朝起きて窓を開けたらとても気持ちのいい風が部屋に入り込んできた。
こんな日はサンドイッチを持って外に出掛けたくなるね、って私に笑いかけてくる人。その顔は私が一番好きな顔だった。
「出掛けてみようかな」
サンドイッチは持たずに、風に誘われるがままに外に出た。うん、やっぱり風が気持ちいいな…。
フラフラと歩いていると、見覚えのある球体が足元に転がってきた。
「あれ、名前?」
「あ、フィディオくん」
サッカーボールを拾いあげて嬉しそうに笑うフィディオくんに駆け寄る。朝から練習?と聞くと「まぁね!」と自慢気に腰に手をあててエッヘンと言うようなポーズをした。ふふ、可愛い(笑)
「朝から君に会えるなんて俺はついてるな!サッカーやってて良かった!」
「ふふ、大袈裟だよ」
「…いや、本当に、心からそう思ってるんだ」
急に柔らかく笑いながら私を見るフィディオくんに首を傾げてみたけど、彼はただ笑うだけだった。
「…やっぱり君にはあのとき泣いてほしかったな」突然意味が分からないことを言って、フィディオくんはサッカーボールを私から受け取ると、顔の近くまで持ち上げて自分のおでこにコツンと当てた。
もしかして私の顔面にボールをぶつけた時のことを言ってるのかな?
「泣いてほしいだなんて、フィディオくんはいじわるなんだね」
「あはは、確かに俺はいじわるかもね。君の涙はきっと綺麗なんだろうなって思ったら泣いてほしいと思ってしまってるから!」
そんな爽やかに言われてもただカッコイイだけだよ!なんて言えなくて、絶対泣いてやるもんかと深く自分に誓った。
「今さらなんだけどさ」
「ん?」
「名前はイチノセとドモンとアメリカに来たんだよね?」
「うん、そうだよ?」
「どうして?」
どうして、そう聞かれて私は少し言葉に困った。…困った?どうして?そういえば私は何で一之瀬くんたちとアメリカにやってきたのだろう。たぶん、アメリカに行く前に一之瀬くんが言ってくれた言葉が、私は凄く嬉しかったんだと思う。
「ひとりにするわけないだろって、言ってくれたからかな?」
「…向こうではひとりだったの?」
「そういう訳じゃないよ。ただ…私は、」
私は?
私は…私は、心細くて心細くて…。それに手を差しのべてくれたのが一之瀬くんだったから。
でも、いくらその手を握っても私は苦しかったのを覚えている。だって私が掴みたかった手は、もっと別のものだったから。
でも一之瀬くんがいてくれなかったら、やっぱりひとりだったんだと思う。なんで、ひとりになったんだろう。
「ごめんね名前」
フィディオくんは困ったような泣きそうな笑顔を私に向けた。ごめんね?なんで謝るの?
「困らせちゃったね、泣きそうな顔してる。ごめんね」
そんな顔をしてるなんて思わなくて、首を横にブンブンと振った。ちゃんと答えられなかった私が悪いのにフィディオくんに謝らせてしまった。申し訳なく思った。怖く、なった。
「あ、れ」
「名前?」
「ごめんねフィディオくん」
「え?」
「ううん。ごめん、ね」
不思議そうに笑うフィディオくんに私もつられて笑う。怖く、なくなった。少しだけモヤモヤした気持ちは残ってるけど。
「見つけた」
どこからか聞こえた声に、フィディオくんと顔を見合わせる。
何を見つけたんだろうね?ってフィディオくんに聞いたら、「そういう意味じゃないと思うよ」と苦笑いした彼の後ろに人影。
「フィディオくん!う、うしろっ!」
「名前!うしろ!」
え!私のうしろにも!?
振り向くと同時に何も見えなくなった。いきなり夜にでもなったのだろうか。
そんな呑気な考えが浮かんで、それっきり思考が止まった。