帰り道に好きな人と美味しいものを食べながらその日あったことなんかを語り合う。一見すればそれは恋人のような関係なんじゃないかとすら思える話。
でもそれは多分私に限っては違うのだろう。

「どうした?あんま進んでねぇぞ」

視線を自分の器から外し、丸井君が隣の私の器を覗き込こんでくる。
その際に互いの肩と肩が密着し真隣りにまで縮められた距離が妙に気恥ずかしくて、思わず手にしていたレンゲを強く握りしめた。

「ちょっと考えごとをしていただけだよ」

「早く食わねぇと冷めんぞ」

その考えごとにはあえて突っ込まずに丸井君は傾けていた体を戻し食事を再開した。

『ラーメンはスピードが命。冷めたら旨くねぇからな』
初めて一緒にラーメンを食べた時に彼が言っていた言葉を思い出した。

今では当たり前のように帰りに彼と食事をしているのに、彼が私と一緒に時間を過ごしてくれている実感がまだ湧かない。
以前はただ同じ部活というだけで、隣のコートから時々見つめていただけだったのに。

同じクラスになり、私の作ったお弁当に興味を示してくれた丸井君とたまたま料理の話をしたら、お互い食べることが好きだという話題に発展した。それがこの関係の始まりだった。
初めてラーメンを一緒に食べた時の「次はどこにしよう?」と楽しそうに尋ねてきた丸井君の顔を私は今でも忘れられない。
あまりにさらりと次回の約束をするものだから、その時過ごした時間がとても楽しかったから、私はそれ以降も色んな店を食べ歩くことに参加した。

食べながら、どんなジャンルの料理が好きか、クラス内での話題、テニスに関する話題など、見えてくる共通の話題にふれながら食事をするのはおもしろかった。遠かった彼の人物像を食事を通して知るようだった。

また私達はお互い美味しいものを食べることに関して余念がなかったから、どこに行きたいかを行く前に真剣に考えたし、そのためにわざわざ昼食をとりながら計画したこともあった。
一生懸命考え抜いて絞ったお店で食べるご飯やスイーツが美味しいかった時の喜びはこの上なかったし、何より嬉しそうに笑顔で食べる丸井君を見るとこっちも嬉しくなったのだ。

そうしているうちにある疑問が私の中で浮かび上がった。
食べ終わった後に包まれる幸福感は、果たして料理の腕前だけによるものなのかと。
気づけば彼と共に食事をすることが幸せになっていたのではないかと感じた時、初めてこの気持ちに気づくことになった。

「丸井君はどうして私といつも一緒にご飯を食べてくれるの?」

だから知りたくなった。
彼は食事に同伴する私のことをどう思っているのか。
この厨房を前にしたがやがやとした雰囲気の中で尋ねるのは、静かで落ち着いた場所であらたまって返事を聞く自信のなさの表れだった。

ぴたりと食べるのを止め、顔をこっちを向いた丸井君は一瞬驚いたように瞳を見開き、すぐに得意げな笑顔を見せた。

「きまってるだろい。天宮の食いっぷりに惚れたからだよ」

惚れた、その言葉に心臓が跳ねそうになるが、あくまでそれは食いっぷりに関してであり、その表現は「同じ友人となぜ毎回食事に行くのか」という問いへの返答にも十分通じる。

「俺の仲間でもここまで気持ちいい食いっぷり見せる奴いねぇぜ?」

「それにみんなそこまでグルメじゃねぇから、食えりゃいいってとこあるしよー、絶対旨いとこで食いたい!ってこだわり持って店入んの天宮と行く時だけなんだよな」

瞳を輝かせて語る丸井君を見ていると、本当に美味しいものを食べるのが好きなんだって伝わってくる。
私もそうだったから、よくわかる。
でも今は食べることよりも、その相手のことばかり気になってしまう私は丸井君にとって迷惑でしかないよね。

「食べっぷりが気にいってもらえるなんて嬉しいな。・・・でも丸井君も彼女とか出来たらその子と行ってあげないと駄目だよ?」

今はこうして一緒に時間を過ごしても、いずれこの隣に座るのは私じゃなくなるんだ。
彼が大切にしたいと思う人、それはこんなに大食いで背も彼よりも高く、男女とか言われるような私とはかけ離れた存在かもしれない。
もし彼女が少食だったとしても彼が好きになった人と食べられるなら、きっと彼は今以上の笑顔を見せながら食べるんだろうな。

「・・・」

私の返事を最後に丸井君は暫く黙り混んでしまった。
ああ、私なんかに彼女の心配されるなんて余計な話だったかな。
それとも、笑顔で言ったつもりなのにさっきの私の声がもう少しで震えそうだったことがばれちゃったのかな。
もしそうだとして、寂しさが伝わってしまったら、この好意が伝わってしまったら?
全然対象外の人間に好かれたって、丸井君も困惑するだけだよね。

「じゃあ、その彼女になってって言ったらお前はどーすんの」

「えっ」

沈黙を破ってそう告げた丸井君の声のトーンは茶化すようなものではなく、控え目にそれでいて落ち着いていた。
自分の名前と並列された「好き」と「付き合ってほしい」という言葉が少しずつ体に沁み渡っていき、次第に鼓動を早めていく。

「お前はさ、ダチと飯食いに行く感覚かもしんねぇけど、俺はお前のことそういう風に意識してるんだけど。・・・だめ?」

まさかストレートに今彼の気持ちを聞けるなんて思っていなかったから、しかもそれが自分にとって願ってもいない言葉だったから、咄嗟に言葉が出てこなかった。
ぱくぱくと口を開け、視線を彷徨わせた後でぎゅっと目を瞑り今精一杯の気持ちを搾り出そうと努力する。

「あ、わ、私ももっと丸井君と色んなもの食べたい!まだ行きたい店だってたくさんあるし、お菓子だって食べたいから!あっ私ももちろん友達としてって意味で言ってないよ!私もちゃんと丸井君のこと男の子として好きだから!」

テンパって矢継ぎ早に繰り出す返事は一息でいいあげた上に語気は次第に強まっていき、最後の「丸井君が好き」なんかは周囲に聞こえるくらい大きな声を出してしまった。
自分でもしどろもどろになっているのがわかる。
そして一部始終その様子をじっと見つめていた丸井君は顔を一気に綻ばせた。笑いを堪えているのか少し体が小刻みに震えている。

「つまり、俺と付き合ってくれるってことだよな?」

「う、うん」

「天宮可愛いすぎ。俺のこと好きって店内の全員に宣言したようなもんだろい」

「そんなに声おっきくなかったもん!」

「いーや客はみんな一瞬お前を見てたね」

「は、恥ずかしい・・・」

ケタケタと笑っている丸井君だけど、照れているのか少し赤い耳元が髪から覗いている。そして安堵とも落胆ともとれる溜息をつき、片手で顔を覆った。

「つーか、今告るとか全っ然考えてなかったのによ・・・ラーメン屋で告るって・・・嘘だろ」

彼に言わせれば、後日カフェで素敵なお茶とケーキを楽しんだ後に改めて話を切り出したかったのだとか。
食い気で動いてる彼にも雰囲気を重視したい一面があったのには驚いたけれど、なにより「女子はそういうの好きだろ」と言ってくれたのが嬉しかった。
丸井君って私が自分で思ってた以上に私のこと女の子として見てくれてたんだなって。
でもね、

「前からそうやって考えてくれてたことも嬉しい。でも行き慣れたこの店で丸井君がありのままの気持ちを伝えてくれたから、私は凄く幸せだよ」

顔を上げた丸井君は満面の笑みを浮かべ、改めて箸を持った。

「んじゃまぁ、冷めちまったけど食うか」

「うん!」

「間が空いたらまた腹減ったなー」

冷めて熱々と言えなくなったラーメンは、温いけれど食べ始めの頃よりも美味しく感じたし、するすると入っていった。
やっぱり悩みごとを抱えて食べる食事よりも、すっきりとした気持ちで食べる食事が一番なのだ。

ちなみにこの後店の兄ちゃんから祝福されながら替え玉のプレゼントを頂きました。






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