初めての感情です


私立誠凜高等学校入学式当日。僕は部活動の勧誘に会うこともなく校舎へと向かう途中、かわせないでいる女の子を見かけた。同じく一年生のようで、僕と同様胸元に新入生の証である花を付けている。

「すみません、もう入る部は決めているので……」
「そんなこと言わないで!見に来るだけでもいいからさー!」
「あの、困ります……」

長く伸ばした髪が、綺麗な女の子。可哀想に。テニス部から熱烈な勧誘を受けている。

「困ります、本当に……あっ!」

……目が合った。
すると、なんと真っすぐにこちらへと駆け寄ってくる。まさか、と僕は思った。僕はカゲが薄くて、人は僕を見つけられないのだから。

「待ってたのよ。早く行こっ?」

僕の手を、彼女は掴んだ。呆気に取られる間もなく、僕は彼女に手を引かれ部活動の勧誘の波をかきわけ、ついに人だかりから抜けだした。

「良かった、追ってきてない……」

人気の少ない校舎裏まで来ていた。彼女は校舎の壁の影からそっと頭を出して後方を確認すると、安心したようで僕の手は離された。そして僕に向き直ったと思ったら、急に

「ごめんなさい!」

勢いよく頭を下げられた。

「……あの。頭を上げてください」

言っても、彼女は頭を下げたまま。

「勧誘をかわすために、たまたま側に居ただけの初対面のあなたを巻き込んでしまって。ビックリしたよね?ごめんなさいっ!」

深々と頭を下げ続ける彼女。

「あなたからしたら、知らない人にいきなり知り合い認定されてこんなところまで連れて来られて!驚いたし迷惑だったよね……!」
「いえ。僕は大丈夫です。なので、頭を上げてください……」

彼女はようやく頭をあげてくれた。

「怒らないの……?」
「はい。まったく」

僕がそう答えると、彼女はニッコリと笑った。

「良かったぁ」
「……!」

彼女の安心した笑顔を見た瞬間、僕は心に強い衝撃を受けた。彼女の笑顔から目が離せない。

「私は白河すいれん。あなたは?」
「……黒子テツヤです」
「黒子くんね!」

僕の名前を笑顔で呼ぶ君に、ドキドキした。

「それじゃ、そろそろ行くね!本当にありがとう!同じクラスになるといいね、黒子くん!」

そう言って元来た道へ戻ろうとする君に、僕は慌ててストップをかける。

「待ってください」
「ん?」

振り返った顔も笑顔で。

「……そっちからは戻らないほうがいいと思います。まだ……居るかもしれません」
「あ……」

そうだね、と頷く、ちょっと抜けた君を。可愛いと思った。

「もう少し先まで歩いて、回り込んで校舎へ入るのはどうでしょう?」
「そうだね、じゃあ行こ!」

僕の提案を、君は笑顔で受け入れてくれた。

「はい」

さっきは手を引かれるままに僕は後ろを着れて行かれたけど。今度は、君と並んで歩く。
新しい学校、新しい制服、新しい環境、新しく出会った、キミ。
どこか楽しそうな彼女の横顔を見て、僕の心に晴れやかな気分が広がる。
僕。もっと君に、近づきたい。

「……すいれんさんと、呼んでも良いですか?」

君の、高校生活で一番に仲良くなった座を、僕がもらっても良いですか?
期待を込めて、頭一つ分下にある君の横顔を見つめる。

「うん!いいよ!」

君は、二つ返事でOKしてくれた。「じゃあ、テツヤ君で良い?」なんて君が言ってくれるのを僕は期待したけれど。じゃあ、前言撤回します。
君の、高校生活で一番に仲良くなった座と、彼氏の座を。僕がもらっても良いですか?
と、いつか君に言えるように。
僕はカゲが薄くて、人は僕を見つけられない。なのに見つけてくれた君に。僕は特別なものを感じてしまっているようです。

「あ、あったよ!黒子くん!クラスが張り出された掲示板!」

人垣をかき分け、自分の名前を探して二人で掲示板を見つめる。

「すいれんさんの名前がありましたよ」
「どこどこ?」
「ほら」

僕が指さしたところを見るために、君が僕に近づく。
いい香りがした。それだけで、僕の鼓動は早鐘を打ち始めて。
新入生らしいキラキラとした君の綺麗な横顔に、僕の視線は惹き寄せられる。

「本当だ!じゃあ次は黒子くんだね!何組かな?」

そう言って、僕の名前を探してくれる君に、うれしくなって。その横顔を気づかれないように盗み見て、僕は既に見つけていた自分の名前を指さす。

「ここです」
「あ!同じクラス!よろしくね、黒子くん!」
「はい」

笑顔で言ってくれる君に、僕と同じ気持ちならと期待してしまう。
一緒に教室に入り、黒板に張られた座席表を二人で見て、席まで前後で。僕はなんてツイてるんだろう。

「私、黒子くんの前だ!」
「ですね。ぜひ仲良くしてください」
「こちらこそ!」

明日からは、きっとお昼ごはんもすいれんさんと一緒でしょう。もちろん昼休みも。
そしてできれば放課後も。部活動が一緒だと良いです。そうすれば、帰りは僕が家まで送り届けることができるし、朝の登校も一緒にしたいです。そうすれば、君と一日中、誰よりも君にとって1番身近な存在に、僕がなれるでしょう?

「ところですいれんさん」
「なあに?」
「入る部活は決めましたか?」
「ああ……」

なぜか、君は言いづらそうな顔をした。

「実は、まだ決めてないの」

勧誘を断るために、決めてるって言っただけなの。そう笑う君に、僕は一つ提案をしたい。

「バスケ部なんて、どうですか?」
「黒子くん、バスケにするの?」

おや。その顔は、バスケには好感を持ってる表情ですね。でも次の瞬間、君は困り笑顔を浮かべた。

「でもしたことないの」

なんだ、そんなこと。

「マネージャーはどうですか?」

僕は、本題を。

「未経験でも大丈夫ですよ。スコアを付けたりもいきなりはしないと思いますし。ルールもおいおい分かって行くものですし。もちろん男バスマネです」
「マネージャーかあ」

考えてくれる顔をしている君。なんて素直な女の子だろう、って僕はうれしくなった。
君がもしバスケ部に入ってくれたら、さぞ毎日が楽しくなると思います。

「僕は中学もバスケ部だったんです」

僕は、この学校のチームで。キセキを倒すつもりだ。君にそばで見ていてほしいんだ。

「一緒にしましょう?バスケ部」
「未経験でも大丈夫なら、やってみようかな!」
「はい」

思わずほころんでしまったことに、僕は自分でも気が付いたけど。
15歳、春。僕は初めての感情を経験しています。
君から繋いでくれた縁。