隣り合っては死に至る

 私は医工騎士として京都出張所に応援に向かうことになった。わざわざ研究所から離れるのは嫌だが、これも任務とあらば仕方ない。

 事の始まりは数日前に深部担当の藤堂三郎太が"不浄王の左目"なるものを盗み出したことから。そして対を成す"右目"は京都出張所の深部にあり、藤堂の協力者がちょっかいを出してその封印を解こうとしたらしい。結果京都出張所の團員の働きにより封印は守られたが、漏れ出した瘴気が蔓延して魔障を受けた者が多いそうだ。
 予想される藤堂の協力者による襲撃の防衛 及び逮捕。そして魔障者の回復が今回の任務である。隊長はヴァチカンから配属されている上一級祓魔師の霧隠シュラ。副隊長は医工騎士の権威 中一級祓魔師であるこの私だ。

「ワクチンはこっちですよーっと」

 それなりの人数の者たちに注射を打つ。ひたすら腕に針を刺し続けて、ニコチンが足りないのに吸えない状況でイラつきが募るばかり。
 やっと終えてみんなのいる車両に向かえば奥村兄少年に怯え戸惑い蔑視する 途轍もなく悪い空気が漂っていた。同級生も彼を遠巻きにして、怖がっているのか憤っているのか チームワークのチの字もないくらいに破綻していた。

「ちょっとシュラ…エクスワイア連れてきたのマズくない?あの子らのお守りしながらとかめんどいんだけど…」
「アタシは知らにゃ〜い。メフィストの指示だしぃ?」
「ってか空気悪ぅ…」

 こそこそ話しているうちから喧嘩が始まり頭が痛くなる。ああ、タバコ吸いたい。シュラも二日酔いに響くらしく、不機嫌面で叱りつける。隣の車両に全員移して、私が呼んだバリヨンを乗せた正座の刑。
 それでもまだ騒ぎを起こして、バリヨン如きにエクスワイアと言えど遅れを取る彼ら。流石のシュラも頭を抱えた。

「あのさ、一応教師らしく説教しようと思うんだけど、君らってそんな死にたがりだったの?大人になればやりたくない仕事だってやらなくちゃいけないし、いけ好かない野郎とだって 生理的に受け付けない野郎とだって一緒に任務に就く。祓魔師になりたいとか言ってんなら、嫌な相手とだって任務だと割り切って馴れ合え。任務に感情は不要」
「せやかて…ッサタンの仔やぞ!?」
「だから?」

 私は切って捨てる。正直私は嫌われる事が多い。人一倍臆病な性格だから前線に出たがらないし、それに向いた称号を取っていない。騎士なんか取った人には特に嫌われる。だって自分が命懸けてるのに私は安全圏に居るから。それに研究熱心と言えば聞こえは良いが、研究第一の考えは理解を得にくかった。
 私は大抵の人間の評価を無関心にしている。ほんの一握りが好きで、好きではないけど嫌いでもない 少し苦手だが認めている そんな"いけ好かない"の部類。そんな私でも嫌いな人間は居て、自分本位な人間と私を嫌う人間は嫌いだ。
 自分本位な人間はチームワークを乱す。よって生存率や成功率が格段に落ちる。私だって任務だから感情を殺しているのに、合わせているのに、ムカつく。そう思う。
 私を嫌う人間に関しては、嫌っている。ああ、はい。そうですか。嫌っている人と無理に馴れ合う事はありません。といった具合に無関心に近いが、敵意のようなものは感じ取って、こちらも発している事だろう。

「ま、しばらくそこで反省してなさい」

 京都について糸一行は迎えのバスに乗り込み、旅館のとらやに案内された。ここは明陀の座主血統 勝呂くんのご実家らしい。とりあえず粗品ですが…と決まり文句を言いながら女将さん(勝呂くん母)に挨拶を済ます。

「アタシは出張所の方に行って来る。糸はこっちに残って魔障者の手当を」
「隊の半分は貰っていきます。それで、エクスワイア達は?」

「んー…勝呂 三輪 志摩はご家族に挨拶してこい。他は看護の手伝いだ」

 女将さんにまず始めに案内された部屋には京都出張所の所長で志摩くんのお父上が居た。見た所かなり重症なようで、自力で起き上がっているものの咳き込んで辛そうだ。

「おとん!」
「この度増援部隊副隊長を任されました上白石と申します。この子達と話しながらで構いませんので、診察をさせて頂きます」

 顔に貼られたガーゼを剥がすと処置済みの疱瘡があった。症状からしてしっかり体内にも毒素が回っているようだ。点滴と自分で薬草茶を飲んでもらって、毒素を身体から追い出す他ないだろう。

「んー…これは時間がかかりますね」
「そうか…所長の分際でこの有様や。情けのぉてしゃァないわ。少しでも早く現場復帰せんと気ィすまへん」
「安静にしていればいずれ毒素は抜けます。動き回られると血の巡りと一緒に体中に回ってしまいますので、今は大人しくしていて下さいね」
「上白石先生、八百造や他のみんなは…」
「事前に貰った資料には一番の重症者は志摩くんのお父上になってたから、他のみんなも多分大丈夫でしょう。療養すれば必ず治るし、死の危険のあるものでもないわ」

 他のみんな様子がそれでも気になるという勝呂くんと一緒に糸はとらやの部屋を回っていく。ちなみにこれは案内も兼ねてもらっている。全体の様子を見た限りでもやはり志摩八百造が一番の重症者だろう。そして、治療も医工騎士と患者 双方根気強いものが必要となってくる。

「厄介ですね…」
「大体『深部』は宝生の管轄やぞ!お前らの警備がザルやったからこんなことになったんやろ!」
「黙りよし!そもそもその前に上部の警護がザルやったから『深部』にまで侵入されたんえ、違うか!?」

 聞き覚えのある声がとある一室から聞こえてくる。思わずこめかみをほぐしながらため息をつくと、その動作が見事に勝呂くんと被っていた。勝呂くん、若いうちからそんなにストレス感じてたら禿げるよ。

「へ理屈ばっかこねよって、ヘビ顔のドブス共ォ!!」
「申が!」

 蝮が蛇<ナーガ>を召喚し、柔造が錫杖を投げる。一匹と一本が魔障者の上を飛び回り 医工騎士の間を縫いとんでもない騒ぎだ。

「オン バサラ ギニ ハラ ネンハタナ ソワカ!被申護身の印」
「石の囀りは重き罰を下す」

 勝呂くんは冷静に そしてとても素早く印を結びマントラを唱えて結界を展開する。少し遅れて三輪くんも続く。糸も勝呂に遅れを取ることなく囀石<バリヨン>を呼び出して諸悪の根源である蛇と錫杖を押し潰し、未だ睨み合う双方の身体に落とす。
 ちなみに召喚した時の詠唱にある、"重き罰"はそのままの意味である。だって囀石ってどんどん重くなるじゃない?

「やめぇ!味方同士で何やっとるんや!」
「坊!」 「竜士さま!」
「敵に狙われとるって時に内輪もめ起こしとる場合か!?」
「や、あのヘビ共が…!」
「フン いくら座主血統とはいえ竜士さまにそう頭<ず>の上から言われても……そういうことは竜士さまのお父上直接言うて頂かんとなぁ」
「蝮テメェ!坊に何やその口のきき方ァ」

 主に金髪の子と蝮が言い争っている。とてもじゃないが同じ部屋にいる人たちは休めないだろう。

「そこまでにしなさい。貴方達は随分軽症なようだけど、他の人たちはそうじゃない。それに…ここを出るまで貴方達の命は私たち医工騎士が握っていると言うこともお忘れなく」

 さすがに蝮の言った言葉は行き過ぎている。たかが15,6の少年に浴びせていい嫌味ではない。たまらず口を開けば、勝呂くんは静かにいさめて部屋を後にしてしまう。三輪くんや志摩くんも勝呂くんを追いかけていく。
 糸は白衣のポケットからタバコを取り出しくわえ、気怠げだがいそいそと、それでいてしっかりと副隊長の命を果たすべく動き始めた。

「て、え、糸!?」
「上白石先輩っ?」

 今ですか、今気付くんですかコノヤロー。

あとがき

ALICE+