俺にとっての君


「わあ! これ、なに? どーしたん?」

「ぬいぐるみ好きやろ? やから、あげる」


ぼやけた視界の先。小さな女の子と男の子が二人で仲良く話している。手に持ってるのは、黒のクマのぬいぐるみ。


「かわええー! ありがとぉ!」


黄色のスカートが風に揺れた。その子は大切そうにくまのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた。




──────


「……っ、はぁ…」


見慣れた天井。壁に掛けられた好きなバンドのTシャツとドラムスティックのケース。漫画とちょっと教科書が入った本棚。

日付は八月九日。


「……なんでやねん」


濡れた服が気持ち悪い。目の前で青ざめて、紫色の唇になってく様子はまだ覚えている。目の前で人が死に向かっていく。俺はなにも助けることができない。こんなん、理不尽や。なんでこんなことさすん。助けるなんて息巻いて、結局名前は俺の前で、俺の腕の中で死んでった。
髪をぐしゃっと手で掻き上げる。どこにも向かわせることができん怒りが込み上げてきて、壁を強く叩いた。拳がヒリヒリと痛い。でも、こんな痛みなんて、生きてる証拠やんか。この痛みよりもっと苦しいもんが何回も名前に襲いかかっとるんやないか。


「名前……」


名前はもう起きてるかな。泣いてるんやろうな。前回も、目、腫れてた。




名前はやっぱり泣いていたのか、今日も目が腫れていた。ごめんね、と謝られたけど、俺の方も謝りたくて、気まずい空気が俺らの間に流れた。


「……やっぱり、一瞬で死ぬ方が楽だなぁ」


何を言うかと思えば、そんなこと。死を何回も経験してる名前からすれば、そうなのかもしれんけど。


「死なん方向目指そうや」

「…ん」


今回で12回目のループやって、名前は言った。そこでちょっとした疑問が湧いた。


「ループって何回でも出来るもんなん?」

「えっ? ……あ」


当たり前のように考えてたけど、盲点やった。無限ループならまだいいかもしれんけど、もしかしたら何かしらの制約があるかもしれん。マルが言ってた。人の生死がエネルギーになってる。命を引き換えにループしてる。そういうことなら何かしら制限があるかもしれんって考えたほうがいいはずや。
あかん、何が原因なのかも分からへんのに、制限も何も分からへん。


「……俺らだけじゃ分からんな。亮ちゃんも」

「あ、あかん! 亮ちゃんには言わんといて!」

「…………ん」


名前は慌てたように俺の言葉を遮った。俺の目を見ようとしないで。

名前は、亮ちゃんのことが好きやったと思う。
昔から亮ちゃんは俺らのこと引っ張ってくれた。それに亮ちゃんはいつも名前のこと気にしてたし、名前もそんな亮ちゃんと一緒にいるほうが楽しそうやった。俺っている意味あんのかなとか時々考えてたし。亮ちゃん、いつもありがとぉな。そうやっていつも飴ちゃんもらうのは亮ちゃんで、俺はそのついでやった。たぶん。そんで、亮ちゃんは名前に向かってはにかむんや。
だから、今回もそう。亮ちゃんに迷惑かけたないってのが根本にあるんやないかな。頼りにされてるってのは正味嬉しいけど、な。


「……忠義?」

「ん、……考え事してた」

「……そっか、ごめん」


タイムリープの中の名前はいつも謝る。確かに最初は巻き込まれたけど、それが嫌なわけやない。絶対助けるって決めてんねんもん。やから、絶対謝らせるんやなくて、ありがとうって言われて、飴ちゃん貰うんや。それくらい、貰ってもええやんな。ちょっと欲張りになってもええやんな。



俺の初恋相手やから。