マカラーニャの森
「ユウナが気になる、か」
無事、雷平原を抜けたときアーロンが言った。私が反応して振り返ると、ティーダも同じように反応していた。
「気にすんなってのが無理だよ。なあ、茉凛?」
「うん……」
俯きながらも、小さく頷いて見せる。
「何するつもりなんだ?」
ティーダがアーロンに尋ねた。
「単純に考えれば、結婚を承諾することを材料にして……シーモアと交渉するつもりなんだろうな」
「うん……問題は、何の交渉か、だよね」
「何の交渉?」
「さあな」
私とアーロンとティーダは、額を突き合せてうんうん唸る。
「1人で大丈夫かなあ……」
ティーダが心配そうにぼやいた。
「フンッ……望み薄だな。シーモアのほうが、役者が上だ」
「本当は、ユウナを1人で行かせるの私は止めたいんだけど……」
「わかってんならさあ、なんとかしない?」
「ユウナがそれを望んでいない」
アーロンが言うと、ティーダが「んああ……」と呻いた。
「頭の痛い話だよほんと……」
「それもわからないんだよな。俺たち、信用無いのか?」
ティーダを見ると、不満気な顔で、ううん、心配そうな顔をしていた。先へと進むユウナ達に着いて歩き始めたアーロンの後を、ティーダと歩き始める。
「皆を巻き込まぬよう、1人で解決しようと決意しているようだ」
「うん、そんな感じだ」
アーロンの言葉に、頷くティーダ。
「でも、そっちのほうが心配するっつうの」
「それができん娘なのだ。生真面目で、思い込みが激しく……甘え下手だ」
アーロンの言葉に、ティーダはちょっと笑った。
「よく見てんなあ」
「ユウナはわかりやすい」
「確かに」
私とティーダは笑った。
「いつかガードの出番が来る。そのときは……ティーダ、お前が支えてやれ」
「……うっす」
真面目な顔で頷いたティーダに、私は「行こっ!」と言ってアーロンと皆の後に続く。私達はマカラーニャの森へと踏み入れた。
「なんだか不思議なところだねえ。綺麗だけど」
先頭を歩くルールーの隣で、私はキョロキョロと見回す。
「マカラーニャの森は、広いからね。暫くこの景色を楽しめるわよ」
ルールーと話しながら、というのは割と多い。一番多いのは勿論、アーロンだけど。
「お〜い」
声のしたほうを見ると、ジョゼ寺院でアーロンに握手を求めた召喚士ドナさんのガードの人。向こうから走ってくるのが見えた。
「ゼエ、ゼエ、ゼエ……」
私たちの前で立ち止まり、息を整えるバルテロに、隣のルールーと顔を見合わせる。
「あ、あんた達……ドナを見かけなかったか?」
「見てないが。どうしたんだ?」
ワッカが応えた。
「森に入ってからはぐれちまって……くそっ!どこ行っちまったんだ!?」
これって、召喚士が消える件?ルールーを見上げると、こちらを見たルールーも同じことを思ってそうな顔だった。
「落ち着け」
アーロンがバルテロに言った。
「でも!あいつにもしものことがあったら……」
「取り乱して無駄口をたたいても何の解決にもならん。今はドナの無事を信じて全力で探すことだな」
アーロンが諭した。アルベド族が何のために召喚士をさらうのかはわからないけど、何にしろもうこの辺りには居ないと思った。
「でも!!」
「ガードが取り乱していたら、召喚士はどうする」
「……!! そうですね」
アーロンの言葉で、バルテロはすっかり落ち着きを取り戻したみたい。
「手伝いが必要か?」
アーロンが提案した。優しいんだから。私は惚れなおしてアーロンの顔を見上げる。
「いいえ、1人で大丈夫です!アーロンさん、ありがとうございます!」
去って行くバルテロ。と、そこへ。
「どうしたんだ?リュック?」
ワッカが驚いて聞いた。後ろに居たのに、突如先頭に飛び出してバルテロに何か言いたげに見えた。
「あ……元気出して、って言おうと思っただけ」
リュックが誤魔化したのは明白だった。ドナの件は、リュックの仲間が連れ去ったのだと確信した。理由は分からない。
一行が再び歩き出してリュックを追い越し際、リュックが小さく、「ごめんね」と言ったことは、たぶん私にしか聞こえなかった。
ルールーの話いわく、マカラーニャの森も間もなく抜けると聞いた頃。
「祝!シーモア=グアド老師ご成婚!今なら特別記念価格おためし版!」
見るからに怪しい人物がいた。オオアカ屋だ。
「おためし版って?」
思わず食いついた。
「おっ!嬢ちゃん美人じゃねえか。見て行きな!」
美人とどう関連性があるのかは敢えてスルーしながら、武器・防具見せてもらったけれど。
「どうだ?」
「高い」
即答した。だってこっちはね、雷平原入る前と雷平原旅行公司でね、全員分の防具買って、お金が無いの!(切実)
「これでどうだっ!」
きもち、安くなったかな?
「暫くはこれで行くぜ!」
残念。
「ねえ、何か買う?ティーダの武器、いいね。“さきがけ”とか珍しいの着いてるよ」
「オレのッスかあ!?」
直ぐにティーダも食いついた。
「持ってると良いかもしれないわね」
ルー姉も賛成したので、取り敢えずティーダの武器だけ購入した。少し先を行くアーロンに追いつくと……
「ちょっと待て」
突然、右のわき道にそれた。
「たしか、この辺りだ」
「?」
アーロンの視線の先を見ると、……何もない。なんだろうと見ていると、アーロンはおもむろに太刀を構えて、目の前の太い樹の幹に、太刀を振り下ろした。
「あ……!」
壊れた樹の向こうに、道があった。奥は湖があって、少しひらけているみたい。
「来い」
さっさと入って行くアーロンを直ぐに追った。一行は後を着いて行った。
「わあ〜また綺麗なところだね!」
思ったより大きかった湖は、真ん中に立派な太い大樹があった。その向こうは小高になって水が溢れ出ていて、まるで天然の噴水のよう。底が見える透明な水もキラキラと輝いてとても不綺麗で不思議な景色だった。
「ここって……普通の水じゃないのか?」
ティーダも珍しそうに言った。
「スフィアの原料となる水だ」
「へえ〜」
「人の想いを封じ、とどめる力がある」
「へえ〜!」
良いこと聞いた。それじゃ私の想いも。そう思ったその時。目の前のスフィアの水が突然波うち、球体となった。
「魔物……!?」
「想いが集まる場所は魔物が生まれやすい」
一行が戦闘態勢に入る。
「ポヨンポヨンしてて矢が刺さらない!って、わ……!?」
バリバリバリ……私はいきなりサンダーの攻撃をくらった。でも
「ふふふん。私は今サンダーガード装備してるの。雷は無効だもんね!」
「じゃあ私の出番ね」
ルー姉がウォタラを放った。
「ウィークチェンジ?なにそれ」
「どうやら弱点魔法が変わったらしいな」
「要領掴めた!」
まずはルールー以外で通常攻撃して、敵さんはカウンターで攻撃してくるのを利用して弱点魔法をあぶりだし、ルールーが魔法攻撃。すぐに片した。
「オーバーキル出来て良かったね!」
「そうね」
「あ。あれ何かな?」
スフィアマナージュとやらが消えた場所に、スフィアが落ちているのを見つけた。
「随分古いな。こりゃ中身消えてっかもなあ」
私の隣に来たワッカがスフィアを見て言った。
「10年前、ティーダの父、ジェクトが残したスフィアだ。見てみろ」
「お……おう」
アーロンの言葉に、ティーダがスフィアを再生すると、映像が映し出された。
『おまえ なにを撮ってるんだ!』
「……アーロン!?」
若かりし頃のアーロンらしき人に、私がアーロンを見ると、アーロンは頷いてくれた。
『よくわからねえが 長い旅になるんだろ?めずらしいものもたくさん見れそうだ。となりゃ、全部スフィアに記録しといて……ニョウボとガキにも見せてやらねえとな」
『この旅は遊びではないんだぞ!』
『しっかしブラスカよお。“シン”と戦うショーカンシ様の出発だってのに……これじゃあ なんだか夜逃げみたいじゃねえか』
『これでいいさ。見送りが多すぎると、かえって決意がにぶりかねない』
『そんなもんかねえ……。ま、おめえがここに帰るときには、もうちょいにぎやかになるだろうさ。“シン”を倒した英雄として、ハデに凱旋パレードよ!』
『はっはははは。そろそろ行こう。夜が明けてしまう』
10年前のユウナのお父さんのシンを倒す旅に出る時の映像のようだ。そして、映像が切り替わった。
『アーロン。もう少し寄ってくれ。よし、それでいい』
『そんなイヤがんなよ、カタブツ』
『……うるさい』
『ブラスカ。おめえも映っとけよ。ユウナちゃんへの良い土産になるぞ』
『……そうだな』
『ブラスカ様……。こんなことをしていては 時間がいくらあっても足りません!』
『な〜に焦ってんだか』
『この旅がどういうものだか教えてやろう!』
『アーロン!』
映像が切れた。
「なんだよ……何たのしそうにしてんだよ」
ティーダが不満気な声を上げた。
「ね、早く続き続き」
私が急かすと、スフィアを再生させるティーダ。
「あ、一瞬だけ映ったの、此処だったね」
スフィアから目を上げて後ろの大きな樹を見る。
「そうだ」
アーロンが答えてくれた。私は再びスフィアに視線を戻す。
『よう』
映し出されたのは、一人で映ったティーダのお父さん。
『ティーダがこれを見てるってことは……オレと同じようにスピラに来ちまったわけだな。帰る方法がわからなくて、ぴーぴー泣いてるんじゃねえか?まあ、泣きてえ気持ちもわかる。オレも人のこと言えねえよ。だがよ、いつまでもウジウジ泣いてんじゃねえぞ?なんたっておめえは、オレの息子なんだからな。あー……なんだ、その……ダメだ!まとまりゃしねえよ』
一度映像が切れた。そして再び映像が流れる。
『とにかく……元気で暮らせや。……そんだけだ』
そしてスフィアの映像は終わった。ティーダは不満気な顔をしていた。
「最後だけマジなフリしたって、説得力ねえっての」
「フリではない」
アーロンがすかさず言った。
「あの時ジェクトは、すでに覚悟を決めていた」
「覚悟?」
ティーダとハモった。だけどそんなこと気にしてる場合じゃない。私はその “覚悟” ってキノコ岩街道で聞いた時からずっと、気になってたから。
「ジェクトは……いつでもザナルカンドの家に帰ることを口にしていた。風景をスフィアにおさめ続けていたのは、帰ってからティーダ、お前に見せるためだ」
……泣ける。ティーダはジェクトさんのこと嫌ってたみたいだけど、ジェクトさんは、息子であるティーダのことを愛していたんだね。
「しかし旅を続け、スピラを知り、ブラスカの覚悟を知り……そう前に進み続けるうちに、ジェクトの気持ちは変わった。ジェクトはブラスカとともに、 “シン” と戦うことに決めた」
え……それって、
「帰るの諦めたってことか……」
ティーダの言葉に、私は奈落の底に突き落とされた気がした。それだけは信じたくなかったのに、確信したような気持ちになる。
「……覚悟とは、そういうものだ」
私も、覚悟 を決めなきゃいけないの……?皆を見渡す。この人達と、暮らしていく未来を想像した。……悪くない。ううん、この人たちとなら、楽しいに決まってる。けど……元の世界の友達や、家族と会えなくなるのは悲しい……私が居なくなった元の世界はどうなってるんだろう?お父さんもお母さんも、心配してるんだろうなあ……
「さーて、出発するッスよ!」
ティーダの元気な声が聞こえた。そして、ぽん、と背中を叩かれた。……そっか。ティーダも同じ気持ちだよね。
「……うん!」
皆となら、私。
この経験で私は、覚悟に変わって行ったような。そんな気がした。