アニス編
気付くと、アニスは神託の盾騎士団本部を走っていた。
何故自分はこんなところを走っているのだろうと考えて足を止めそうになったものの、周囲を走っている仲間達が真剣な顔をしているのでそれも躊躇われ、訳の解らないまま足を進める。
途中遭遇する神託の盾兵を倒しながら、次々に部屋を開けては誰も居ないことに落胆する仲間達。
そこでアニスは思い出した。
これはアクゼリュスが崩落した後、モースに軟禁されたナタリアとイオンを救出に来た時と同じだと。
もしやと言う思いとまさかという思いが混ざり合い、部屋を開けて二人を探す仲間達に付き従う。
そして記憶にある最奥の部屋に辿りついた時、記憶と同じようにナタリアとイオンがそこに居た。
「イオン!ナタリア!無事か!」
「…ルーク…ですわよね?」
「アッシュじゃなくて悪かったな」
「誰もそんなこと言ってませんわ!」
やはりあの時と同じだと、アニスは確信した。
一体どうなっているというのだろう。
自分はあの悪魔を自称する小娘からイオン様を奪還しに行っていた筈なのにと密かにパニックになる。
しかしココで騒ぐのは不味いと判断して、アニスは以前と同じようにイオンに走り寄った。
「イオン様、大丈夫ですか?怪我は?」
「平気です。皆さんも、わざわざ来てくださってありがとうございます」
が、イオンはアニスと顔を合わせないままルーク達に礼を言う。
それに何か違和感を覚えた。何故こちらを見てくれないのだろう、と。
「イオン様?やっぱりどこか悪いんじゃ?それとも何かされたとか!?」
「え!?イオン、何かされたのか!?」
「いえ、大丈夫ですよ。軟禁されてるだけですから」
「イオン様、それは大丈夫とは言いませんよ」
「そう、ですね。すみませんジェイド。お手数をおかけしてしまって」
やはり何かおかしい。確信したアニスはイオンの顔を伺う。
心なしか顔色も悪いように見えて、アニスは妙な胸騒ぎを覚えた。
「イオン様…?」
「……六神将が僕を連れ出す許可を取ろうとしていました。
モースは一蹴していましたが、ココに居れば今度は六神将に誘拐されるかもしれません。
ご迷惑をおかけしますが、脱出を手伝ってもらえませんか?」
「勿論!とりあえず第四譜石の丘、だったか?あそこまで行こうぜ」
「そうだな。先のことは逃げてから考えればいい」
今度は明確に無視をされ、アニスは初めてのことにショックを受けた。
しかし誰もアニスに気付くことなく、着々と脱出するための話し合いを始めている。
ナタリアの同意も得てとりあえずは本部から出ようと話が纏まった時、イオンは初めてアニスを見た。
「アニス、貴方はココに残ってください」
「え!?ちょ、イオン様!?駄目ですよぅ!いきなり何言い出すんですか!?」
完全に予想外のことを言われ、アニスはイオンの服を掴もうとした。
しかしイオンはそれを振り払い、眉根を寄せ新緑の瞳に怒りを孕ませてアニスを見下ろしている。
明確な拒絶に加え何故そんな目を向けられるか解らず、アニスは驚きに何もいえなくなった。
「僕はココに居る間、ずっと考えていました。その上で出した結論です。
唱師アニス・タトリン。現時刻を持って貴方を導師守護役から解任します」
導師守護役から外され、アニスはくらりと眩暈を覚えた。
何故、何故、どうして、何で。そんな言葉ばかりが頭をぐるぐると回る。
「イオン、急にどうしたんだ?アニスは別に何も…」
「ルーク…申し訳ありません。しかし理由はあるのです」
「な、なんですか理由って!理由も告げずに解任だなんて、納得いきません!」
「黙りなさい!貴方は自分が何をしたのか解っているのですか!?」
「わ、私が何をしたって言うんですか!?」
「白々しい態度は止めてください!モースに僕の情報を流していたのは貴方でしょう!
これからも貴方を連れて行けば、モースに対して僕達の行動は筒抜けになってしまう。
これ以上の犠牲を食い止めるためにも、僕は貴方を連れて行くわけにはいかないんです!」
珍しいイオンの怒声に気おされ、告げられた内容にアニスの顔の血の気が引いていく。
スパイという単語にルーク達も目に見えて動揺し、全員の視線がアニスへと集まった。
「あ、ちが…私…仕方なく…っ」
「ジェイド、僕は貴方にも謝らなければならない。
タルタロスの情報を流したのは恐らくアニスです。
モース経由で六神将に情報が渡り、あの襲撃に繋がったようです」
そう言ってイオンは深々と頭を下げた。
イオンの言葉にジェイドは珍しく目を見開き、タルタロスの惨事を思い出したらしいルークとティアは顔を青ざめさせている。
直接見たわけではないものの何が起きたか話は聞いているナタリアとガイは、信じられないものを見るような目でアニスを見た。
「で、でも、知らなかったの!まさか襲撃するだなんて思わなかっ」
「黙りなさい!貴方のスパイのせいでアクゼリュスにも影響が出ていたんですよ!」
「ア、アクゼリュスを落としたのはそこのお坊ちゃんでしょ!何で私が」
叫ぶようなアニスの言い訳は、乾いた音と痛みによって無理矢理止められた。
イオンがアニスの頬をはたいたのだ。
アニスは叩かれた頬に手を当てながら、目をまん丸に見開いてイオンを見上げる。
「タルタロスの人員はアクゼリュスの救助員でもあり、タルタロスの物資は救助物資でもあったんです!何故そんな簡単なことも解らないのですか!
もしタルタロスが襲撃されず無事アクゼリュスに到着していたら、崩落した時だって助けられた命もあったのかもしれないのに!!」
瞳に涙を溜め、イオンは痛々しい声でアニスに告げた。
イオンの言っている意味をようやく悟ったアニスはそんなつもりじゃなかった、知らなかったのだと言い訳を繰り返し、聞くに堪えなかったのかジェイドによってその場で拘束された。
イオンはアニスを視界から追い出すと、今度はルークへと向き直る。
「ルーク、僕は貴方にも謝らなければいけません
タルタロスで貴方が責められている時、僕はアニスに遮られて貴方を庇うことができなかった」
「そ、そんなこといいって!イオンは庇おうとしてくれたんだから、それで充分だよ」
「いいえ、違うんです。ルーク、貴方はヴァンに暗示をかけられ、超振動を発動させた。
僕はそれを間近で見ていたというのに、それをあの時告げられなかった…っ!」
搾り出すような声のイオンの告白に、ガイやナタリア、ティアたちが目を見開いた。
そしてすぐにその顔が後悔の色に染められる。
「いや…でも、オレがアクゼリュスを崩落させたことは事実だし…」
しかし皆の顔色に気付くことなく俯くルークを見たイオンは、視線だけでジェイドを見る。
視線の意味を察したジェイドはアニスを押さえつけながらルークに対して口を開いた。
「ルーク、貴方が暗示をかけられていたのなら、話は大分変わってきます」
「え?」
「自らの意思で武力を使った場合は本人に責任がかかりますが、暗示をかけられる・薬物を使用されるなど自らの意思で無かった場合、責任は問われないケースが多いのです。
特に暗示はかけられたと自覚することが難しく、解除するのにも専門家を必要とする場合が多いため、暗示をかけられた被害者に責任を問うことは殆どありません。
解りますか?貴方は武器を振るったのではなく、武器として扱われた、ということです。
コレは非常に大きな差です」
「そうですわ、ルーク。
今思えばルークは譜術を習ったことなどないのですから、いきなり超振動を使えといわれても使える筈が無いというのに…何故気付かなかったのかしら…。
ごめんなさいルーク、貴方は自分は悪くないと言っていたのに」
「そうだな…それにいきなり大地が崩れてルークだって混乱してたんだ。
目の前の現実を受け入れられずに、自分が悪くないって言って当たり前だよな。
そんな簡単なことにも気付かなかった俺たちも動揺してたってことか…。
悪かったルーク。幻滅されるのは俺の方だ。親友を信じないなんて、親友失格だな」
「そうね…動揺していたとはいえ事実確認もせず、私たちは貴方を責めてしまった…。
ごめんなさいルーク。今思えば貴方を騙したのは私の兄、私は貴方を庇い謝らなければならなかったのに…本当にごめんなさい」
ジェイドの説明の後、ナタリア、ガイ、ティアが次々に謝罪を口にする。
ルークは突然の謝罪大会に頭が着いていかず、ぽかんとしてそれを聞いていたのだが、すぐに我に返って良いから頭を上げろよ!と顔を赤くしながら怒鳴った。
「ルーク、僕が謝ろうとしている理由、解っていただけましたか?」
「うん、解った。けどもう謝ってくれたんだから、もう謝罪は無しな!
友達ってそういうもんだろ?」
少し照れくさそうにルークが言い、イオンはやっと笑顔を見せた。
そのことにアニスを除いたメンバーがほっと胸を撫で下ろす。
アニスだけは、目の前で展開される現実についていけないままでいた。
こんな展開は知らない。こんな過去は、自分の記憶には存在しない。
そう思うものの、仲直りをした全員の視線がアニスへと向けられる。
「さてアニス。貴方は自分のせいじゃない。崩落するだなんて知らなかった。そう告げたルークに最低、と言っていましたね。
なら、知らなかった、そんなつもりじゃなかったなどという言い訳はもう使わないで下さいね。
使えない原因は貴方の言動ですから」
自分を押さえつけるジェイドの腕に力が込められ、アニスは息苦しさを覚えて呻き声をもらす。
しかしそれでもアニスの心の中には言い訳が渦巻いていた。
「でも!パパとママを人質に取られてたの!イオン様を騙すのだってずっと辛くて…!」
「嘘をつかないで貰えますか。
人質に取られていたのなら以前イオン様が軟禁されたとき、何故脱出させるのに協力したのですか。
軟禁していたのはモースです。イオン様を脱出させるのはモースに対する明確な裏切りでしょう。
しかし貴方はその後もモースに情報提供を続けている。
それに貴方は旅の間ずっとイオン様を蔑ろにしていた。
騙すのが辛いなどといわれても信じられませんね」
ジェイドに言い訳を切り捨てられ、アニスは絶望を覚えた。
同時に自分が裏切っていたという事実を指摘されようやく気付く。
もしや両親はモースに何かされたのでは、そう思うと身体が震え始める。
誰か助けてくれないかと無意識のうちに視線をさ迷わせれば、困ったような顔をしているルークが目に入った。
レプリカであるルークが許され、人間である自分が許されない。
現実逃避のようにその事実に嫌悪感が湧き上がり、アニスは感情のままに言葉を吐き出した。
「何で!?何で!?レプリカなんて人間もどきじゃん!
何でルークが許されて私が許されないわけ!?
ぁぐっ!」
ジェイドが肺を圧迫し、無理矢理アニスの口を閉じさせる。
アニスの言葉に顔を青くするイオン、そしてそれを支えるルーク。
アニスは縋るようにイオンを見上げたが、先程よりも強い嫌悪の視線で射抜かれ、びくりと身体を震わせる。
「ジェイド…改革派の教団員にアニスを引き渡し、バチカルに向かいましょう。
戦争をとめなければ」
「えぇ。できればアニスはマルクトに引き渡していただきたいのですが」
「勿論です。今人を使って証拠を探させているところです。
証拠が見つかり次第、マルクトへ護送させて頂きます」
「ありがとうございます」
ガイが部屋の隅から見つけたロープをジェイドに渡し、ジェイドがきつくアニスを縛り上げる。
涙をぼろぼろと流しながら床に転がされたアニスにルークが何か言おうとしたが、イオンがそれを遮った。
「ルーク、貴方が庇う必要はありません。行きましょう」
ルークの手を取り、イオンが部屋の出入り口へと歩き出す。
皆それぞれにアニスを一瞥した後、そのまま何も言うことなく背中を向けて部屋を出て行く。
灯りが消され、ドアが閉められ部屋の中が暗闇に包まれた。
何も見えない漆黒の中、仲間に見捨てられたアニスは静かに絶望した。
「嘘、こんなこと、ありえない、なんで、どうして…嘘だ、夢だよ、こんなの…」
壊れた蓄音機のように繰り返し、アニスはひたすらに涙を流す。
これは夢だ、必死に自分に言い聞かせるアニスに救いの手は差し伸べられない。
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