不用意に行動することなかれ
あれ……?見慣れない木目が見える。
あれ……?わたし何してたんだっけ。
あれ……?
「目ェ覚めましたかィ」
声がした方に視線を向ける。若い男の子と目があった。
イケメンだなあ……でもどこかで見た…………………………
「きゃああぁあ!!!!」
「っ!?」
警察だ!!!!!!!!!!!!!!!!!
逃げようと慌てて起き上がる。……起き上がる?
急に意識が覚醒し始めた。視線をゆっくりと下に落とす。私は、布団に居た。
「思い出しやしたか?」
イケメン警察官にジっと私の様子を伺うように見つめられて、私は居心地の悪さを感じた。
すると、イケメン警察官は固まっている私の両肩に手を置くと、優しく布団に寝かせてくれた。
「まだ寝てないとダメですぜ」
遠く離れたところから「何事だ?」「女の悲鳴がしたぞ」などと聞こえてきた。
「……思い出しました。騒いだりしてすみません」
「まあ無理もないでさァ。気にしないでくだせェ」
優しいんだね。
どうやらあの後、私は気絶してしまったらしい。そしてそのまま警察に保護され、丁重に布団に寝かせてもらえて、目が覚めて、最初に見た見慣れないと思った木目は、警察施設の和室の天井だった。そんなところか。
隣にいるイケメン警察官を見る。私を寝かせるために上げた腰を、布団の脇で胡坐をかいて座りなおしていた。
私はこれから取り調べされるのだろうか。“珍妙”な恰好故に。
「ここは、真選組屯所でさァ」
へえ…………えっ新選組!?屯所!?
「オレぁ沖田」
沖田総司!?!?
「あっ寝てなs、」
「沖田さーん!vV」
愛が爆発して思わず抱きつく。
私は新選組の沖田総司が大大大好きなのだ。
勢い余って押し倒しそうになったけれど、さすが殿方。倒れないように踏ん張ってくれた。それどころか、私のことを抱きとめてくれた。すみませんね。いやそれより
「本物……?」
抱きしめた彼の体を離し、私の腕の中にある沖田総司の顔をよく見つめる。
ああ……私、幕末に来たんだ!
トリップしたと思ったけれど、幕末ならむしろ大歓迎だよ!私は沖田総司を通して新選組を知った。沖田総司が居たから、幕末が好きとも言えた。
沖田総司。剣にめっぽう強く、それでいて子どもと遊ぶのが好き。十代の若さで天然理心流師範となり、新選組では幹部の一番隊隊長を務め切り込み隊長を担い、池田屋事変では歴史に名を残すも、若くして労咳で亡くなった、幕末を代表する剣士。
そんなドラマ性に富んだ生い立ちからか、美青年という【脚色】で描かれることが多いけれど。
史実によると、ルックスはヒラメ顔で浅黒く長身、という文献が残っている。写真は現存していないため現代人は誰も沖田総司の顔を知ることはできない。
なのに目の前にいる沖田総司は、とても美形……!美形?
「す、すみませんっ!やだっ私……っ」
自分の行いの恥ずかしさに、語尾がだんだん小声になってしまう。その間にもみるみる顔に熱が集まってくる。沖田総司に、どう思われてしまっただろう……やだやだ恥ずかしい。怖くて彼の顔を見ることができない。
「……へぇ」
何かを把握したような声に、目だけで沖田総司の様子を伺う。ニヤニヤとした表情でこちらを見ていた。胡座をかいた膝に片肘をついて頬杖をついている様は、まさに余裕感たっぷり。ああ……淑女たるもの、あるまじき行い……詰んだかも……
「俺のこと、そんなに好きなんですかィ?」
じろじろと見てくる沖田総司の視線から逃れたくて、顔を伏せる。すると、フ、と満足気な笑う声がした。
「アンタ美人ですねィ。それじゃァこれからは」
空気が動いた。ふいにあごを彼の手で掬い上げられる。されるがまま、沖田総司のほうへ向かされる。
「俺の女でさァ」
そう囁くように呟いた沖田総司の顔がゆっくりと近づいてくる。
まるで時間がとてもゆっくりに感じた。なのに、心臓はとてもドキドキしていて。
「あ……」
私、沖田総司とキスしちゃうんだ……
沖田総司は、剣に生きて、京では女も買わず、恋も一度だけだったという。
その一度度だけだったという沖田総司の恋の相手が、もしかしたら私だったのなら。なんて素敵なの
「………」
夢のよう。沖田総司から、甘く見つめられる。
もう息がかかる距離。その瞳に吸い込まれるように、近づいてくる沖田総司に、私はゆっくりと目を閉じた。
「お〜き〜たぁ……」
ドスのきいた男の人の声に、反射的に目を開けて声のしたほうを振り向いた。
開け放った縁側の障子の傍らで、V字前髪が印象的な、背の高い若い男性が立っていた。とても怖い顔をしている。沖田総司よりは幾分か年上そうだ。とてもイケメンだった。
「保護した無抵抗の婦女子に、何しようとしてんだテメェは!」
鬼の形相で部屋に乱入してきた。
「一足遅かったですねィ。とっくに俺のもんにした後でさァ」
「何ヌかしてんだ!いいから離れやがれ!!」
涼しい表情で言ってのける沖田総司を無視して、V字イケメンから、鬼の如く二人は引き剥がされてしまった。
V字イケメンは、驚いて見つめる私を一瞥すると、沖田総司がいた場所にどかりと腰を下ろした。
「ったくまだ調書も取ってねえじゃねえか」
無造作に置かれた用箋挟を拾い上げ、挟まれた書類に目を通しながら呆れたように言うV字イケメン。
「沖田、おまえ仕事ナメてんのか」
「俺がいつ仕事ナメたってんです」
前髪V字イケメンから有無を言わさず、私と引き剥がされた沖田総司。
なめらかな口調とは裏腹に、腹が立っているように見える。あの沖田総司が、私とのことを邪魔されて怒ってるのなら、光栄です……
「俺がナメてんのは土方さんだけでさァ!!」
!?
「おっしゃ表出ろォォォォ!!」
え、なになに!?突然ゴングが鳴ったかのように暴れだす二人を唖然として見る。
ていうか、土方さん?!土方さんと言えば、新選組副長土方歳三。
でもそんなことより、沖田総司と土方歳三にしては、お二人の関係性が随分おかしいようで……。
「総悟ォォォォォ!!!」
「ソウ<ゴ>……?」
ソウ<ジ>じゃなくて?
部屋の中にも関わらず、刀を振り回していた二人が私の声でピタっと止まった。そのままのポーズで、私に視線が集中する。
私は、沖田総司(仮)土方歳三(仮)の顔を、交互に見る。
「―――…」
冷静になってもみれば。
幕末だと思ってはいたものの、おかしいではないか。
沖田総司の写真は現存していないため現代人には顔がわからないとは言え、目の前の沖田くんは茶髪(!)。
それに、なぜ直ぐに気が付かなかったのか自分でも不思議だけど、顔写真が残っている土方歳三はまるっきり顔が違うではないか!
(ああ、まあ土方歳三より沖田総司ファンだ、仕方ない)じゃなくて、さらに言えば。幕末期の新選組の彼らであるはずなのに、着物ですらないのだ。……とは言え新選組だって洋装はしていた。ということは、此処は函館?……という線は、薄い。
つまり此処は<幕末ではない>……。
「大丈夫か?顔が真っ青だぜ?」
土方さんと呼ばれてたV字イケメンが、私の顔を覗き込んできた。沖田総司だと思っていた彼からも、心配そうな顔で覗き込まれる。
「……ではない、」
「「え?」」
呟いた私に、二人が同時に再度言葉を聞き取ろうと耳を傾けた。
幕末ではない。
では此処はどこなの?不安で泣きそうになる。
「一つだけ教えてください……此処は……何処ですか……?」
「何処って……」
沖田さんと土方さんが、顔を見合わせる。
「「銀魂」」
知らないィィィィィィィィ!!