愛に殉ずる聖焔の話(七)


「で、貴様はぼうっと突っ立っているだけか」

ルークに自分のしでかしたことの不味さを突きつけられたジェイドは、ルークのその言葉で我に返った。
そして戸惑うことなくその場で土下座し、部屋の隅に立っていた兵士も合わせて土下座する。
アニスとイオンが驚いていたようだったが、そこはスルーだ。

身分というものを理解せず、ルークに対し非常に無礼であったこと。
それらは全て己が愚かなだけであり、決してマルクトの総意ではないこと。
喜んで首を差し出すので、怒りを納めて欲しいことを流暢な敬語で告げる。

「なんだ、使おうと思えば使えるじゃないか、敬語」

暗に今までのは敬語ではなかったと言われたジェイドだったが、床に額をこすりつけ謝罪を重ねるだけだ。
ルークはそこでようやく怒気を霧散させ、さてどうしたものかとジェイドたちを見下ろしていた。
そしてルークが怒気を引っ込めた事で復活した、空気の読めない女が一人。

「ルーク、大佐がこんなに頭を下げてるんだから、許してあげても…」

「…ジェイド・カーティス大佐」

「はっ」

「貴様の仕出かした事は非常に許し難く、また本来ならば貴様の首一つで済むことではない」

「…存じております」

「だが私とて貴族の端くれ、戦争となり一番に被害を被るのは民であると理解している。
私が原因となり民が苦しむのは心苦しい。
故に条件次第では、ココでのやり取りは今から行われたもののみであるということにしても良い」

条件次第では水に流してやっても良い。
そう言われたことにジェイドは咄嗟に顔を上げ、あわてて顔を下げる。
それを見たルークが顔を上げろと言って、隣に座っているティアを指差した。

「まず一つ目。コレは私の家に譜歌を用いて侵入してきた襲撃犯だ。
私は母上を寝室へとお連れする最中にコレと擬似超振動を起こしてしまった。
公爵家襲撃犯にして公爵子息誘拐犯、真の不法入国者になる訳だ。
すまないが、牢の一室に閉じ込めておいて欲しい」

「な…っ!私は貴方を巻き込むつもりは!」

「畏まりました。お気づきできず、真に申し訳ありません」

敬礼をしたジェイドが兵士に言ってティアを取り押さえさせ、連行させる。
ティアは何か喚いていたが、ジェイドもルークもそれを無視した。
ティアが神託の盾兵であり何をしでかしたか知ったイオンは青を通り越して白い顔でふらついている。

「る、ルーク…彼女のしでかしたことは、決して教団の総意では…ダアトの人間は、」

アニスに支えられ、涙目になりながらふるふると首を振るイオン。
ルークはそれを見て小さく微笑みを浮かべると、先程とは打って変わった優しい声音でイオンへと話しかけた。

「解ってるさ、イオン。だがアイツは間違いなく神託の盾の軍服を纏い俺の屋敷を襲撃した。
この事実は変わらない。多分自分がしでかしたことがどう取られるかわかっていない馬鹿なんだろうってのも今解った。俺からも父上に何かしら進言してみよう」

まあティアが救いようがないことは、ルークにとっては今更の事実だったが。
ルークの言葉にイオンがホッとするのを見届けた後、ジェイドが硬い態度を崩さないまま宜しいでしょうかとルークに話しかける。
アニスはジェイドの変わりように驚いているようだが、ルークは驚きなど欠片も見当たらない。
以前の生の際、ジェイドだけは最期の最後で己の罪を自覚した唯一の存在だった。
故に理解さえすれば見違えるだろうと言うのがルークの思惑だったのだが、どうやらそれは正解だったようだ。

「部屋を用意させますので、準備ができ次第ルーク様はそちらに移動していただければと。
イオン様も顔色が悪い様子、案内をつけますのでどうぞお部屋へ。
それとあの襲撃犯はキムラスカに引き渡すという事でよろしいですか?」

「俺はそれで構わない」

「あの…僕はルークとお話をしたいです」

「そうか?まぁ部屋が用意できるまで時間があるだろうし、それくらいなら良いか」

「ではそのように。イオン様、せめてコチラにお掛けください」

ジェイドに促され、イオンはやっと椅子へと腰掛ける。
そしてジェイドの指示により兵士達が茶菓子と紅茶を運んできたかと思うと、ジェイドが部屋の隅にたって直々に警備を始めた。
それを見てようやく軍人らしくなってきたなぁとルークは笑みを浮かべる。
前回に比べ、実に良い成長振りではないかと。

そうしてイオンと談笑を始めたルークだったが、やがて話題はアクゼリュスの話になった。
そのための和平だと聞き、ルークはそれに考え込むふりをする。
それは既に解っていたし、そもそも水に流す条件としてこの和平を利用する気満々だったのだ。

「ならこの戦艦でキムラスカに向かってるのは…」

「はい。タルタロスは一番収容人数が多い艦ですから。物資や薬品なども多く積み込めますし」

「成る程な。ジェイド」

「はっ」

「先程俺は言ったな。条件次第では。と」

「はい」

「その和平に関し、キムラスカに有利な条約を結ばせてもらおう。それを条件としよう」

「良いんですか!?」

「ただし、ジェイドが軍人として和平の使者としてきちんとこなせたら、だがな」

カップを傾けながら言ったルークの言葉にイオンが立ち上がり、ジェイドも目を見開いた。
そして深々と頭を下げたかと思うと、ルークに対して感謝の意を述べる。

「バチカルまで誠心誠意を持ちまして護衛をさせて頂きます」

「期待しておこうか。タルタロスには通信機器は付いているな?
セントビナー、グランコクマ、ケセドニア、バチカルに俺の無事と送り届ける旨を伝えておけ」

「畏まりました」

こうしてジェイドとの同行を決めたルーク。
神託の盾騎士団によるタルタロス襲撃や鮮血のアッシュによるカイツール軍港襲撃なども起きたが、タルタロスはジェイドの指揮とルークの助言により第三師団の活躍により死者は少数。
タルタロスを奪われることも無く国境線まで辿り着き、以前と違い格段と待遇のよくなった道中に安堵しつつ、ルークはバチカルへと帰還することとなる。



そうして辿り着いたバチカル城。
ルークを迎えたのは、若草色のドレスがよく映える銀色の髪とグレイの瞳をしたおっとりとした娘。

「……ルビィ?」

「ルーク・フォン・ファブレ様ですね?まずはご無事のご帰還、お喜び申し上げます。
お初お目にかかります、ルビア・ガーネットと申します。
此度はマルクトより和平の使者をお連れとの事、お疲れとは存じますが…っきゃ!?」

「ルビィ!会いたかった…っ!」

ルビアの口上の最中でありながら、堪えの効かなかったルークは人前であるにも関わらずルビアを思い切り抱きしめる。
夢にまで見た妻との再会にルークは泣きそうになっていて、ルビアもまた目尻に涙を溜めながらルークの背中にそっと手を回した。
周囲もルークのらしくない突然の行動に何事かと目を見開いているが、二人が何よりも思いあっているのが見て取れて口をつぐんだ。

「ルーク様…まずは謁見を」

「うん、解ってる…解ってるけど…」

「ルーク様、私はここに居りますわ。どこにも行ったりなど致しません。まずは義務をまっとうなさいませ」

「……解ったよ」

「ではまずはお召し替えを。使者の方々ですね?大変失礼致しました。
ルーク様の鳩により謁見の許可は出ております。控え室の方でお待ちくださいませ」

ルークから離れたルビアが深々と頭を下げ、近くに居たメイドにイオン達を控え室へ案内するよう告げる。
そして城の一室でルークの着替えの間、ルークはルビアから自分が姿を消していた間のことを聞くことになった。
勿論、ルークの着替えはメイドが手伝っている。
ルビアがついたての向こう側でソファに座ったまま語るだけだ。

「じゃあ師匠が迎えに来なかったのって…」

「私とシュザンヌ様手ずから尋問させていただきました。
レプリカ大地計画、でしたか?随分とまぁお粗末な計画を立てていたことに失笑が隠し切れませんでしたわ。
それと秘預言を聞いたときにシュザンヌ様が大層お怒りになりまして、繁栄の先がないと知ったインゴベルト陛下とその取り巻きたちは意気消沈しております。
モースが何か吹き込んでいるようですが、今更ですわね」

くすりと笑みを漏らしながら告げられた結構辛辣な言葉に、ルークはそうかと納得するだけだ。
コレならば以前とは随分違う道筋を辿りそうだと思いつつ、着替えを終える。

「俺が死んだ後ももう知ってるんだな?」

「えぇ、最期まで聞き及んでおりますわ。コレでルーク様を鉱山の町へ派遣しようなどとは思わないでしょう。
反預言派の準備は既に完了しております。
予定としては公爵かシュザンヌ様に仮即位していただき、ルーク様の成人と共に王位を継承していただく形になるでしょうが…」

「待て待て待て、いつの間にそんなに手回したんだよ?」

「勿論、コチラに戻ってきてからすぐにですが」

「…やっぱすげぇなルビィは」

メイドを下がらせ、ルークは謁見用の衣装に着替えた状態でルビアの隣に座る。
ルビアはルークに擦り寄ると、ルークは頬を緩めながらその頬にキスを落とす。
その柔らかな肢体を今すぐにでも貪りたいと思うルークだったが、そこはぐっと我慢だ。

「一刻でも早く、ルーク様にお会いしたかったのです」

「俺もだよ。そのために努力してきたんだ」

「存じております。ルーク様の研鑽ぶりは私の耳にも届いておりました。
ルーク様がお姿を消してからは逸る気を抑えるのが大変でしたわ」

ルークのキスを一身に受けながら報告を口にするルビア。
やがて時間が来てしまい、ルークは渋々ながらも謁見の前へと向かうために席を立つ。

「じゃあ、行ってくる」

「はい。行ってらっしゃいませ」

優雅にドレスの裾を摘んでドレープさせ、ルビアはそれを見送った。


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