ドーナツホール(ドーナツホール08)
シンクはそのままルビアを抱き上げ、ぎょっとしたルビアを無視してルーク達の元へと歩み始める。
「ちょ、ちょっとシンク!降ろして!」
「落として欲しいの?」
「ぅぎゃ!か、階段は卑怯だよ!?」
「じゃあ大人しく抱かれてなよ」
「だって恥ずかしいから…!」
「僕と離れてる間散々あいつ等と居たのに、僕が抱き上げるのは駄目なわけ?」
「ぇ?いや、そうじゃなくて…っ!」
歩きながらされる会話はどう見てもバカップルだ。
シンクの表情もイオンのような微笑ではないものの、やはり笑みに分類されるものではあるのだし。
一気に軟化した空気にナタリアはまぁ、と声をあげ、ティアはホッとしたように息を漏らす。
「なんか俺達忘れられてね?」
「まぁ、闘わずに済むならそれで良いんじゃないか?」
ルークとガイがそう漏らしたのも、無理のない話しだろう。
「レプリカ」
「なんだよ」
歩み寄ってきたシンクがルークにそう声をかける。
ルビアは恥ずかしそうに降ろしてといっているが、シンクはそれを聞き入れるつもりはないらしい。
「……行きなよ。ヴァンはこの奥にいる」
「ルビアも一応此方の戦力なんですがねぇ」
ルークを促すシンクに、ジェイドが茶々を入れるようにそう呟いた。
もうシンクに敵意がないことを解っているからだろう。
「そうだよシンク!私も行くから!」
しかしそういったルビアに、シンクは底冷えした視線を向けた。
その視線は絶対に許さないと言っている。
「寿命を縮めてまで、闘いたいわけ?」
「…………でも、」
「反論は許さない。ルビィは僕が連れて脱出させる、さっさと行きな」
「ちょっと待った、寿命を縮めてまで、ってどういうことだ?」
ルビアの反論を切り捨てたシンクの言葉に、ルークが口を挟んだ。
夫婦喧嘩は犬も食わないというが、どうやらルークだけは別らしい。
シンクは少し迷った後、ルークではなくジェイドに向かって説明を始めた。
「ルビィの身体は、瞳以外のフォンスロット全てに譜陣を刻まれてる…アンタの譜眼を元にしたヴァンの研究の一環で刻まれたんだよ」
「……どおりで」
「だから守護役に戻ったって聞いたあと、わざわざセブンスに戦わせるなって手紙まで送ったのに…」
そう言ってシンクはルビアを睨んだ。
後ろめたいのか、ルビアはさっと視線をそらすものの、すぐにちらりとシンクを見る。
「……駄目?」
「駄目」
「どうしても?」
「どうしても」
「でも…」
「襲うよ?」
「う、受けて立つよ!?」
「良いの?肌を晒すことになるのはルビアだけだけど」
「私が悪うございました!」
ダアトの最高指導者が恐れるルビアも、シンクにだけは敵わないらしい。
そのやり取りに内心苦笑しながら、ジェイドは全員に説明をする。
「私の瞳が譜眼で、それが禁術扱いなのはご存知ですね?
フォンスロットに譜を刻むというのはそれだけ危険なことであり、人体に影響を及ぼします。
ルビアは瞳以外のフォンスロット全てに譜を刻んでいるため驚異的な力を有しますが、その分身体にかかる負担が大きく、それは寿命を縮めかねない。
故にシンクは戦わせたくないと、そう言っているのですよ」
ひゅっと息を呑む音が聞こえた。
絶句する彼等と、ばれてしまったと嘆息するルビアに、無言でルビアを睨み続けるシンク。
きっとルーク達の脳裏では今までのルビアの戦闘風景が走馬灯のように駆け巡っているに違いない。
「ルビアは僕が連れて行く」
そんな彼等を現実に引き戻すように、シンクは再度宣言した。
最早反対する人間は誰も居らず、ルークがそれに頷いて答える。
「途中まで送ってこうか?」
「いらないよ、転移譜陣が近くにあるからね。それでダアトまで飛ぶ」
「そんなものが…」
「でなきゃあんな大量の神託の盾兵を連れてこれるわけないだろ」
シンクの言葉に納得しつつ、それならばと手持ちのホーリーボトルを渡すルーク。
シンクもシンクでそれを受け取りながら、降ろしてもらった途端女性陣から囲まれたルビアを見て穏やかな笑みを浮かべていた。
「…一つ聞いても良いか?」
「何さ」
ナタリアに叱られているルビアを見たまま、ルークがシンクに話しかける。
シンクもルビアから視線を外さないまま答えた。
「何で自分のこと忘れさせたんだ?」
「……ルビアに死んで欲しくなかったから」
「どういうことだ?」
「…ルビアは、ヴァンの実験体であると同時に生まれたばかりの僕の教育係だった。
ずっと一緒に居たんだ。僕が死ぬつもりだって言えば、僕と一緒に来ることぐらい解ってた。
だから…忘れさせたんだよ。
解る?僕はルビアより預言への憎しみを取ったのさ。
それなのに今になってルビアの手を取るなんて、ホント……」
自嘲する笑みを浮かべたシンクはそこで言葉を途切れさせた。
強く拳を握り締め、微かに手袋が軋む音がする。
ルークはシンクへと視線を移すと、そのまま笑みを浮かべた。
「なんか…羨ましいな」
「……アンタ頭まで劣化してんの?僕の話聞いてた?」
ルークの呟きにシンクが呆れたような顔を向け、辛辣な毒を吐く。
ルークはおい!と怒るものの、すぐに怒りを霧散させてぽつぽつと語る。
「俺が言ってるのは、そこまで愛せる人に出会えたシンクやルビアが羨ましいってこと。
ルビアは一緒に死ねるくらいシンクのこと愛してて、シンクも一度決めたことを曲げるくらいルビアを愛してるってことだろ?
多分、被験者でもそこまで愛せる人を見つけるって難しいと思うんだ……だから、羨ましい」
「……自分で言ってて恥ずかしくない?」
「実はちょっと恥ずい」
シンクの突っ込みにルークは素直に答えた。
お互いに顔を見合わせ、どちらからともなく笑い出す。
向き合ったまま笑っていると、女性陣から逃げてきたらしいルビアがシンクに歩み寄ってきた。
「何笑ってるの?」
「別に!それより話が終わったならそろそろ行くよ」
「? うん」
幾分かすっきりした顔のシンクにルビアは首を傾げるものの、素直に頷いた。
そのまま無事帰って来るよう皆に念を押して、ルーク達が最奥部に向かうのを見送る。
シンクはルビアの手をそっと握り締めたまま、その背中が見えなくなるまで見送っていた。
「…………ルビィ」
「なに?」
「……僕、これからどうすれば良いかな」
「シンク…」
世界を敵に回した六神将の一人。
此処から出たとしても、何の咎めもなく済むはずがない。
そしてそれが解らないほど、シンクもルビアも馬鹿ではない。
しかしそんなシンクを奮い立たせるように、ルビアは微笑んだ。
握り締めていた手を一度解くと、今度は指を絡める。
「どんなことになろうと、私はシンクの傍に居るよ。もう離れる気はないんだから」
「……ありがとう」
微かに震えていた冷たい手が、ルビアの体温で温められる。
礼を口にしたシンクの顔は、とても穏やかなものだった。
ルビア達が脱出したその後、彼等は無事ヴァンを討伐したようでエルドラントは崩壊した。
しかし帰還したメンバーの中にルークの姿はなかった。
そして更に二年後。
夜のタタル渓谷に集まった英雄たちと若き導師の傍らには、仲睦まじく寄り添いあう二人の姿があったと言う。
ドーナツホール
ずっと書きたかったドーナツホールです。
やっと書き上げれた…。
シンクは結局罰を受けました。
しかし生まれて二年であることと、ジェイドやイオンの尽力、ダアトの人員不足などの大人の事情が絡まり、生涯教団に身を捧げる事で決着がついたと言う落ちです。
ルビアは退団こそしましたが、教団はやめることなくイオンを支えていくでしょう。
あとがきで語るなって話ですね。
作詞・作曲:ハチ
唄:GUMI
"ドーナツホール"より。
前へ | 次へ
ALICE+