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「本日はお招き下さいまして真にありがとうございます」

「コチラこそ、招きに応じて下さり感謝しております。ラムダスから手土産の話も聞きました。
先日の手土産もルークと一緒にいただいたのだけれど、本当に美味しかったわ。
パティの、ああ、うちのパティシエ以外のものを食べたのは久しぶりで、年甲斐もなくはしゃいでしまいました。本当にありがとう」

「お褒め頂き光栄です。バチカルの方の洗練されたセンスと煌びやかさを目にして私のような田舎者が選んだものなど笑われやしないかと冷や冷やしておりました」

「そんなことないわ。ねぇルーク?」

「……ん?」

馥郁豊かな紅茶の入ったカップを片手に夢中でケーキを頬張っているルークに苦笑を漏らせば、シュザンヌが同じように苦笑しながらごめんなさいねと私に謝ってきた。
隣に座っているシンクからも微かに呆れた空気が漂ってきたため、足を踏みつけて自重するよう合図する。睨まれたっぽいけど知らん。

晩餐会の時にシュザンヌ様に是非お茶でもと招かれていたため、私とシンクは連日でファブレ邸へと足を運んでいた。
今日のシンクは論師守護役の衣装を纏っていたために最初は私の後ろに控えていたのだが、ルークがシンクに一緒にお茶をしようとねだり、それは良いとシュザンヌ様も同意したために結局テーブルに着いている。
この天然親子を形成したのは誰だ。公爵か。

「何か言ったか?」

「ふふ、ルーク様も随分とケーキを気に入って頂けた様で何よりですという話ですよ」

「あ、これか?そうなんだよなー。
このショートケーキ、うちのパティシエが作るのより生クリームがちょっと甘さが控えめなんだけど、苺がその分甘酸っぱいんだよ。後スポンジの食感が微妙に違ぇ。
昨日くれたベリータルトもそうでさ、見た目はうちの奴のがうまそうなんだけどベリーの濃厚さは論師が持ってきた奴の方が上だった。
後は土台のタルト生地が多分なんか違うんだろうけど、論師の奴のがサクサクしてたなー。
そこはうちの奴のが好きなんだ。もっと厚みがあって歯ごたえがあるからさ」

何か凄く具体的な感想が出てきた。しかも凄く真面目な顔で。
ルーク、実は食品レポーターとかできるんじゃないか?

「普段は家のパティシエのものばかり食べているからとても新鮮だったらしくて、ごめんなさいね、騒がしい息子で」

「いえいえ、喜んでいただけたようで何よりです」

苦笑交じりにシュザンヌ様が言った台詞に合点がいった。
そうだよね、ずっと同じパティシエのケーキ食べてるんだもんね。飽きるよね。
それによくよく考えずともルークは貴族なのだから舌が肥えていて当然だ。
やっぱ向いてるんじゃないか、食品レポーター。

「シンク、コレ食ってみろよ。超うめぇ」

「食べてるよ」

「ンだよ反応薄いな。うまくねぇのか?」

「いや、美味しいよ」

「ホントかよ?うまいならもっとうまそうな顔しろって!」

「うん、おいしいおいしい」

「オレそれ知ってるぞ……適当に流してるだろ!」

「ルークこそもうちょっと静かに味わえないわけ?」

「お前の反応が薄いから悪いんだろ!?」

「あのね、僕は滅多にこんな美味しいもの食べられないんだよ。だから一口一口噛み締めて食べたいわけ。わかる?」

「え?シンクってそんな貧乏なのか?」

「僕が貧乏じゃなくてルークが金持ちなんだよ。何でもかんでも自分を基準にするのやめてくれる?」

「オレは軟禁されてるけど普通の貴族だぞ」

「そもそも軟禁されてる時点で普通じゃないし、ってか僕は貴族じゃないから比べる方が間違いだっていい加減気付いてくれる?」

……このレプリカコンビは漫才でもしたいのだろうか。
二人のやり取りにシュザンヌ様と二人で苦笑する。
それにしてもシンク、アンタいくらルークとシュザンヌ様の許可を得たからってフランクすぎやしないかい。

「そう言えばシュザンヌ様は私に何か相談したいことがあるとの事でしたが」

「ああ、そうでした。実は本日お招きしたのもその相談がしたかったからなのです。
お忙しい中、私の我が侭でお呼び立てするのはどうかと思ったのだけれど、私自身病弱な身故あまり外出もままならないものですから」

「いえいえ、先日もファブレの方々にはお世話になりましたから、私のような新参者がお役に立てるかどうかは解りませんが、出来うる限りお力になりたいとは思いますよ」

ああ、何か懐かしいなこのやり取り。
お互い遠慮しあって中々話が先に進まないこの感覚。
3回断れが美徳の日本を髣髴させるやり取りだ。
いや、現代でこの美徳が通じるか解らないけど。
そもそも遠慮の二文字を知らない馬鹿が増えたのも事実だけど。

だがシュザンヌ様は素で言っているというか、こういうやり取りが様式美であるというのが解っている気がする。
腹を探ろうとしているわけでもなく、話を進める過程として既に取り込まれている感じ。
彼女こそ、まさしく王侯貴族に相応しいのではないのかと思う。というかコレが普通だと思う。

妙な安心感を感じつつシュザンヌ様の話を聞くと、風の噂で神託の盾兵士達がホケンなるものに入っていると聞いたらしい。
ちょうど白光騎士団の団員の一人に兄弟が神託の盾に居るという者がいて、少し興味を持ったので足を運んでもらい詳しく話を聞いてみたところ、補償制度や福利厚生などの無形サービスに目から鱗が落ちる気分だった。

しかし実に良い制度ではないか。軍人達であれば安心できる制度なのは間違いない。
だがそれよりもまず貴族が抱えている使用人達に対し、適応してやるべきではないか?
貴族の義務(ノブリス・オブリージュ)を果たすにも、明確な数字を提示しておいた方が使用人達とて安心だろう。
そう考えてもっと詳しく話を聞きたいと思ったものの、守秘義務などもあってその神託の盾からはそれ以上の情報は得られなかった。
困っていたところ発案者である私が晩餐会のためにキムラスカに来訪し、実際会ってみて頼りになりそうだと判断したため、是非詳しい話を聞きたいということだったらしい。

成る程、呼び出された用件は大体解った。
ファブレ邸内を仕切る公爵夫人だからこその立案といえるだろう。
そしてシュザンヌ様はあの晩餐会の間に私がお飾りではないと目利きをしていたわけだ。
そんな事は微塵も感じさせなかったあたり、最早無意識レベルでやっているということか。
インゴベルトよりよっぽど国王向きな気がする。

まあそれはさておきココでシュザンヌ様を敵に回す必要性は感じない。
それに無形サービスは遅かれ早かれ同業者が出てくるというのは予想済みだったし、ストレートにきてくれれば情報提供の代わりに今後提携しましょうという発案もしやすい。

そんな目論見もあって私は保険制度の基本的な概要や仕組みについて、保険料の支払いに関してやそれぞれにあったプランの作成の仕方などを紙面にグラフなどを書き説明していく。
ちなみに途中参加したラムダスなどは物損被害に対し保険金が下りる制度に食いついていた。
新人メイドが皿を割ったときに使えそうだと考えたらしい。

「大体の概要はこんなところです。後は保険のプランを紹介するための冊子がありますので宜しければ支部の方から参考資料として届けさせますが」

「それは神託の盾兵の方以外でも加入が可能なのかしら?」

「申し訳ございませんが、加入可能なのは神託の盾兵及び教団員に限られております。
それに先程も説明したとおり、神託の盾兵と教団員では加入可能なプランもまた変わってきますし、保険金額などにも差が出てきます」

「そうね、ラムダス、貴方はどう思うかしら?」

「はい。参考資料としていただいておけば宜しいかと」

「ではそうしましょうか。でもうちとしては保険制度よりも福利厚生を優先した方が良さそうね」

「そちらに関しては教団員と神託の盾の雇用契約書を参考資料としてお渡しさせて頂きます。
勿論いくつか手直しを加える必要はあるでしょうが、一から構築するよりは良いかと」

「そうね。それに育児休暇と出産休暇というのは素晴らしいわ。結婚して子供を産んだ後もまた働きに来てくれる確率がぐっと上がるのでしょう?ねぇラムダス、貴方もそう思わない?」

「はい。新しいメイドを入れ、身辺調査を行い適性検査を受けさせた後、一からメイドとして仕込むのには時間がかかります。
その点ブランクはあるものの既に技術を持った者がまた復帰できる体制を整えておくことができるならば、それに越したことはございません」

「そうよね。同時に託児所、だったかしら?それを併設しておけば休憩時間に赤ちゃんを見に行ったりなんかもできるのではないかと思うのだけれど」

「それでしたら、貴族街に一つ使用人向けの託児所を作るのも手かと思われますが」

「それも良いかもしれませんね。私のお友達にも声をかけてみて、一度にいくつかの貴族が福利厚生を導入すれば託児所にも需要ができるでしょうし」

ニコニコと話しながら、シュザンヌ様は声をかけられそうな家を指折り数えている。
一体幾つに声をかける気だ。顔が広すぎだろうシュザンヌ様。
それとも王族だから当たり前なのか?

ココで一つ考えてみる。
実は以前から資格制度を導入できないかと考えていたのだが、いくら教団で資格を発行してもキムラスカやマルクトでもその価値を発揮できなければ意味がないために躊躇っていた。
だがココでシュザンヌ様と共に、人材育成と資格を発行する専門機関を作ることができればキムラスカとダアト両方で効力を発揮する免許証が出来上がることになる。
手ごろなのはやはり"保育士"だろう。

子供を預けるのに不安がある人は多いだろうがきちんと教育を受けている人間しか雇わないということをアピールすれば安全性を売りにもできるし、資格の発行権利を一部譲渡する事であちらも利権を得ることが出来る。
勿論優先的な優秀な人材の確保など他にメリットは諸々あるうえ、こちらとしても良くも悪くも貴族中心であるキムラスカでシュザンヌ様と商業的な繋がりを持つというメリットは計り知れないに違いない。

5秒ほどでその考えを纏めた私はシュザンヌ様にまだ構想段階ではあるがというのを枕詞に保育士の専門学校について簡単に説明してみた。
やはり食いつきはよく、もしダアトで行う場合宜しければご一緒にやっていただけませんか、と軽くお誘いをかけてみれば色よいお返事。
シュザンヌ様もまた常々軍人以外の専門的な人材育成機関が必要ではないかと考えていたそうだ。
ただ、必要だとは思っても過去病弱を理由に政治にも参加させて貰えなかった為に、どうして良いか解らなかったとも。

こうして私はシュザンヌ様相手に新しい事業が展開できそうな糸口を見つけた。
シュザンヌ様も私から話を聞いたことによって、使用人たちにより良い仕事環境を整えることが出来そうだと大変満足していた。
勿論お互いまだまだ細かい話を詰める必要はあるだろうが、今日のお茶会は実りあるものになったことは確かだ。
が、私達が真面目な話をしている間、レプリカコンビはずっと漫才を続けて居たらしい。

「いやいや、だから教団に軟禁されてる奴なんて居ないから。
そもそも僕だって軟禁されてたらココに来れてないからね?」

「偉い奴は軟禁されるんじゃないのか?」

「それなら論師だってココには居ないだろ?」

「教団の導師?とか言う奴は?ココに居ないってことは軟禁されてんじゃねーの?」

「まずココに居ない=軟禁されてるって認識を解くところから始めようか」

「? 意味わかんね」

「だからさ、導師は教団に居るのが当たり前なの。教団の最高指導者なんだから教団本部のあるダアトにいるのが当たり前なの。わかる?」

「だからダアトに軟禁されてるんだろ?」

「違うっての!まず軟禁ありきの思考止めようよ!」

「解った!外出自由な軟禁なんだな!?いいなー、オレもそうならねーかなー」

「それは軟禁とは言わない!」

……一体何故そんな会話になったのだろう?
二人の会話を聞いて、シュザンヌ様と顔を見合わせ苦笑する。
こっちの二人も随分仲良くなったようだと、砕けた態度を取るシンクをみて私も嬉しくなったのは、本人には内緒にしておこう。


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