果的に、問いかけられたことに対して答えることは出来ても、自分から話題をふるなどということはできなくなるだろう。

「終わったらいくらでも愚痴聞いてあげるから」

「……それってさ、どう足掻いても晩餐会は不愉快なことにしかならないだろうってこと?」

「たぶんね」

私の言葉にシンク微妙に口元を尖らせていて、私はその唇をつんと突付いてからノックの音に答えるために立ち上がるのだった。







きらびやかな晩餐会は、細長い机にたった八人が座るという随分わびしい?状態で始まった。
最新式のレコードからは優雅な音楽が流れ、天井から吊るされたシャンデリアは部屋一面を照らしている。
壁際に立つのはメイドを始めとした使用人達と、私の守護役達。

しみ一つ無いテーブルクロスの上に置かれているのは食器のみ。
もうすぐ見た目から味まで計算しつくされた夕食が運ばれてくるのだろう。
一番の上座にはインゴベルト陛下が腰掛け、続いてナタリア、クリムゾン、シュザンヌ、ルークと並んでいる。
それに相対するように私、ヴァン、シンクも腰掛ける。

全員が椅子に座った直後に食前酒が運ばれてきたかと思うと、インゴベルトが口を開いて改めて自己紹介をすることになった。
インゴベルトが好々爺といった風に名前を名乗り、ナタリアがつんと澄ました顔でそっけなく名を告げる。
続いてクリムゾンが眉間に皺を寄せたまま笑顔一つ浮かべずに名を告げ、シュザンヌが笑顔を浮かべながら名前を名乗りつつ夫の無愛想を詫びた。
そして最後にルークが目を輝かせながら名乗った後、私も続けて名前を言う。

「ローレライ教団のシオリと申します。教団から論師の地位を賜っております」

「ヴァン・グランツ謡将です。それとコチラが第五師団師団長兼論師守護役部隊特別顧問のシンク謡士。
恐れ多くも本日ルーク様から友人と呼んでいただき、急遽ルーク様のご招待を受けたために同席させました」

「まぁ、ローレライ教団は子供を雇うのがお好きなのですね」

「教団には将来有望な若者が多くおりますので。私としても頼もしい限りです」

早速嫌味を飛ばしてきたナタリアの言葉を笑顔で返せば、ムッとした表情を浮かべられた。
嫌味に嫌味を返したわけでもないのにその反応とは、やはり手ごたえはなさそうだ。

「そこまで優秀な子供には見えませんけれど」

手ごたえどころか底も浅そうだった。
今度こそ文字通りシンクを見下しながらストレートに言われ、カチンときた私は笑顔を作る。
前菜が運ばれてきたので、少しずつナイフとフォークを動かしながら口を開く。

「まぁ、殿下はご冗談がお上手なのですね。シンク謡士は若干12歳でありながら素晴らしい拳闘士であり、また譜術は詠唱短縮が可能なレベルに達しております。
私も何度も命を助けられた程護衛としても秀でておりますし、第五師団を率いる指揮能力は同世代では郡を抜いております。
私は教団に勤めて一年も立っておりませんが、彼ほど優秀な存在は中々見かけません。
シンクは間違いなく、謡士の地位に相応しい人物ですよ」

シンクを褒めちぎる私に対し、ナタリアは更にムッとしたがインゴベルトは先が楽しみだなと呑気に笑っている。
クリムゾンなんかは警戒の表情を浮かべているのだが、その隣ではシュザンヌがルークにシンクは凄いんだぜーって自慢されてて……何このカオス。

「あ、でもシンクが守らなきゃいけないくらいシオリって狙われてるのか?」

久しぶりに猫かぶり全開でナタリアの嫌味を受け止めていたのだが、ルークがふと気付いたようにそんな発言をした。
その質問をぶつけるための視線の先にはヴァンが居て、ヴァンは一つ頷いてから口を開く。

「それだけ多くの人から恨みを買っているということではなくて?
無辜の民から富を吸い上げるような方ですもの」

が、ナタリアが何故か鼻で笑いながら口を挟んできた。
ヴァンが一つ咳払いをしたかと思うと、笑顔を作り直してからルークへと向き直る。

「……論師はその体質上預言を持たない。故に預言を順守すべきだという者達からどうしても敵対視されてしまうのだ。
後は論師の施行した施設などが預言に詠まれていないと言って襲ってきたものなども居たな」

「はぁ?意味わっかんねー。預言に詠まれてないからって何でシオリを狙うんだよ?」

「預言に詠まれていないことをする論師は預言の反逆者だと解釈しているのだ。
だが論師に救われた命は多く、また論師のお陰で助かった者も多い。教団も随分と論師に助けられている。論師を失えば教団は多くの損失を出してしまうだろう。
だから論師にも導師と同じように守護役がつくのだよ」

「ふーん。シオリも大変だな」

「シンクが居ますから、大丈夫ですよ」

「そっか。だからシンクが着いてるのか」

ナタリアは綺麗にスルーされた。
ヴァンはわざとだが、多分ルークは素だ。天然最強である。
内心密かにルークにグッジョブという言葉を送りながら、同情の視線を向けてくるルークに造りではない笑顔を見せておく。

「しかしおかしな話でもある。預言を管理する教団に、預言を持たない人間が勤めるなど」

「そもそもその預言を持たないというのもおかしな話ではありませんか。
預言は誰にでも存在するものでしょう?」

クリムゾンが初めて口を開き、ナタリアがそれに追従した。
この二人の敵意は本当に解りやすい。解りやすすぎて思わず笑い出してしまいたくなる。
その隣ではインゴベルトがそういえばそうだなと呟いていて、私はその反応にちろりと視線を向けた後、お望みならばこの場でグランツ謡将に預言を詠んで頂いても構いませんがと告げた。
ナタリアがそれを聞いてニヤリと笑みを浮かべると、それならばわたくしが詠みますわと声をあげる。

「殿下に預言を詠んで頂くなど、恐れ多いことは……」

「あら、わたくしに預言を詠まれては何か困ることでもあるのかしら?」

目を細めるナタリアの思惑など解りきっている。
私の嘘を暴いてやるとでも言いたげな彼女に表面上だけは遠慮を見せた後、結局スープを持ってくるまでの間に彼女に預言を詠んでもらうことになった。
預言の解釈だけはヴァンがやる、という話でまとまる。

席から立ち上がり、下座の方に回ってナタリアと相対する。
ナタリアが両手をかざし、コレで貴様もおしまいだといわんばかりの嘲笑で私を見下ろしてくるのに対しにっこりと笑顔を作る。
やがて第七音素が収束する独特の音と光を感じていたのだが、それはいつかイオンが私の預言を詠もうとした時のように、何かが砕け散るような音と共に光は拡散した。

「嘘……詠め、ない?」

突如霧散した第七音素に愕然とした表情を浮かべるナタリア。
見ればルークを除いたキムラスカ勢も驚いていたが、予想していた結果を見て私はにっこりと微笑むだけに留め、心の中だけで呟いておく。
思惑が外れて残念でした。ざまぁみさらせ。


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