極度の女子苦手症なんだ


「すいれんちゃん!今日は天気が良いからお昼は屋上で食べないッスか?」
「黄瀬くんとはムリ」
「ヒドッ!?なんでそんなこと言うんスかあ、すいれんちゃん〜!」
「女の子から嫌われちゃうもん。黄瀬くんモテるから」
「え〜。オレがイケメンモデルだからッスか?」
「それ自分で言っちゃうー?」
「真実ッスもんー!……って、ああ!どこに行くんスかすいれんちゃん!」
「お手洗い。教室で待ってるんだよ?」
「了解ッス!!」

……まるで犬です。教室から出る前に何気なく窓際の自分の席を振り返る。入学して2カ月。まだ席替えはしていない私の席を、屋上で食べることを諦めたらしい黄瀬くんが、隣の自分の机と合体させているのが見えた。取り敢えず真っ直ぐお手洗いに向う。黄瀬くんとは、そんなに仲が良いわけじゃない。私には、移動教室や下校を一緒にしたり、休日に家に泊まり合ったり、何でも話せる女の子の友達がちゃんといる。黄瀬くんはお昼ごはんの時に何故か混ざってくるので、もうすっかりお昼を一緒に食べる人ではあるけれど。お手洗いに入ろうとしたら、後ろから既出の友人数名が声をかけてきた。

「すいれん、今日帰りにあのかき氷のお店寄ろうよー」
「いいねー!私もTVで見て気になってた」
「じゃ決定ね!てか相変わらず黄瀬くんは私達とお昼を一緒に食べる気だよね。他の女の子達から嫉まれたりするのかな?」
「それ私も本人に言ってみたんだー」
「そしたら?」
「全然気にしてないみたい」
「自由すぎ〜」
「ね。そもそも黄瀬くだって男子達になにも言われないのかな」
「それは無さそうだから不思議〜。男子とも普通に仲良くやってるみたいだし。それはそうと、すいれんはいつもお昼食べる前にトイレに来てるね」
「よく見てるね」
「実はすいれんがトイレに行くのを見て着いて来ました!」
「可愛い奴め」

教室に戻ると、私がいつも一緒に居る女の子の集団のなぜか中心で、黄瀬くんが楽しそうにおしゃべりしていた。

「あ!おかえりッス〜」
「ただいま。あれ、みんなてっきりお弁当食べてるかと」
「もちろん待ってるよ〜」
「えーありがとう優しい」
「早く食べようッス!腹減ったッスよ〜」

楽しいお昼ごはんタイム。

「あ、そういえば!来週バスケの練習試合が決まったんス!うちの体育館なんで、みんな応援に来てほしいッス!そこで!!すいれんちゃんにお願いッス!マネージャーになってほしいッス〜」
「気乗りしないんだってば〜」

私は部活には入るつもりはない。黄瀬くんには入学してから毎日のようにバスケ部のマネージャーに勧誘されてるけど、気が進まなくてお断りしてる。
そして、その日も放課後まで黄瀬くんからマネージャーに勧誘されまくって、逃げるように下校した。
数日後。
黄瀬くんからのバスケ部の男マネになってほしいッス攻撃は、日増しに悪化している気がする…

「すいれんちゃ〜ん!」
「嫌」
「まだ何も言ってないッスよ!?」
「また勧誘でしょう?」
「違うッス!お昼ごはんを屋上で食べることを提案したかったんス!その後に勧誘ッス!」
「勧誘をやめないと黄瀬くんとはもう一緒に食べない」
「ガーン!……ってすいれんちゃん!どこ行くんスか!?」
「購買部。勧誘をやめないと黄瀬くんとは一緒に食べない」
「大事なことなので二回言われたんスか!?」

今日はメロンパンを買いに購買に行く。教室を出る前に自分の席を振り返ると、相変わらず黄瀬くんは私の机と自分の机を合体させていた。
購買に着くと、なぜかとても混んでいた。もみくちゃになって転んだりしそう。列に並んで、ようやくレジの前まで来た。メロンパンを取って、お金を払い、混雑から抜けようとしたら。

「きゃあ!」

横から割り込んで来た男子にブツかられて、私は反動で隣に居た人に見事にダイブした。ハッとして顔をあげると、凛々しい眉毛が特徴のイケメンさんが、私を見下ろしていた。彼は顔が真っ赤だった。私は、知らない先輩男子生徒の胸に思いっきり飛びこんでしまっていた。

「す、すみません!」
「イ、イヤ……」

先輩男子生徒は、見ている間にも真っ赤になって行った。口をぱくぱくとしたと思ったら、突然むぐっと口を紡ぎ、かと思ったら腕が意味不明な動きをした。何やら言いたいようだけれど、分からない。そして、最高潮に真っ赤になった先輩男子生徒は、突然クルッと私に背を向けると、ダッシュでその場を離れて行った。

「あっ…」

すごい。とても速くて、追いかけるなんてできなかった。どうしよう、こんな別れ方でいいのかな。

「君」

声をかけられて振り向くと、とても背が高い男子生徒が優しく微笑んでいた。ブツかった衝撃で手放してしまったらしい、メロンパンを差し出されていた。

「あっ。ありがとうございます」
「さっきの奴の友達で、小堀って言うんだけど。たぶんアイツは君に、怪我は無いか聞きたかったんだと思う。良かったらアイツもオレと同じクラスだから」

小堀先輩は、制服のポケットから小さなメモ紙とペンを取り出し、サラサラと何か書き始めた。手渡されたメモを見ると、クラスと名前が書かれていた。やはり上級生だった。去っていこうとする小堀先輩の背中に、慌てて声をかける。

「あの!ありがとうございました!」

小堀先輩が軽く手を上げて去って行く背中を見送ると、手元のメモに視線を落とす。

「3年生。笠松…幸男。先輩…」

すぐにお礼に行きたいけど、お昼ごはんを食べているはず。昼休みが終わる頃に行こうと、教室には戻らず、そばにある中庭のベンチでお昼ごはんは済ませることにした。友人に、連絡は入れておく。私を待って食べていなかったこの前のことを思い出していた。

「3年生の校舎に来るのって緊張する…」

落として少し形の崩れてしまったメロンパンを食べ終わると、3年生の校舎に入って階段を上っていた。海常高校は敷地が広い。学年ごとに校舎も違う。部活もしていない1年生が、上級生の校舎に用事なんて無いため、3年生の校舎に来るのは初めてだった。
さきほど小堀先輩に渡されたメモに書いてある教室まで辿り着いて中を覗くと、昼休みのゆるやかな雰囲気に、笠松先輩を見つけた。教室の一番奥の窓際で、小堀先輩と他のクラスメイトとお喋りしている。笠松先輩は、こちらにはまったく気が付かない。こっち、見ないかな。

「……!」

小堀先輩がこちらに気付いた。笠松先輩に何か耳打ちしたと思ったら、笠松先輩の笑顔がパッと引っ込み、こちらを見て私と目が合った瞬間目が見開いていた。私は目が合った瞬間頭を下げる。次に頭を上げた時には、笠松先輩はそばまで来てくれた。

「〜…、〜」
「!?」

私の前で立ち止まった笠松先輩の顔は、さきほどのような熟れたトマトのようにとても真っ赤だった。そして、さきほど購買でのように口をパクパクすると、突然むぐ、と口を結び…今度は突然、廊下のドアの外の端による私の横を通り過ぎて、私を見もせずに廊下をぐんぐんと進みだした。笠松先輩の背中を呆気に取られて見つめる。ちら、と小堀先輩を見ると、ヒラヒラと手を振っている。着いて行け、と言っていると解釈した私は、小堀先輩に頭を下げると、遠ざかる笠松先輩の背中を急いで追った。ヒューヒューという声が追いかけてきたが、そちらは見ないようにして。
笠松先輩は、廊下を階段へ曲がり、階段を上って行き、屋上へのドアの前でようやく足を止めた。笠松先輩は振り返らない。……もしかして怒ってる?だとしても、何を怒らせてしまったのかわからない。

「あの、突然来てすみませんでした。購買部でこけずに済んだので、お礼を言いたくて……」
「………」
「あ、すみません。私は1年の白河すいれんです」
「………」
「あの、私、怪我もしませんでした。先輩のおかげです、ありがとうございました。でも……私のせいで先輩が怪我なんてしてしまっていないか心配で、」

突然クルリとこちらを向いた笠松先輩の顔は、相変わらず真っ赤だった。何か言おうとしているのか、口を開いた。しかし突然やめたのか、ぎゅ、と口を紡ぐと、突然手を顔の横にシュタッ、とした。そして何を想ったのか私の横を通り過ぎ、相変わらず顔を真っ赤にしたまま、一気に階段を駆け下りて行ってしまった。

「あっ…」

相変わらず速い。姿の見えなくなった先輩に、私はなんだか気が沈んだ。

「嫌がられてるのかな…」

そろそろ昼休みが終わる。気落ちしながら教室まで戻ることにした。
放課後。

「すいれんちゃん!すいれんちゃ〜ん!お願いッス〜!」
「黄瀬くん……ほんとやめて」

急いでるのに、黄瀬くんが私の腕を掴んで離さない。

「嫌ッス〜!バスケ部マネージャーになると言ってくれるまで離さないッスー!」
「早くしないと、笠松先輩が帰っちゃうの……!」
「笠松先輩……?」

パッと突然腕を離された。

「すいれんちゃん、笠松先輩に会いに行くんスか?」
「黄瀬くんが言う先輩が私の言う先輩なら……」
「3年?」
「え、うん」
「バスケ部っしょ!」
「え、そこまで知らない」
「んーと、あ!フルネーム、笠松幸男!?」
「あ、うん」
「やりー!決まりッスね!!」
「何が!?」

ガシっ。とまた手を掴まれた。

「今日もバスケ部は練習ッスから、すいれんちゃんに笠松先輩を会わせてあげるッスよ!」
「え、ほんと?」
「その代わり、バスケ部マネージャーになってくださいッス♪」
「……うぅ」

致し方ない……のかな?

「そうと決まれば」
「や、決まって無いってば!」
「直ぐに行きましょうッス!」
「聞いてるの!?」

手を掴まれたまま教室を飛び出し、廊下を走り抜け、階段を駆け下りて、昇降口で上履きからローファーに履き替えると、校舎を横切り、花壇を通り抜け、部活棟まで走り抜けて来てようやく手を離された。

「……ここ、男子バスケ部の部室よね」

女子の私は入れないのに。黄瀬くんはどういうつもりなのかな。

「へえ〜結構体力あるんスね?」
「へ?」

いつもよりニッコニコしてる黄瀬くん。

「実は、体力測定をさせてもらったッス。試すようなことしてごめんなさいッス。でも教室からここまで息切れもしないようなら、合格ッスよ。すいれんっち!」
「……黄瀬くん……」

あなたって人は……

「って。すいれんっち!?」
「そうッス!すいれんっち!」
「……黄瀬くんがその呼び方をしてる女の子、他にいる?」
「ん〜桃っちくらいッスかね〜?……あ!もちろん、すいれんっちはオレの特別ッスから安心してくださいッス♪」
「そういう意味で言ったわけじゃないんだけど……それで、その女の子はこの学校なの?」
「違うッスね!東京の桐皇学園ッスね!」
「じゃあダメ。黄瀬くんが私だけそんな風に呼んでることが知られたら、私が女の子から嫌われちゃう!私は女の子と仲良くしたいの。わかって黄瀬くん」
「ええ〜オレがあだ名をつけるのはオレが認めた人だけなんスよ〜?」
「余計ダメだわ!」
「ええ〜。すいれんっちって呼びたいッス〜」
「ダメ、絶対」
「なにかの標語っぽくなってる!でも可愛いくないッスか〜?」
「たまごっちみたいでセンス古すぎ」
「ひどっ!!うわーんすいれんっちが冷たい〜」
「やめてったら!」
「え〜すいれんっちカワイイ!すいれんっちカワイイ!ってブフォ!!!」
「部室の前で騒いでんじゃねーー!!」
「……!?」

突然男子バスケ部の部室のドアが開いて、なんと笠松先輩ご登場。同時にシバかれる黄瀬くん。

「あ……」
「!!!」

笠松先輩は私と目が合った瞬間、また急に真っ赤になって、そしてドアを勢いよく締めた。

「ちょっ……笠松先輩!?入れてくださいッス〜!」

シバかれた後に締め出されて、泣いてる黄瀬くん。蹴られたけど腰はもうなんともないのだろうか。

「あ……すいれんっち、笠松先輩に会いたかったんスよね!」
「うん、でももう、」
「笠松先輩ー開ーけーてーくださいッス〜!!すいれんっちが〜!」
「ちょ、待って、待って黄瀬くん」
「え?すいれんっち?」
「もうそれで確定なのね……じゃなくて。あのね黄瀬くん、私、笠松先輩が怪我をしてないってことがわかったからもういいの。部活に出ようとしてるってことは怪我はないってことなんでしょ?それじゃ、練習がんばって。また明日」
「ちょ!待ってくださいッス!」

ぎゅ、と手を掴まれて引き止められる。ていうかその王子様な握り方をやめて。ほかの女の子に見られたら私が(ry

「約束、忘れてないッスよね?笠松先輩に会わせたら、マネージャーになってくれるって言う話!」
「……黄瀬くんは、これを約束を果たしたって言うの?」
「え?違うんスか?」

まじですか黄瀬くん。きょと顔ってあなた。と思ったら、急に真面目な顔をする黄瀬くん。

「オレは本気ッスよすいれんっち。オレは、すいれんっちじゃないと嫌なんス」
「黄瀬くん……。どうしてそんなに私のこと」
「あー……コホン。スマンがお二人さん」
「「?」」

声のした方を見ると、小堀先輩だった。

「告白をするのは良いが、うちの部室の前ではやめてくれないか……」
「小堀先輩!」

黄瀬くんは小堀先輩を見ると、パアッといつもの明るい表情に戻った。

「すみませんッス、ドアを塞いじゃってて。オレも直ぐに着替えるッス!」
「あ、あの、小堀先輩……?誤解されてます。私、黄瀬くんに告られていた訳ではありません」
「何?違うのか?」
「はいッス。すいれんっちをマネージャーに勧誘してたんス」
「どうしたらマネージャーの勧誘があんな光景になるんだ!?」

正論ですね。ていうか、いつからそこにいらっしゃったんですか、小堀先輩。

「ん。それより黄瀬もそろそろ部室に入れ。君は、昼休みの子だね」
「あ、はい!すみません申し遅れました、1年の白河すいれんです。昼休みはいろいろとありがとうございました」
「いやいや。それで笠松とは話せたか?」
「それが……」

私が俯くと、黄瀬くんがすかさず横から

「え?昼休み?って。すいれんっち教室に戻ってこなかったッスけど、何かあったんスか?」
「あ〜黄瀬。お前は先に部室に入って着替えていろ。オレも直ぐに行くから」
「……は〜いッス」

小堀先輩による人払いで、幾分か話しやすくなった。

「笠松は……何か君に言ったか?」

黄瀬くんが部室に入り、ドアがしまったのを確認すると、小堀先輩が私に向き直った。

「いいえ」
「そうか。や、気を悪くしないでほしいんだ。笠松はな」

小堀先輩が声のトーンを落とし、口元に手をあて、私にこっちへ来いと手招きした。私は耳を寄せる。

「笠松は極度の女子苦手症なんだ」
「!」

合点が行った。そっか、だからあんなに真っ赤になるんだ…

「オレが思うに、黄瀬がマネージャーに勧誘するのも、女子のマネージャーが居れば、笠松の苦手意識を軽減できる、そう思ったんだろうな」
「そうだったんですか」

さしずめ黄瀬くんは、女子が苦手な笠松先輩が自分から女子生徒をマネージャーに勧誘するはずがないと思ったから、私が笠松先輩に会わなきゃいけないと言ったことも、私個人だけの理由と推察してどうして?と聞いてきたのだと思った。

「みなさん……思いやりのある方なのですね」
「そうだな。オレたちは良いチームだと思う。だからオレは、君のマネージャーの話、良いと思ってるよ」
「小堀先輩、」
「さ!じゃあ先に体育館に行って待っててくれ!オレらも直ぐに行く」

小堀先輩は、すいれんが体育館の入り口へ向かう角を曲がって姿が見えなくなるまで見送ると、部室に入った。

「……黄瀬が選んだ子だしな」
「え?呼んだッスか先輩〜?」
「なんでもないさ」

小堀は、着替えようとスポーツバッグをロッカーに置くと、中央のベンチで座っている笠松をちらと見た。既に着替え終わってはいたが、部室を出て行く感じはなく、ハアァ〜とやたら深い溜息をついていて、結局小堀と一緒に部室を出て体育館へ向った。すいれんが体育館に着くと、少し前から人は来ていたようで、電気が既に明々と灯っていた。部活生の邪魔にならない様、端っこに寄る。自分の気持ちを整理する。私は、部活をしたいのか?バスケ部の?マネージャーを?どちらの経験もないのに?それも海常高校のバスケ部と言えば、強豪校と聞く。そんなところに、経験もない自分がマネージャーになって、強豪校選手達のサポートなんて勤まるのだろうか。やっぱり断ろう。とてもじゃないけど、強豪校の足を引っ張るとしか思えない。

「ちーっす」

そうこう考えてるうちに、バスケ部員達がゾロゾロと体育館に入ってきた。言わなきゃ、がんばれ私。

「いつも通り、始めていてくれー!」

笠松先輩がそう号令をかけると、小堀先輩と目が合った。小堀先輩は笠松先輩に何か言うと、笠松先輩が離れ、小堀先輩がこちらへと歩き始めた。先輩のほうから来させてはいけないと、私は慌てて小堀先輩に駆け寄った。

「小堀先輩っ」
「ああ。悪いな、笠松(キャプテン)からの伝言だ。今日のところは見学をしていってほしいそうだ」
「あ……」
「まああれだ」

ちら、と小堀先輩は一瞬だけよそを向いた気がした。実際は笠松先輩を見たのだが、すいれんは気付かない。笠松先輩はと言うと、小堀の思惑通り不審に思って、すいれんと小堀の二人をアップした手を止めてまで見つめる。それを確認した小堀は、すいれんをちょいちょい、と手招きした。すいれんはさきほど1度経験しているので、なんの躊躇もなく小堀先輩に近付く。

「まあ、君にとっては急な話だろう?急にマネージャーを希望している、下見、では緊張するだろう?」

小堀が屈んだ姿勢を正したことで、小柄なすいれんの姿が小堀の影から現れた途端、パアッと嬉しそうな顔をしたのを笠松は見逃さなかったのを小堀もしっかり確認した。

「小堀先輩、お心遣い、ありがとうございます」

微笑むすいれんに小堀は微笑んだ。ちら、と笠松を盗み見ると、まだこちらを見つめたままだ。手も止まっている。小堀はよしよし、と心の中でうまく運んでいることを噛みしめた。

「ねえ君、とても可愛いね。もしかしてオレを見に来たのかな!?」
「え、あ、あの……?」

突然現れたさらさら髪の切れ長のイケメンさん……ど、どちら様ですか?

「よせ、森山。いきなりナンパをするな」

すぐに小堀先輩が静止してくれた。良かった。

「そんなことないよ、小堀。オレは一期一会を大切にする……男だ!」
「あーはいはいわかったから。練習始めよう。黄瀬ー」
「はい〜ッス;すいれんっち、ごめんッス〜」
「なに、すいれんちゃんと言うのか。名前も可愛いな。後でゆっくり話でもしよう!すいれんちゃん」
「森山先輩、練習始めましょうッス;」

小堀先輩は黄瀬くんを呼んですぐに森山先輩は黄瀬くんに連れて行かれた。

「今日の練習は19時までだ。最後まで残るなら、部員が送ってやるから、思う存分見ていってくれ」
「はい」

小堀先輩はそう言うと、にこっと人の良い笑みをすいれんに向け、部活動へと戻って行った。すいれんはその日は最後まで残った。逆方向であるのに森山先輩が送ると聞かなかったけれど、小堀先輩が優しく諭し、小堀先輩が送ってくださることになった。その決定に森山先輩と黄瀬くんが不平を言っていたけどすぐに黙らされていた。

「すいれんっち〜また明日教室でね〜!」
「明日はぜひ送らせてもらうよ、すいれんちゃんを」
「もう帰りましょうッス、森山先輩!」

みんなと別れて、小堀先輩と歩く、すっかり暗くなった帰り道。

「すみません、送ってまでいただいて」
「ああ、気にしないで」

笠松先輩は、私と顔を合わせると相変わらず真っ赤になってたなぁ、と思い出す。

「……笠松じゃなくて、ガッカリか?」
「そんな!はず無いじゃないですか」

小堀先輩って、いじわるなのかな……?

「ははは。冗談だよ。それより、明日の見学はどうする?もう少し猶予を与えることはできるよ」
「ありがとうございます、小堀先輩」
「練習前にも話した件だが、オレも笠松の女子苦手症をどうにかしてあげたい。かと言って、マネージャーを強制したいわけではない。マネージャーに拘らない方法もある。もし頼めるなら、毎日笠松に顔を出してやってほしい。そうすれば、笠松も白河をキッカケに苦手症の軽減が期待できる。どうだろう?」
「そうですね…」

私はマネージャーになることによる不安を小堀先輩に話してみることにした。

「私、バスケもマネージャーも経験したことがないんです。強豪校なのに、私の様な素人が務められるのか不安で。もちろん勉強はしますが、それでもキャリアなど経験が私には圧倒的に足りないですし。でも…」

マネージャーではなくても、私にでも、毎日笠松先輩に顔を会わせに行くくらいならできる。

「言ったろ?まだ時間の猶予は与えられるって。まずは、笠松に毎日顔を見せてやってくれ。それで、白河の気持ちがマネージャーに固まれば、入部してほしい」
「小堀先輩…はい、私、毎日笠松先輩に会いに行きます!」
「助かるよ」

小堀先輩はにっこり笑った。

「あ、先輩、私の家ここです」
「ああ、また明日な」
「はい!小堀先輩、ありがとうございました!」

勢いよく頭を下げると、マンションのロビーに入り、オートロックの番号で自宅を鳴らし、エレベーターホールに入った。振り向くと、小堀先輩は、私がエレベーターに乗るまで見送ってくれた。


***


翌日のお昼休み。

「すいれんっち〜!お昼屋上で食べようッス!」
「……屋上好きだね」
「って。お弁当箱持ってどこに行くんスかすいれんっち……?」
「先輩たちの教室」
「ほえぁ?!ちょ、待って!オレも連れてってくださいッス!」

笠松先輩の教室に行くのに、なぜかワンコも着いてきた。笠松先輩達の教室に到着すると、すぐに小堀先輩が廊下にいる私たちを招き入れた。

「なんだ、黄瀬も来たのか」
「小堀先輩、ひどいッス〜」

わはは、と小堀先輩が笑う。

「笠松先輩、隣良いですか?」
「〜〜〜ッ、」

笠松先輩に挨拶して真横に腰を落ち着けると、笠松先輩は安定のトマト。小堀は笠松から睨まれているのを感じて、口を開く。

「親睦を深めるのに暫く良いかと思ってな!チームワークを育むためだ、食事を一緒にするのもな!」
「…………」

まあ……小堀先輩、用意していたように上手いことを言うんですね。でも笠松先輩は、トマトのままですが黙って小堀先輩を睨みつけてますよ……

「笠松先輩…嫌いですか?こういうの…」
「エエイイアア」

相変わらずトマトで私のことも一度も見ない笠松先輩。

「笠松先輩、一青窈ッスか?」
「黄瀬、シっ」
「っ!?」

余計なことを言った黄瀬くんがなんか小堀先輩にシメられてることは気にせず、ふと笠松先輩のお弁当に視線を落とす。

「わあ、笠松先輩。お弁当美味しそうですね!」
「!?、、〜……〜」
「笠松はな、たまに自分でも作るんだぞ〜」
「すごいですね!笠松先輩!」
「、〜」

小堀先輩のナイスアシスト、笠松先輩は耳まで真っ赤にすると、お弁当を食べることだけに集中してしまった。早く私に慣れてほしいな。一朝一夕で慣れてくれる訳ないけど……。慣れてもらえるまでがんばるんだから!
放課後は、今日も男バスを見学した。今日はお父さんがたまたま迎えに来てくれることになって、バスケ部員さんに迷惑をかけずに済んだ。翌日も、また翌日も、今週は毎日お昼休憩と放課後の練習に笠松先輩に会いに行った。相変わらずお昼は黄瀬くんも着いて来ていたけど。
そしてついに明日は土曜日だった。あらかじめ練習時間を小堀先輩から聞いていたので、笠松先輩に会いに来ると。

「あれ?すいれんっちじゃないっスか!!あ、もしかして俺の応援に来てくれたんスか?!」
「黄瀬くんハウス」
「わはは。それ良いな、白河」
「小堀先輩、お疲れ様です」
「ああ」
「すいれんっちヒドいっス><。」

黄瀬くんの悲壮な声はスルーして、目的の人を探す。

「笠松先輩!」

直ぐに見つけて駆け寄る。

「お、おう……」

笠松先輩は段々と私に慣れてきているようだった。私に返事を返してくれるようにまでなっていた。やっぱりスポーツ選手なんですよね、精神力が強いです。この調子で行くと、あっという間に女子苦手症が完治するんじゃないでしょうか!?
それからは、学校が休みの日でもバスケ部が部活動をしているなら足気く笠松先輩に会いに通った。いつの間にか、私は海常高校男子バスケ部の正式なマネージャーとなっていた。そうこうしているうちに、笠松先輩も、私の目を一瞬だけど見れるようにまでなっていた。季節は、夏休み。
インターハイが、始まる。