参謀総長のご飯事情(お惣菜屋〜一挙一動〜そのに)


「さて、と」

仕事も終わり、ぐっと伸びをするだけで気持ちが良いと感じるほど全身がガチガチだった。
全く事務仕事はどうしてこうも体を硬くするのか。面倒なことこの上ない。
馬鹿なことを言っていた副官に終業を告げ、仕事を片付けた僕はお弁当を持ってきていた袋を片手にさっさと執務室をあとにする。
副官は仕事が終わりきっていないらしく、残業らしいが知ったことか。

男性更衣室へと向かい、さっさと私服に着替えてから斜めがけのバッグに空の容器が詰め込まれたナプキンを放り込む。
時折お疲れ様ですと声をかけられるのに手を上げて答えながら、さっさと神託の盾本部をあとにした。

「確か……鶏肉がもう終わってたな」

冷蔵庫の中身を思い浮かべながら向かうのは中央通にある商店街だ。
朝市の方が新鮮な野菜が手に入るのだが、毎回行ける訳ではないし肉類や調味料などは商店街で十分手に入る。
頭の中で必要な食材をピックアップした僕はさっさと各店を回ってお目当ての商品をゲットした後、いつもの通り『一挙一動』へと足を運んでいた。

「いらっしゃいませー」

いつものように軽快な声で出迎えられ、袋を持ち直しながら僕は店内をぐるりと見渡した。
相変わらず山のように盛られていたであろう料理の陰があちこちにある。中には最早底をつきかけている皿もあった。

「今日も繁盛してるみたいだね」
「お陰さまで騎士団の方々にはご贔屓にしてもらってます」
「ふぅん、今日のお勧めは?」
「良いかぼちゃがごろごろ入ってきたのでマッシュしたサラダとかぼちゃのてんぷらでしょうか、それとクッキーにもいくつか使ってます」
「肉類は?」
「昨日良いのが仕入れられなくて……ああ、でも唐揚げで濃厚チーズ味と、さっぱり梅肉ソースがけを試売で少し入れてます。
常連の方々はいくつか買ってかれましたよ」

ふむ、と一人ごちてから「解った」と告げ、早速鞄の中から空の容器を取り出した。

「コレに入れたいんだけど」
「いつものですね。はい、了解です」

許可を取ってから早速お勧めされたかぼちゃのサラダを取っていく。
時折かぼちゃの種らしきものが混じっていて、説明文をよくよく呼んでみるとカラッと揚げた種を混ぜ込み、食感のアクセントとしているらしい。
ごくりと喉が鳴った。いつも捨ててるかぼちゃの種を食べるだと?やるな。レシピ調べて僕もやってみよう。
店の奥にあるお菓子コーナーからかぼちゃのクッキーを取るべきかちょっとだけ悩み……今日はやめておくことにした。
家の冷蔵庫の中に余った果物を詰め込んで作ったフルーツミックスのアイスがあることを思い出したからだ。

「?」

今日はサラダと唐揚げだけにしておこう。そう決めてレジに行ったのに、何故か店員の女性がいない。
きょろきょろと見渡しても姿が見当たらず、のれんのかかった奥の方を覗いてみれば何やらもぞもぞ動いているのが見える。

「ねぇ、お金払いたいんだけど」

じゅわああぁあ、と僕の声を掻き消すほど大きく聞こえてくる揚げ物の音にごくりと喉が鳴った。
いやいや、それどころじゃない。
なんだっけ。そう言えば今日副官から名前を教わった気がする。えっと、確か。

「ちょっと、ルビア?」
「うぁっ! は、はい!?」
「会計と注文したいんだけど」

慌てて飛び出してきたルビアは目を白黒させていた。何故そんな顔をされるか解らない。
そしてすみません、とぺこぺこと頭を下げて謝ってくる。

「あの、注文ですよね。もしかしてもしかすると唐揚げ注文されたりします?」
「もしかしなくてもチーズと梅肉三つずつ頼むつもりだったけどそれが何?」
「あはは、ですよねー。実は今父が新しいの揚げてるんです。騎士様はいつもお勧めを買って下さいますから父を急かしてたんですが間に合わなくて……もう二〜三分で揚げたてをお渡しできるんですが、どうします?」
「待つ」
「ありがとうございます」

即答した僕に深々と頭を下げるルビア。
揚げたてを食べられるなら二〜三分待つなんて些細なことであった。

「じゃあ先にサラダ量っちゃってもいいですか?」
「ああ、そのほうが効率はいいね。宜しく」

レジの前に立った僕からかぼちゃのサラダの入った容器を受け取り、容器の分だけ目盛りをマイナス方面に動かしてから、サラダの重さを量り始める。
此処は基本量り売りだ。ショーケースに入っている単品もの以外は、百グラム何円〜と言う風に表記がされている。
そして僕のように容器を持ち込むと三ガルドまけてくれると知って以来、僕は必ず弁当箱代わりにしている容器を持ち込んでいる。
毎日のように容器を持ち込むものだから、ルビアは僕の容器の重さを覚えてしまったようだ。

「はい。ありがとうございます。カボチャのサラダに、唐揚げをそれぞれ三つずつ、そこかられぞれの容器代を差し引かせていただきまして……514ガルドになります」
「514ガルドね」

財布を取り出し、さっさとお会計を済ませる。
しかしお互いもう慣れたもので、会計をしながらも口ではお喋りに興じていた。

「ところで騎士様、私名前教えましたっけ?」
「いや?副官が言ってたから知っただけ」
「ですよねぇ?突然名前呼ばれてびっくりしました」
「店に客が居るってのにあんたが姿消したからいけないんだろ。まあ揚げたて貰えるから許すけど」
「あはは、ありがとうございます。ところで、その、騎士様のお名前って聞いても平気ですか??」

少し照れたように、恐る恐る聞かれて少しだけ考えた。
こっちは知っているのに相手は知らないと言うのも不公平だろう。それに別に隠しているわけでもない。
なのであっさりと口を開く。

「シンク。シンクだよ」
「シンクさま、ですね。えへへ、ありがとうございます」
「どういたしまして??」

何故お礼を言われるか解らないものの、何やら嬉しそうなので素直に受け取っておく。
ついでにお釣りも受け取っておくと、奥のほうからできたぞーと野太い声が響いたためにルビアは慌てて僕に頭を下げ、奥のほうへと引っ込んでいった。
よく解らない。解らないが、揚げたての唐揚げがとても楽しみなので、まあいいかと横にぶん投げておくことにする。
唐揚げは正義だ。と一人納得しながら、僕は唐揚げを入れるための新しい容器を鞄の中から引っ張り出すのだった。


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