2017年10月31日の今日、僕の頭を悩ませるのは、みんなのこんな質問だ。


「瑞樹さん、今年のハロウィンはBUCKSの誰が仮装するんですか?」


「だ…誰だろうね?僕も知らされてないんですよ…」


そう言って苦笑いを浮かべるので精一杯。


本当は、今年仮装するメンバーは誰か決まっている。




……僕だ。




「遅かったじゃねぇか、瑞樹。始めようぜ」

「なんでそんなに乗り気なの、陣は…」

「そりゃお前の女装となれば?クオリティはたけぇだろうからな。楽しみにしてんだよ」


都内某所の撮影スタジオ。

僕より先にメイクルームに先に入っていたのは陣と亮介だった。

二人は女装も何もしていない。普段着のままだ。僕の女装を見学しにきただけなのだろう。



だいたい、なんでこんなことになったかというと、120%志朗のせいなんだ。

去年のハロウィン、湊の女装を志朗がtwitterに公開して。その話題性に味を占めたのがなっちゃんだった。


『今年は瑞樹の本気の女装で世間様をあっと言わせるわよ!!!』なんて。


あっと言わされたのは僕だ。


まさか飛び火してくるだなんて、思いもしてなかった。



「瑞樹さん、そろそろメイク始めますね」

「………」

「諦めろ瑞樹。往生際が悪いぞ」


メイクアップアーティストが、眉間にしわを寄せた僕に遠慮がちに話しかけてきて。見かねた亮介が、彼女に助け舟を出す。


隣の空いた席に座った陣は、ニヤニヤしながら僕を見つめ、メイクさんに声をかけた。


「セクシーな感じでお願いします、セクシーな感じで」

「陣!余計なこと言わないでくれる!?」

「クールビューティでお願いします、クールビューティ」

「亮介も!やめてよ変な煽り!」


メイクさんの筆が僕の顔の上を踊る。慣れない感触がくすぐったい。


一体どんなメイクをされるのやら。

こればっかりは完成してみないと分からない。








「おいおい…マジかよ…」

「ここまで似合うとは思わなかったな…」


着付けとメイクが完成して、出来上がったのは。


「……あんまりジロジロ見ないでくれる?」


着物姿、完璧に女装をした僕。


(動き辛いし、息が苦しい……!)


けど、背筋をピンと伸ばしてしまうのは、和服の力というやつだろうか。
少しでも見映えよくしたいと思ってしまう自分がいる。


陣がスマートフォンを取り出して、僕を撮影し出す。

亮介は…見惚れてくれているのか、口元を押さえて僕を見つめている。


「完成した?あら、いい感じじゃない、瑞樹!!」

「この企画当たりだったな、ナツ。プロデュース成功だぜ」


スマートフォン片手にメイクルームから出ていく陣と入れ違いに現れたのは、マネージャーの夏さんだった。

夏さんも僕を見て満足げに微笑む。


「さぁ、スタジオに入って撮影するわよ!!これで今年のハロウィンも話題は独占ね!!」


そう言って、夏さんもメイクさんと一緒にメイクルームから出ていく。


部屋には、僕と亮介が残された。


おずおずと、僕は亮介を見上げる。


(亮介には、僕はどう見えているんだろう…?)


「亮介、どうかな、僕……ッ!!」



…突然だった。

亮介が僕の袖を掴んで、引き寄せたのは。

亮介の大きな両腕の中に、僕はすっぽりと入ってしまった。


慌てる僕の耳元で、亮介が囁く。


「……最高だ」


そうして、僕の耳を、軽く食む。


「ッ……も、だめだって、離して…!」


かぁ、と顔が熱くなる。


何してるの、こんな場所で誰かに見られたら…!!


ーーガチャ、


「おい、早くスタジオこい…よ…」

「ッ!!」


部屋に入ってきたのは、陣だった。

僕は亮介の腕の中にいながら、開いたドアの前に立つ陣と思い切り目があった。



「……スタジオで待ってるわ……」



ーーガチャン、


気まずそうな顔をした陣が、静かにドアを閉めた。


「〜〜〜ッ!!!亮介!!!!」

「そんなに怒るな、せっかくの美人が台無しだ」


亮介は、今度はその唇を僕の唇に重ねた。


「んっ……ん……!」



体から力が抜けていく…けれど!!


ここは踏ん張らなければ!!!


「だめだって言ってるでしょ、馬鹿…!!」

「イテッ。…綺麗なお前が悪い」

「ちょ、亮介!!唇に口紅ついてるじゃん…もう!!!」


亮介の唇には、僕の唇の上に塗られた口紅の色が付いている。

これじゃ陣にすぐ見抜かれる!!

僕は慌ててティッシュペーパーを亮介に渡した。


「瑞樹!!何してるの、早くスタジオに来なさい!!」


今度は夏さんがドアから顔をのぞかせた。


「は、はい!!今行きます!!」


振り返ると、亮介はまるで、いたずらに成功した子供のように、クスクスと笑っていた。


僕は少しだけ亮介を睨んで、慌ててメイクルームを後にする。


あぁもう、走りづらい!!着物!!!


「瑞樹!走ると着物が崩れるぞ!」

「誰のせいだと思ってるの!!」


背後から声をかけてきた亮介に、振り向きざまに舌を出す。


スタジオはもう目の前。


あぁ、もう!!

ハロウィンだからって、なんでこんな目に!?



『瑞樹さん、今年のハロウィンはBUCKSの誰が仮装するんですか?』



来年は!!



もう、絶対!!!!



僕は仮装なんかしないからね!!!






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