ティア編


気付けばティアはバチカルの港に立っていた。
周囲に居るのはジェイド、イオン、アニス、ガイ、そしてルーク。
背後には何故かマルクト兵が数人居る。

目の前ではゴールドバーク将軍と、セシル少将が鮮やかな赤い軍服に身を包みルークにねぎらいの言葉をかけている。
ティアはルークをバチカルに送り届ける時と同じだとぼんやりと思い、昔と同じようにガイが自己紹介をした後その時と同じように自己紹介をした。

「ローレライ教団神託の盾騎士団情報部第一小隊所属ティア・グランツ響長であります」

途端、ゴールドバークとセシルの顔が憎々しげに歪む。
ティアが何故そんな顔をされるのかとムッとするのと同時に、ゴールドバークの声が港に響いた。

「よくもおめおめと顔を出せたものだな…公爵家を襲撃した罪人だ、捕らえろ!!」

鎧の擦れる音を響かせながら現れた幾人ものキムラスカ兵にジェイドたちが目を見開く。
屈強な兵士に囲まれたティアは咄嗟にナイフを取り出そうとしたものの、それさえ叶えられることなく縛り上げられ地面に転がされる。

「ゴールドバーク将軍、これは一体…」

「導師イオン、御前をお騒がせしてしまい申し訳ございません。彼女は以前ファブレ公爵家に眠りの譜歌を用いて侵入し、此処におられるルーク様と擬似超振動を起こして誘拐した張本人なのです」

微かに震える声で問いかけたイオンに、ゴールドバークは深々と頭を下げて答えた。
ゴールドバークに告げられた内容にイオンは息を呑み、ジェイドとアニスは目を見開いている。
その間ルークはセシル少将に何かを耳打ちされていたようだったが、全てを聞き終わったらしいルークは親の敵でも見るようにティアを睨みつけた。

「私が狙ったのはヴァンだけよ!事実こうしてルークをバチカルに送り届けたじゃない!」

「ふざけんな!お前、危害を加えるつもりは無いとか言っときながら、あれは嘘だったんだな!」

「なっ、私がいつ貴方に危害を加えたというの!」

ティアが自分を助けないどころか怒鳴りつけるルークを睨みつけるが、イオンを始めとした旅の仲間達はは信じられないものを見るような目でティアを見下ろしていた。

「何言ってんの、ティア…眠りの譜歌は攻撃譜歌だよ。思い切り危害加えてんじゃん」

「一般人に対し譜歌を用いて強制的に眠らせることは傷害罪に当たります。情報部に所属しているのならばそれ位はご存知の筈でしょう。まさか貴方がそんな罪を犯していたとは…」

アニスが嫌悪一歩手前の表情で呟き、ジェイドが苦々しい顔で答えてから、敬礼を取ってゴールドバークへと向き直る。

「ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ございません。マルクト帝国軍第三師団師団長ジェイド・カーティス大佐です。陛下の名代として参りました」

「貴公があのジェイド・カーティス…!」

「道中誘拐されたルーク様を保護し、こうしてご同行して頂くことと相成りました。
途中妨害に合い、一時とは言えどルーク様の御身を危険に晒してしまったこと、また取調べの時間が取れなかったとはいえ、誘拐犯を拘束していないこと、深くお詫び申し上げます。
こうして同行している以上信じていただけないとは思いますが、今回の誘拐劇とマルクトが一切無関係であることを此処に明言させて頂きます」

ジェイドが軽く頭を下げる。
深く頭を下げないのは、名代という形で僅かであろうと皇帝の権限を持たされているからだろう。
例えマルクトに非があろうと此処で深々と頭を下げてしまってはマルクトがキムラスカに頭を下げたことと同異議なのだから。
ルークも眉間に皺を寄せてはいるものの、ジェイドの言葉に追従する。

「ジェイドの言ってることは本当だぜ。
最初は連行されたけどそれは機密がたくさんある戦艦に俺たちを入れるためだったって後で謝罪されたし、それ以降は忙しいのにずっと俺のことを気にかけてくれてた。
ティアのことだって聞く時間が無かったくらい、ジェイドはずっと動いてたんだ。

けど何回も俺のところに来て何か不足なものが無いかとか、酔ったりしてないかとか言ってくれてさ。
タルタロスの中を見学したいって我が侭言った時も聞いてくれて、妨害にあった時もイオンと一緒に真っ先に逃がしてくれたんだ。

それからセントビナーに着くまで、ティアはずっと俺に剣を持ってるなら闘えって言ってたけどジェイドは闘う必要は無いって言って、俺のせいで封印術喰らったのに護衛してくれた。
セントビナーで護衛の兵を補充した時も、危険な目にあわせて申し訳なかったって凄い謝ってくれたんだぜ!」

「嘘つかないで!貴方自分で闘うって言ったじゃない!」

「そうでしたか…ルーク様のお言葉、確かに陛下にお伝えいたしましょう」

ティアの主張を無視したゴールドバークの言葉にルークは深く頷くと、今度はイオンに向き直る。
イオンはティアの一件のせいか幾分か顔を青くしていたが、ルークに名前を呼ばれて顔を上げた。

「イオン、悪い…本当は叔父上のとこまで連れてってやりたかったんだけど、母上が倒れたらしいんだ」

「え…?あ、まさか、ティアの…!」

ルークの言葉に最悪の事態を想像したイオンは青い顔を今度は白くさせる。
アニスが気遣わしげにイオンを見ていたが、口を挟むことができずいつ倒れても良いようにそっと一歩だけ近づく。
ルークはアニスの様子に気付くことなく、強張った顔で説明を続けた。

「あぁ、元々身体の弱い人だからダメージも人一倍だったらしい。王城まではセシル少将が案内してくれるから」

「構いません。こうして取次ぎをしてくださっただけでも充分です。早くお母様にお顔を見せてあげてください」

「あぁ、本当に悪いな。埋め合わせにもならないけど、後で家に招待するから都合がついたら来てくれよ。
ジェイド、そういう訳だから悪いが俺は先に行かせて貰う。後で個人的に父上と叔父上に手紙を送っておくから」

「度重なるご配慮、ありがとうございます。ルーク様の母上が一日でも早く回復されるよう、願っております」

「さんきゅ。ガイ、行くぞ」

「あ、はい」

「ちょっとルーク、貴方は私が送り届けると言ったでしょう!私の話を聞いてなかったの!?」

ガイを引き連れ、ティアを無視したルークは幾人かの護衛に囲まれて急ぎ足でバチカルの町並みへと消えていった。
ルークにまで存在が無いように扱われたティアは信じられないものを見るようにルークの消えていった方向を見つめている。

ジェイドがルークに対してへりくだり、ルークは自分を置いて去って行く。
それは今までに無かったことであり、ティアにとってはありえないことだ。
目の前の現実が受け入れられず、ティアは縋るようにイオンを見上げる。

ティアの視線を受けたイオンは音叉の杖をきゅっと握り締めると、ゴールドバークに向かってこれ以降ティアがどんな扱いを受けようと教団は関与しないと宣言した。
ティアが信じられずに目を見開こうとイオンはそれを撤回することない。

「これは…こんなこと、ありえないわ!何故私が捕まらなければならないの!」

「ふざけるな!貴様のせいでどれ程の被害が出たと思っている!己の罪すら自覚できぬ罪人風情が口を開くな!」

セシル少将に一喝され、その怒気に気おされてティアは一瞬だけひるんだ。
しかし自分は間違っていないという思いと、ルークが自分を庇わず行ってしまったという事実に対する怒りに再度口を開く。

「擬似超振動が起きてしまったのは事故よ!私だけのせいじゃないわ!
それに眠りの譜歌だって、眠らせるだけのつもりだったのよ!危害を加える気なんて、ぅぐっ!」

「もう黙らせろ」

ティアの言葉は腹に蹴りを入れられる事で遮られ、ゴールドバークの命令によってキムラスカ兵達はティアに猿轡をかけようとした。
その時丁度ケセドニアからの第二便が到着し、キムラスカ兵と神託の盾兵を引き連れたヴァンが船から下りてくる。
敵対していたという事実も忘れ、かつての頼もしい兄に縋るように、今のこの現状から逃れるようにティアはもがいてヴァンに向かって声をかけた。

「兄さん!助けて!」

「ティア…。導師イオン、妹は…」

「既にキムラスカに引き渡しました。これ以降ティア・グランツがどのような扱いを受けようとダアトは一切関与いたしません」

「……それが宜しいでしょう。
ゴールドバーク将軍とお見受けします。
私は神託の盾騎士団主席総長ヴァン・グランツ謡将、我が配下の兵がキムラスカに多大な損害を齎したこと深くお詫び申し上げます。
私も兄として、そして上官としてまたキムラスカからどのような沙汰を渡されようと甘んじて受け入れるつもりです。
ですから一般の教団兵だけは…」

「それを判断されるのは国王陛下です。しかしグランツ謡将が深く謝罪の念を覚えていることは、陛下にお伝えしておきましょう」

「ありがとうございます…」

深々と頭を下げるヴァンに、猿轡をかけられたティアは言葉を失った。
抗いがたい絶望がティアの心に襲い掛かる。
ヴァンは一度もティアを見ることなく、それどころか懇願を無視してゴールドバークと話している。
それはヴァンに甘やかされてきたティアにとって受け入れがたい事実であり、信じられないことだった。

ティアの心に、次々と罅が入っていく。

ルークから憎しみを込めた視線をぶつけられ、イオンもヴァンも自分を助けてくれない。
アニスやセシル少将は、侮蔑の表情を浮かべて自分を見下ろす。

信じられない、信じがたい場面が続いたからだろうか。
ティアはそれ以降のことを、まるで芝居か劇でも見ているような、どこか遠くの事で起きているような気持ちで見ていた。
牢屋に入れられても、死刑を言い渡されても、まるで他人事のように。

誰も自分を見てくれない。助けてくれない。
ルークも、イオンも、ジェイドも、兄であるヴァンも。
その事実に耐え切れず、ティアの脆い心は現実を受け入れることを拒否していた。

だから死刑台に上る時も、ふわふわとまるで雲の上を歩いているような心持だった。
この先にあるのが終わりであると解っていても、それが自分の身に起きることだと理解できない。

そんな中、鮮やかな赤い髪が見えた。
明るい翡翠の瞳を細くさせながら、ぼうとしているティアを遠くから見下ろしている。
その瞳に既に憎悪はなく、ティアは僅かに意識を浮上させる。

「るー…く…」

それがかつて旅を共にした仲間だと脳が理解した時、ティアは咄嗟に助けを求めるために近づこうとして兵達に阻まれる。
ルークはそれを鬱陶しそうに見ていて、不機嫌そうに口を開いた。

「大人しく刑を受け入れるってことは反省してるかと思ったけど…その様子だと違うみたいだな。少しは良いところもあると思ったオレが馬鹿だった」

その言葉に自分を助けにきてくれた訳ではないと悟り、僅かに残っていたティアの心は粉々に砕け散る。

壇上に上げられ、首に縄のかかる感触。
それが何を齎すか解らないまま、ティアはその瞬間を迎える。
ティアの心は最後まで現実を受け入れることができなかった。

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