この褪せりを愛せたら

 私は祓魔師の中でも少し変わった存在だ。大抵の祓魔師を目指す者は志望称号で一番に掲げるのは攻撃可能なものだ。私は五つの称号の中で唯一攻撃手段を持たない医工騎士の称号を第一に取った。
 当時の講師たちからはそれだけでは戦場には出られないと酷くねちっこい説得を長期間された。それに、器用なんだからどの称号でもお前なら取れるだろう、と。確かに勉強もできるし、身体能力は然程でも体の使い方が上手い私なら詠唱騎士も、騎士も、竜騎士も、おまけに手騎士も取れただろう。でもそれらに私の琴線は振れなかった。
 祓魔塾と高校を卒業した私は大学へ進学し、六年もの歳月をかけて医師免許を取った。この六年は私を禿げ散らかすつもりか、というくらい勉強と祓魔師としての任務が重なって死ぬかと思った。
 やがて大学も卒業した私は前線に配属され、本格的に悪魔と敵対するようになる。しばらくして悪魔や医工騎士としての研究がしたくなり転属願を提出。自分のラボを開設することになり、私は研究に没頭した。

 研究に没頭して約一年。この一年で私は医工騎士の権威と呼ばれるくらいに世のためになる成果を発表して来た。が、生活力の無さは自他ともに認めており、研究中心の生活をしていて私はとうとうぶっ倒れた。
 薄暗い研究室の中でコーヒーのおかわりに行こうと椅子から立ち上がった瞬間、ぐらぁっと世界が歪んで、そのまま私は意識を失った。というより眠りについたという方が合っているかもしれない。
 目を覚ましたら天才少年の奥村雪男と最近サタンの落胤として有名になった奥村燐が私を取り囲んでいた。彼のサタンの落胤。是非とも研究したい。そう思って手を伸ばすと、死ぬな!一体誰が!と声を荒げる奥村兄少年。何だか論点がズレているなぁと思いつつ、煩さに思いっきり顔を歪めた。

「うるさい…」
「はっ!?」
「ただの寝不足だし、誰がどうしたって訳じゃないよ」
「…やはりですか……」

 薄暗い研究室で眼鏡をきらりと反射させた奥村弟少年が、心底呆れたようにため息をついた。ちなみに糸の生活力のなさというか研究第一な所は、医工騎士としての名声と同じくらい有名な話である。
 糸はその後奥村弟少年の手によってベッドに送還され、しばらく仮眠を取らされた。その寸前に栄養剤を突っ込まれたことを私は忘れない。詰まりかけたし、殺す気か。起きたら良い匂いがして、奥村兄少年が冷蔵庫の中にあったポテトサラダをアレンジして作ったと言うコロッケと久しぶりに白米を食べた。コロッケ美味。お嫁に来て欲しいくらいの料理の腕だった。

「んで?二人は何でウチに来たワケ?」

 奥村弟少年曰く、辞令が出たとかで私は研究と祓魔塾の講師(担当は選択科目の魔障・応急処置学だ)を平行して行わなければならないらしい。これは日本支部の重鎮 メフィスト・フェレスの決定で了承以外の道はない。
 なんてこった。面倒くさい、何で私がガキ共の面倒を…云々愚痴っていると奥村弟少年にゲンコツを落とされた。真面目一筋三千里な奥村弟少年はキライだ。できたたんこぶに保冷剤を当ててくれる奥村兄少年は天使か、天使なのか。誰だサタンの落胤とか言って処刑しようとした奴。

「とゆーわけで魔障・応急処置学の授業を受け持つことになった上白石糸です。今日はガイダンスってことで軽めにするから、みんなも気楽にいきましょ」
「はいはい!上白石せんせはいくつですか!?独身ですか!?カレシおります!??」
「25歳 独身 彼氏なし ちなみに好みのタイプはこれと言ってないけど年下は論外」
「ジーザス!」

 志摩廉造はお調子者。パーティ内ではムードメーカーで貴重な要因だが、学力は並か並以下 やる気根気勇気はなく、めんどくさがりで冷淡な所も。そして女好き。志望称号は詠唱騎士(向いてない)

「はい」
「はいはーい、何でしょうか神木さん」
「先生の持つ称号は何ですか?」
「医工騎士のみです。基本的に研究が第一なので、あんまり戦闘には参加してません」

 神木出雲はよくある優等生 学級委員長タイプ。真面目でプライドが高く、人をどこか見下ろす節がある。その為かあまり人付き合いが上手くない。志望称号は手騎士。

「先生はどんな研究をなさっているんですか?」
「すっごい簡単に説明すると、魔障とか悪魔によって出来た傷や病気の治療技術とか。あとは治療するに当たって悪魔のことも知らなきゃいけないから、悪魔について調査したりって所ですかね」

 勝呂竜二は見た目よくあるヤンキー。でも根は情に厚く真面目な性格。詠唱を二回聞けば覚えるという天才的な暗記力の持ち主で、成績はクラストップ。志望称号は竜騎士と詠唱騎士。

「すごいなぁ…」

 ぽつりとそうこぼしたのは杜山しえみ。運動能力は低くどんくさく、とてつもない天然。祓魔屋の娘で植物に関する知識は膨大で、緊急時には使い魔の緑男<グリーンマン>から薬草を出し適切な処置を施す。肝が座っている。

「悪魔の研究には僕も興味あります」

 三輪子猫丸。小柄で坊主頭で大きな眼鏡をかけている。知識もあり、冷静な性格。それによって志望称号である詠唱騎士に最も適正のある参謀タイプ。少し臆病であるが、戦うときは戦わなければならない事を理解している。

「まあ聞いた所によると、この中には医工騎士を希望する子が居ないみたいですね。統計的に見ると第一に医工騎士を目指す者は少ないです。ですが、祓魔師全体で医工騎士の称号を持つ者は近年人気の竜騎士に次いで多い。何故ならば、戦闘力のある称号を第一に志望し、サブとして医工騎士を目指す者が多いから。一度戦場に出てから医工騎士の必要性について酷く共感したから」

 糸は唯一静観したままの宝ねむを視界の端に留める。成績は優秀だがチームプレイに関しては壊滅的。常にパペットを所持しており、その実力は未知数。志望称号は手騎士。

「医工騎士は後回しにされがちです。今はそれで良いです。事実、私の講義を受ける者達の大半が既に祓魔師として活躍している子達ですし。で・す・が 君たちが医工騎士の知識を知っていて損をすることは無い。むしろ知るべきである。前線での応急処置がその後の生死を分けると断言して良い」

 糸は手を叩いた。

「よって私は理事長に掛け合い"医工騎士を志望していない者がこの講義を受講する場合、ペーパーテスト免除 出席は私の指定する日程のみ 正規の出席日数の五分の一以上ならば1単位を与える"という特別なルールを設けさせてもらいました。私の指定する日程とは応急処置に分類されるものを授業で扱う時。取得した1単位は、後に医工騎士を目指す際に有効とされ、カリキュラムの一部を省略できます」

 かなりオイシイと思わない?私が珍しくにっこり微笑むと、彼らは一様に頷いた。だって、かなりお得物件だもの。

「君たちが将来医工騎士を取ろうと思った場合でも、思わなかった場合でも、私の講義は実践で活かせる。取るか取らないかは君たちの自由ですけど、どちらが得かなんて考える必要なんて ある?」

 生徒達の回答など既に決まっているも同然だった。

あとがき

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