You, such a baby...
「国全体の地図を持ってこい!」
昌平君の
指示により場が整えられていくが、
その声には緊張が乗る。
秦王、文官達全てが揃うこの場で
想像以上の事態が起きていた。
合従軍
中華全土の国々全てが軍と為して、秦国に襲いかかっているという非現実的な事態に、その場の殆どの者達が蒼然としてしまっていた。
その驚きは、昌平君にも同じ事ではあったが周りと同じ様にその場で止まる事はなく、誰よりもこの深刻な状況を理解し、誰よりも頭を働かせていた。それは、秦国軍事総司令としての立場からなのか…
未だに、この状況の芯を理解できずに嘆きの声を上げ続けている文官達がいる中、
部屋の扉が開かれた。
「旦那様」
女性が入ってきた事に、初めは近くの者しか気づかずにいたが皆そちらを向き驚く。
文官、そして男しかいないこの場所に煌びやかな装飾を纏う女性。見覚えがなく、その存在になぜか目が離せずにいた為に騒がしかった部屋が徐々に静まり返る。
その中で渦中であろう人物は
近くに寄ってきても、まだ気付かずにいた。
「旦那様」
「!」
昌平君はその声にハッと顔を上げ、この場にはいない筈の人物に、眉間に皺を寄せ明らかに嫌な顔をする。この場に連れてきたのが誰か探ろうと目の前の介億、蒙毅を見るが二人とも否定の首を横に振ると、もう一度目の前の女性を見る。
「何故ここにいる」
ピシャリと放った言葉は、怒気。
「秦国の危機と思い参りました」
その言葉にも雰囲気にも、
晋は、なにも変わらず優雅に笑う。
「そうだ。解っているのなら
今すぐココを出るべきではないか」
違う緊張がこの場を包むと、皆がこの二人の言動に集中をしてしまっていた。
「旦那様。少しお休みくださいな」
「君が判らない筈はないと思うが、
そんな事をしている場合ではない」
物腰の柔らかく笑顔を続ける彼女から目線を逸らし持ってこられた地図に目を戻す昌平君。目の前の昌文君が不安気な顔でこちらを見ているのが視界に入ったが今後の事に考えを戻す。
「旦那様、少しお休みください」
「晋」
彼女の名前が強めによばれた。まさしく人を叱り付ける様な言い方に、皆の空気が固まる。ここまですれば帰るだろうと思った昌平君は、介億に晋を連れて行かせようと目配せをした直後、
晋はその場で両膝をつき、
拝礼をし頭を下げていた。
「無礼を承知で、
秦国軍事総司令殿に進言いたします」
その声は、張り詰めた空気の中に
光が差した様な声色だった。
「!?」
「一時で良いのです。
今いちど、立て直しを図る為気を落ち着かせる事を願い申し上げます。
最愛の私の言葉に気も使えず、
いつもの冷静さを失っていて、感情的になっておられますが
それで我が国が救えましょうか!
貴方様が、この秦国の頭脳なのです!
どうか私めの言葉をご理解くださいませ」
更に拝礼の時の手を上に掲げ、頭をもっと下げる。
その言葉の内容だけではなかった。
この場のこの重い空気に、数々たる文官、そして王がいる中、そして相手が昌平君なのにも関わらずここまでハッキリと進言できる彼女の勇敢さにその言葉はとても真っ直ぐに皆の心に入っていった。
そして、それは彼も同様だった。
昌平君は彼女に近寄り
拝礼の手を隠すために手を差し伸べる。
すると、触れようとしたところで手が止まる。
晋のその手は震え、
更に下を向く顔は強く強く目を瞑っていた。
「昌平君」
「…ハッ」
晋の言葉を最後に静まりかえっていた部屋に、秦王嬴政の声がリンと響いた。
「彼女の言う通り、一時頭を冷やそう。
焦るだけが解決にはならん」
そうして、昌平君と2人その部屋を出ると、
すぐに晋の頭上で溜息が聞こえた。
振り向くと困った顔をした昌平君が立っていた。
「… 晋には驚かされるな」
「勝手なことをして申し訳ないとは思っております。でも、貴方様があそこまで取り乱している姿は見ていられませんでした」
言い終わるか終わらないかのところで、昌平君がその細い腰を引き寄せ彼女を腕の中に収める。自分の体重を乗せるかの様に抱きしめる昌平君に、クスクスと声に出して晋は笑った。
「さぁさ、別室に参りましょう。一時でも時間が惜しいですわ」
王が認めてくださった時間ですもの。と呟いた言葉に先程の彼女を思い出す、はじめは男のみのあの場所で、女性というだけで反感を買うと思い一度は彼女の為に帰らせようと考えてはいた。が、王まで説得させてしまうとは………
「どうされましたか?」
抱きしめられたまま動こうとせずジッと見つめる昌平君に、晋は困った顔を見せると
何かに気づき昌平君の肩に手を置く。
ニコッと微笑みつま先立ちをし、
触れるだけのキスをしてあげる。
「!」
それには、さすがの昌平君も全くその気が無かったので驚きで目を開いた。
「あれ?違いましたか??」
はにかむ様に笑い、頬を赤く染める姿を見て
今度は昌平君から彼女の唇を奪う。
You, such a baby...
困らせるほど愛しい人
「もう行かれますか?」
「ああ」
昌平君を抱きしめて
胸に頭を入れて押し付ける様に強く強く抱きしめる、
「…もう少し…」
「晋は私を困らせるのが上手いな」
「あら。嫌味ですか?」と顔を上げてむくれた顔をして見せると、後頭部に回された手で頭を持ち上げられて唇にキスをしてくれる。
晋も腰を抱きしめていた腕を昌平君の首に回し抱きしめ直すと、お互いが唇の感触を確かめるかの様に何度も何度も触れ合う様なキスをする。
それがとても名残惜しく、何度も味わってしまう。
長く続けられるそのキスに離れたのは晋からで
それは先を急がせる為。
「晋」
とハッキリしたその声色。
「はい。私も愛していますわ」
「………先に言ってしまうのか」
「旦那様からは…
これが終わってからの楽しみにさせていただきます」
昌平君はまた困った顔をしていたが、それにクスクスと笑う。
貴方を困らせるのは
私だけで十分なんだから。
おわり
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