こっち見ろよ


すいれんを振り向かせたかった。
同じクラスのすいれんは、男子バスケ部マネージャー。入学した時に席が隣同士で、それで仲良くなって、オレがバスケ部に誘った。バスケットボールなんてしたことないと、ノリ気でなかったすいれんをオレが熱心に誘い続けたのだ。
授業中、窓際の席のすいれんを盗み見る。ちゃんとノートを取る彼女の長いまつげが、頬に影を作っている。瞬きする度、まるでキラキラと金の粉が舞っているよう。

「…………」

すいれんに惚れたきっかけなんてわからない。いつの間にか好きになっていた。気が付いたらいつも目で追っていた。自然と惹かれた。ルックスが好み。だけどそれだけじゃなかった。すいれんはバスケ部でも人気。あの真ちゃんでさえすいれんには気がありそうなのだ。甘いし。まあ真ちゃん風に言うと、見てればわかるのだよ。真ちゃんは、何かとすいれんに構うのだ。

「よー、すいれんちゃん。部活行こうぜ、バスケ」
「あっ待って、バッグに教科書入れるから」

放課後。指定のスクバに今日の授業の教科書を入れて、きちんと持って帰ろうとするすいれん。毎日ちゃんと教科書持って帰るなんて、真面目だよな。そんな彼女は成績優秀。男子バスケ部のマネージャーとして毎日オレらと遅くまで部活してるのに。まあオレと同じ方法なんだろうけど。

「高尾。そんなに急かさなくてもバスケは逃げて行かないのだよ」

声に振り返れば、バッグを肩にかけ、部活へ行ける準備万端、といった感じで既に廊下に居る真ちゃん。

「クラスで誰より先に教室出る真ちゃんに言われたくねーよ。なあ?すいれんちゃん」

そう言うと、「あはは。ほんとだねー」と笑う笑顔もまた可愛いこと。

「お待たせー」

ぱたぱたと走りよってくるすいれんを教室の出口で待って、一緒に教室を出る。

「テスト終わったばかりなのに、毎日勉強してんのーすいれんちゃん」
「高尾はしていないのか」
「ちょ、真ちゃん。すいれんちゃんのかわりに返事すんなっつーの」

オレと真ちゃんのやり取りに、すいれんが笑った。すいれんはいつもオレと真ちゃんのやり取りを聞いて笑う。すいれんが笑顔なら。それで良い。

「毎日勉強しないと、私はみんなのように点数取れないんだもの」
「白河の成績の良さはそれだな」
「えへへ。でもその日の授業の復習を2〜3日しなくても、テストに影響しない人も居るみたいだね。羨ましいなぁ」
「白河は人事を尽くしているのだから問題ないのだよ。ちなみに高尾、予習と復習は常識なのだよ」
「二人で話進めんなよ、真ちゃん!ってかオレもそんな成績悪くないっつの!つか真ちゃん次席とかだろ。一体いつそんな勉強してんの」

そんなことを言いながら部室へ到着。
いつも真ちゃんと三人で居ることになることが多いため、すいれんと二人きりになれるチャンスはなかなか無い。部活が始まっても、暇さえあればオレの目はすいれんの姿を追ってしまう。選手一人一人の記録を取るペンを握る、しなやかな手。真剣な眼差しと形の良い赤みのあるやわらかそうな唇。短いスカートからスラリと伸びた白い脚がまぶしすぎ……ゲフンゲフン。集中集中。
鷹の目ですいれんの位置は常にバッチリだぜ。バッチリだけど。今日は1年対上級生に別れて5対5のミニゲーム中。真ちゃんがシュートを打つ度、すいれんは真ちゃんを見ている。それに、教室でもすいれんは真ちゃんをよく見ている。よく見える鷹の目は、見たくないものも見てしまう。でもおもしろくねーよな。オレも割とやれるほうだぜ?

「なあ。すいれんちゃんってよく真ちゃんのこと見てるよな」
「えっ。そうかな……」

休憩中。すいれんと話すために一番最後尾に並んでスポドリを受け取り、彼女にクエスチョンタイム。

「すいれんちゃんは、花形のSGがカッコイイと思うのやっぱ?」
「んー。私はPGがカッコイイと思うなあ」
「おっ」

オレの気持ちなど気付きもしないすいれんは、「SGが花形なんだ。そっかスリーだもんね」などと言って何かを納得したらしい。そういえばすいれんはバスケ素人だ。オレがバスケ部に誘ったのがきっかけでバスケの勉強したんだっけ……くっ。可愛いなぁ。あ、やべえ。やっぱ誰にも渡したくないわ。

「すいれんちゃん」
「ん?」
「オレPGだけど」
「?うん」

そうだね?とまるでオレの言っている意味がわかってないのか、きょとん、と可愛く首をかしげるすいれんの仕草に、普通にクラっと来る。あぁでも今はそんな場合じゃない。てかこの子どんだけニブイの。もう半分告ってるようなもんなんだけど。

「オレの目、見て」

ずい、と身長差のあるすいれんに、目を見せるためにスポドリ台越しに顔を近づける。すいれんは「た、高尾くん…?」なんて顔を真っ赤にしている。

「この目のおかげで、すいれんちゃんの様子はバッチリ見えてるぜ?」
「えっ」
「なんで真ちゃんばっか見てんの?」
「えっ?」

今度は訝しげにオレのことをまじまじと見てくるすいれん。そんな仕草でも可愛いとか思っちゃうオレは、かなり重症だよな……。もうすいれんバカでもなんとでも呼んでくれ。

「私が見てるのは……緑間くんじゃ……ないよ……?」
「へ?」

今度はオレが驚く番だった。

「私が見てたのは、その先……緑間くんがスーパーロングレンジを決める直前に的確なパスを出す、……高尾くん」
「へ……」

えーっと、すいれんの話を要約すると。ホークアイといえど、誰がどこに居るか、どの方角を向いているのか程度が把握できる。故に、すいれんは真ちゃんを見ているというオレの思い込みの相乗効果で。ちょうどすいれんがオレを見るタイミングが、真ちゃん越しに居るオレを見ていた……ってことかよ?じゃあ教室でもすいれんは、真ちゃんを見ていたのではなく真ちゃん越しに居る、オレを見ていたってことか……!

「っだよ〜……」
「た、高尾くんっ?」

ヘロヘロと、顔を伏せて床にうん●座りでしゃがみ込む。心配してくれたのか、すいれんが台を回り込んで、オレの隣にしゃがみ込んで顔を覗き込んできた。ああ可愛いなチクショウ。

「すいれんちゃん……」
「た、高尾くん?」
「好き」
「ふぇ!?」
「好き」

あ〜も、顔真っ赤にしちゃって。人目なんて気にせず今すぐにでも、可愛いすいれんを抱きしめて、オレのモノにしてしまいてえ。